刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(19) ~業務の意義①「業務とは?」「社会生活上の地位とは?」を判例で解説~

「業務」とは?

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)の処罰の対象となる行為は、業務上の過失によって人の死傷の結果を生じることです。

 今回は、業務上過失致死傷罪の「業務」の意味について説明します。

 業務とは、

各人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、かつ他人の生命身体等に危害を加えるおそれのあるもの

をいいます(最高裁判決 昭和33年4月18日)。

 これから、業務性について、認定する要件である

  • 社会生活上の地位
  • 反復継続性
  • 他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ

について説明します。

 まずは、社会生活上の地位について説明します。

社会生活上の地位

 業務性を認定する要件である「社会生活上の地位」とは、

家事や育児などの個人的な生活活動などを除く社会的活動

を広く指します。

 業務に当たる地位がどのようなものかについて触れ、業務性が認められた判決として、以下のものがあります。

① 業務に当たる地位は、行為者の目的が収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わず、娯楽のためのものであっても構わないことを示した判決

最高裁判決(昭和33年4月18日)

 娯楽のために銃器を使用する行為につき、業務性を認めた事案です。

 裁判官は、

  • 刑法211条にいわゆる業務とは、本来、人が社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加えるおそれあるものであることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによって収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解すべきである
  • 従って、銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼすおそれある行為を、免許を受けて反覆継続してなすときは、たといその目的が娯楽のためであっても、なおこれを刑法211条にいわゆる業務と認むべきものといわねばならない

と判示し、業務上過失傷害罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和32年5月20日)

 運転免許を受けた者が娯楽のために行う自動車運転について、業務性を認めた事例です。

 裁判官は

  • 先ず、検察官は、原判決が被告人に対する業務上過失傷害の公訴事実に対し、被告人の本件自動車運転を業務と認め難いとして無罪を言い渡し、その理由として、被告人は会社の総務または会計主任であって、自動車運転は被告人の主たる仕事でも、従たる仕事でもないこと、かねて趣味として普通自動車運転免許証を受け、その後本件まで5、6年間に自動車を運転したのは前後7、8回であるから、それだけをもってしては直ちに継続反覆して自動車運転に従事し、これを常業としているものと認め難いことの2点をあげているが、右は事実を誤認し、ひいて法令の解釈を誤ったものであると主張するから、この点について判断する
  • 原判決が、被告人に対する業務上過失傷害の公訴事実に対し、前示の如き理由により無罪を言い渡したことは、そのとおりである。
  • ところで、形法第211条にいわゆる業務とは、各人が社会生活の上の地位に基づいて、反覆継続して行う事務を指称し、その本務たると兼務たると娯楽のためたるとを問わないもので、自動車運転の趣味を有するため、普通自動車の運転免許を受けている者が、時折休日等を利用し、ドライブのため貸自動車を借り受け、友人らを同乗させて自動車を運転し、これを反覆継続して行う意思があるものと認められる場合には、その自動車を運転することは自動車運転の業務に従事するものと解するを相当とする
  • これを本件についてみると、被告人は会社の会計係であり、自動車運転は被告人の本務でも兼務でもないけれども、かねて自動車運転が好きで、普通自動車運転免許証を持っており、時折休日等を利用して、ドライブのため貸自動車を借り受け、友人らを同乗させて自動車を運転し、最近の例としては、昭和31年3月頃より本件事故発生の同年5月15日に至る間に、4回くらい運転を行い、殊に本件犯行当時の如きは、5月14日午前11時頃より本件自動車を運転して、神戸、姫路、和田山を経て、同日午後12時頃、兵庫県美方郡湯村温泉に至り、同地に一泊し翌15日午後3時頃同地を出発し、鳥取、姫路を経て神戸まで運転する予定で、長時間にわたり長距離運転を敢行したものである
  • これらの状況から、被告人が自動車運転者の資格で娯楽のため、たとえ頻繁でないとしても、ある程度反覆継続して行う意思のもとに自動車運転を行っていたものと認めて妨げない
  • 従って、かかる場合、自動車を運転するに当たり、過失により人を傷害させたときは業務上過失傷害の罪責を免れないものである
  • しかるに、原判決が、自動車運転は被告人の主たる仕事でも従たる仕事でもなく、従来の運転回数をもっては自動車運転を反覆継続して常業としているものと認め難いとして、無罪の言渡をなしたのは、事実を誤認し、ひいて法令の解釈を誤ったものといわねばならぬ

と判示し、娯楽のために行う自動車運転について業務性を認め、業務上過失傷害罪(現行法:過失運転致傷罪)の成立を認めました。

業務に当たる地位は、主たる業務であるか否か、本務であるか兼務であるか、本務の付随業務としてなされるかも問わないことを示した判決

大審院判決(大正12年8月1日)

 裁判官は、

  • 刑法211条にいわゆる業務とは、各人が社会生活上の地位に基づき、継続して行う事務を指称し、その事務が主たる職業なることを必要の条件とせず

と判示しました。

最高裁判決(昭和26年6月7日)

