刑法(横領罪)

横領罪(11) ~「上下主従の関係があるときの下位又は従たる地位にある者には、物の占有は認められず、横領罪ではなく、窃盗罪が成立する」「占有補助者であっても物の占有が認められ、横領罪が認定される場合がある」を判例で解説~

上下主従者間における占有補助者に対する占有の認定の可否

上下主従の関係があるときの下位又は従たる地位にある者には、物の占有は認められず、横領罪ではなく、窃盗罪が成立する

 複数人が物に対して事実上の支配を有している場合において、その複数人の支配に上下主従の関係があるときの下位又は従たる地位にある者による物に対する領得行為は、上位又は主たる地位にある者の占有を侵害したものとして、横領罪ではなく、窃盗罪に該当します。

 占有が否定される下位又は従たる地位にある者の具体例は、次の判例のとおりです。

 なお、いずれの判例も、下位又は従たる地位にある者の領得行為について窃盗罪が適用されています。

① 主人方店頭に置かれた商品に関して同居する雇人(大審院判決 大正3年3月6日)

② 倉庫の在庫品に関して、倉庫番、倉庫係員として、倉庫の看守や寄託物の入出庫に関する事実上の補助をするにすぎない者(東京高裁判決 昭和27年5月31日

 この判例で、裁判官は、

  • 物に対する事実上の支配が、上下主従の関係を有するに過ぎない場合においては、物の従たる支配者は、刑法上、その物につき占有するものではないから、その者が、主たる支配を排して、物に対する独占的の支配をするに至った時は、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である

と判示しました。

③ 工場内の物品に関して、夜間に工場の鍵を保管する工場守衛(名古屋高裁判決 昭和25年5月27日)

④ 工場内荷造場にあった綿糸に関して、責任者から鍵を預かり、その指揮監督下にこれを保管していた工場の守衛(大阪高裁判決 昭和25年4月20日)

⑤ 列車の積載荷物に関して、連結手、貨物駅手、車掌(最高裁判決 昭和23年7月27日

⑥ 運搬途中の玄米に関して、運送会社の常雇として運送に従事している者(最高裁判決 昭和26年3月20日

 裁判官は、

  • 被告人は、小運搬業を営み、B通運株式会社C支店の常傭として、同会社C支店長Dの保管に係る玄米を同支店倉庫から食糧配給公団E支所精米所へ運搬する労務に従事中、その運搬途上において、これを窃取したとの事実を認定したものである
  • この事実によれば、前記支店長DがB通運株式会社のために本件運搬中の玄米を占有保管していたものであって、被告人は右会社C支店の玄米の運搬に関する業務を補助するというに過ぎず、独立の運送人としてみずからの危険と責任とにおいて、これを運搬したものではないから、被告人らのみが運搬中の本件玄米を占有していたとなすべきではない

と判示し、雇用されて運送に従事している者の運搬物の占有を否定し、横領罪ではなく、窃盗罪を認定しました。

⑦ 自動車のタンク内のガソリンに関して、そのガソリンを自由に支配し得る状態にないときの雇われている自動車運転手(最高裁判決 昭和27年10月24日

 裁判官は、

  • 本件自動車のガソリンタンク内のガソリンの事実上の支配権は、どこまでも占領軍当局に保有されたもので、運転手はこれを独立して占有するものと認めることができないから、運転手の本件ガソリンの抜取行為は正に窃盗であって横領ではない

と判示しました。

⑧ 郵便物に関して、郵便局長の指揮監督の下で郵便物を整理区分中の事務員(東京高裁判決 昭和42年3月24日

 裁判官は、

  • 被告人がS郵便局郵便課に勤務し、郵便物区分の業務に従事していた際、原判示各差出人名義の郵便物在中の現金、郵便切手あるいは雑誌等を領得しようと企て、同局郵便課事務室において、ひそかに、それら郵便物の各受取名義人の記載を、被告人の当時の住居であった東京都世田谷区ab番地の同姓虚無人であるAと加筆訂正したうえ、郵便物区分棚に差し置き、もって情を知らない配達担当者の配達させた
  • 郵便物の管理者であるS郵便局長の処分意思に基かずしてその占有を離脱せしめ、あるいは離脱せしめんとして遂げなかつたもので、それらの所為が窃盗罪の既遂及び未遂に当たることもとよりである

と判示しました。

⑨ 県庁に郵送された小切手に関して、文書の収受、発送及び電報、速達の配布事務に関する県庁の担当者(高松高裁判決 昭和24年12月24日)

⑩ 森林に関して、上司の指揮監督の下に営林及び林野保護の職務に従事する森林主事者(大審院判決 大正3年5月8日)

⑪ 工場の備品である手提げ金庫に関し、工場長の下で金銭の受入保管支払等の事務に従事していた者(大阪高裁判決 昭和24年12月5日)

⑫ 精米所の片隅に置かれていた使用していなかった精米機に関し、農業組合の精米所の使用人として精米所の鍵を保管して出入りし、他の精米機を使用し稼働中の者(福岡高裁判決 昭和28年3月25日)

⑬ パチンコ遊戯場のパチンコ玉に関し、監督者の下で機械的補助者として働いていた同遊戯場の機械係(東京高裁判決 昭和28年8月3日)

⑭ 映画の撮影用のフィルムに関し、映画製作に必要量のフィルムを制作部長の承認を受けて倉庫から受領して使用していた映画の撮影助手(東京高裁判決 昭和31年7月5日)

烹炊場の調理材料に関し、日々手交される調理材料の使用残品を翌日に繰越使用するため調理場の棚にしまうなどし、帰宅の際は、日々、門で身体検査を受けることとなっていた調理人(大阪高裁判決 昭和24年12月14日)

⑯ 木炭小屋における木炭に関し、製品の保管を託されておらず、単に焼子として製炭に従事していた者(広島高裁判決 昭和27年6月14日)

占有補助者であっても物の占有が認められ、横領罪が認定される場合がある

 占有補助者であっても、

  • 店員が店主から商品の配達を委託された場合
  • 店主に命じられて得意先から集金する場合

などにおいて、

主たる占有者と離れて、独立に商品、現金等を事実上保管する地位を与えられたと認められるとき

には、占有補助者はその物の占有者となります。

 具体的事例として、次の判例があります。

大審院判決(大正11年4月7日)、大審院判決(昭和2年2月16日)

 郵便局員が、窓口で郵便切手の売却代金や郵便貯金預入金等を受領した事例で、裁判官は、

  • 窓口で受領した売却代金や郵便貯金預入金等を局長に引き渡すまでは、当該代金等を職務上保管すべきものであるとして、その領得行為は、業務上横領罪に当たる

としました。

東京地裁判決(昭和41年11月25日)

 この判例は、郵便局の集配課員が配達業務に従事中、携行していた現金在中の電信為替書留郵便を領得した行為について、窃盗罪ではなく業務上横領罪の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人が領得した本件書留郵便物について、被告人は集配課員として配達するため携行して局を出発したのち、これを宛先に配達するまでの間、郵便局長の委託を受け、現実に握持して事実的支配のもとに置いており、業務上占有していたものと解するのが相当である
  • 検察官は、本件書留郵便物の全体の業務上の占有者は郵便局長であって、被告人ではない旨を主張しているけれども、たとえ、被告人が本件書留郵便物の配達業務につき郵便局長の指揮監督に服すべき地位にあったとはいえ、被告人の本件書留郵便物に対する占有は否定しえないものといわねばならない
  • そして、被告人がK方において、自己の用途に充てるため、本件書留郵便物をYに交付せず自己のズボンポケットに入れたことにより、業務上横領罪が成立し(以後の隠匿、開披等の行為は、いわゆる事後行為にあたる。)、窃盗罪を構成するものではない

と判示しました。

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