 裁判官は、

  • 刑法129条2項211条にいわゆる業務とは、各人が社会生活上の地位に基づき継続して行う事務のことであって、本務たると兼務たるとを問わないものである
  • しかも、原判決の確定した被告人の地位は、A鉄道株式会社の運転手兼車掌となり、爾来、同会社a線の電車の運転手又は乗務車掌の業務に従事していたものであるというのであるから、たとい判示日時には上司の許可を経ないで列車の運転に従事したからといって、その運転行為を目して同条にいわゆる業務上の行為でないとはいえない
  • されば、原判決が被告人の判示所為を業務に従事する者の過失に因る電車転覆又は業務上の過失致死傷と認定して前示法条を適用し、被告人を主文の刑に量定処断したのは正当である

と判示し、被告人は、運転手兼車掌の地位にあり、車掌を本務とした者の電車の運転について、本務であるか兼務であるか本務の付随業務としてなされるかも問わないとしました。

業務に当たる地位は、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれることを示した判決

最高裁決定(昭和60年10月21日)

 ウレタンフォーム加工販売会社の工場部門の責任者として、易燃物であるウレタンフォームの管理に伴う火災防止の職務について、業務性を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法117条の2前段にいう「業務」とは、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位をいうと解するのが相当であり(最高裁昭和33年7月25日判決)、同法211条前段にいう「業務」には、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれると解すべきである
  • 原判決の確定した事実によると、被告人は、ウレタンフォームの加工販売業を営む会社の工場部門の責任者として、易燃物であるウレタンフォームを管理するうえで当然に伴う火災防止の職務に従事していたというのであるから、被告人が第一審判決の認定する経過で火を失し、死者を伴う火災を発生させた場合には、業務上失火罪及び業務上過失致死罪に該当するものと解するのが相当である

と判示しました。

東京高裁判決(平成2年8月15日)

 ホテル経営会社の代表取締役は、他人の生命、身体の危険を防止することを義務内容とする業務に従事していたといえるから、その地位は業務に当たるとしました。

神戸地裁判決(平成5年2月10日)

 学校教師が、校門指導中、生徒の動静を確かめないまま門扉を閉鎖し、構内に駆け込もうとした女子構成の頭部を門壁との間に強圧して死亡させた事案で、学校教師に対し、業務上失致死が成立するとした事例です。

 裁判官は、生活指導の一環をなす遅刻防止などのため、校門指導、遅刻指導を実施し、校門指導の当番の際には、始業時刻に門扉を閉鎖する行為をしていた学校教師の地位について、業務に当たる地位を認め、校門閉鎖行為について業務性を認めました。

④ 業務が違法であるか否かも問わないことを示した判決

大審院判決(大正3年3月31日)

 自動車の無免許運転中の死亡事故について、運転免許を持たない被告人の運転行為に業務に当たる地位を認め、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。

最高裁決定(昭和32年4月11日)

 運転免許一時停止処分を受け、運転資格がない者の死亡事故事案で、裁判官は、

  • 自動車運転免許一時停止処分を受けていて法令に定められた運転資格がない場合においても、自己所有の自動三輪車を運転し、自己の不注意によりて他人を死に致した者は業務上過失致死の罪責を免れない

と判示し、運転免許を持たない被告人の行為に業務性を認め、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和25年12月21日)

 医師免許を持たない者が、患者に塩酸モルヒネを注射して死亡させた業務上過失致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 刑法第211条にいわゆる業務というのは、各人がその社会上の地位に基き継続的に従事する事務にして、人の生命身体に対する危険を伴うものを指すのであって、反覆継続の目的ないしその事実のある限り、格別の経験あるいは法規上の免許等を必要とする場合においてもその業務たるためには、このような経験ないし免許の有無を問わないものと解すべきである
  • 本件についてこれをみると、被告人が医師の免許を有せず、医療の知識経験がないのに、保健所医師と詐称し、十数名に対し、注射をなして、医療行為を反覆していたものであることは、原判決挙示の証拠によってこれを認めるに充分である
  • 被告人の右行為が、同条にいわゆる業務に該当することは、前段説示するところにより明らかである
  • このように事実上医療行為に従事するものが塩酸モルヒネのような薬剤を注射する場合においては、生命に危険を及ぼさないよう、その薬量に深甚の注意を払わなければならないことはもちろんである
  • 原判決において、被告人が右医療行為に従事中、被害者Aの求めにより、Aの子宮疾患による疼痛を鎮めるため、塩酸モルヒネを注射するに当たり、右注意義務を怠り、相当酒酔しながら、薬量を量らず、漫然2回に致死量を超える約0.5gの塩酸モルヒネをAに注射し、よってAを死亡するに至らしめた事実を認定し、これに対し、刑法第211条を適用処断したことは、まことに相当である

と判示し、医師免許を持たない被告人の医療行為に業務性を認め、業務上過失致死罪が成立するとしました。

次回の記事に続く

 今回の記事では、業務性について、認定する要件である

  • 社会生活上の地位
  • 反復継続性
  • 他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ

のうち、社会生活上の地位について説明しました。

 次回の記事では、

  • 反復継続性
  • 他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ

について説明します。

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