刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(18) ~「過失犯に共同正犯は成立する」を判例で解説~

過失犯に共同正犯は成立する

 判例は、過失犯に共同正犯(共犯)が成立することが認めています(共同正犯の詳しい説明は前の記事参照)。

 なので、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)においても、共同正犯が成立し得ます。

 過失犯の共同正犯について、主要判例となっているのは以下の判例です。

最高裁判決(昭和28年1月23日)

 飲食店を共同で経営している被告人2名が、有毒である「メタノール」を含有する液体を販売した有毒飲食物等取締令違反(昭和29年に法廃止済み)の事案です。

 最高裁は、

  • 出所の不確かな液体を客に販売するに当たっては、「メタノール」を含有するか否かを十分に検査した上で販売しなければならないのにこれを怠って必要な検査もせずに販売したものである
  • 被告人らは、その意思を連絡して販売をしたというのであるから、この点において被告人両名の間に共犯関係の成立を認めるのを相当とする

として過失犯の共同正犯を認めました。

 下級審においても、過失犯の共同正犯を認めた判決が言い渡されています。

名古屋高裁判決(昭和31年10月22日)

 土木出張所の女子職員2名が、室内での煮炊きをして火を室内に燃え広がらせ、焼損させた失火罪刑法116条)の事案です。

 裁判官は、

  • 被告人両名は素焼こんろを使用して煮炊きの仕事をする場合、こんろ内の炭火による過熱のため、その下部床板が燻焦して発火するかも分からないから、その危険のなきか否かを十分調査し、過熱発火の危険がないことを確認した上、こんろを使用すべきであったにかかわらず、不注意にも何らの調査をなさず、被告人両名は意思を連絡して、本件こんろを使用し完全に消火する措置を採らないで帰宅したのである
  • すなわち、原判決は、被告人両名が土本出張所分室において、素焼こんろを使用して長時間にわたり煮炊の仕事をする場合には、素焼こんろ内の炭火による過熱のため、その下部床板が燻焦し、発火の危険性があることを慮り、かかる過熱発火の危険の発生を未然に防止しなければならない義務あることを判示し、被告人らは、不注意にもこの義務を怠り、薄茶色及び黒色素焼こんろ2個を事務室内に持込み、これを床板上において炭火を入れ、その過熱状態に思いを致さず、これを使用したが、消火その他何らの処置をなさずして帰宅した点において、刑法第116条第1項にいわゆる火を失したものと認めたものであることは、原判文上明らかである
  • しかして、原判決の確定したところによれば、被告人両名は、共同して素焼こんろ2個を床板の上におき、これを使用して煮炊きをなしたものであり、過熱発火を防止する措置についても、被告人らは共に右措置をなさずして帰宅したというのであるから、この点において、被告人両名のうちに共犯関係の成立を認めるのを相当とするのである

と判示し、過失犯である失火罪について、共同正犯の成立を認めました。

京都地裁判決(昭和40年5月10日)

 2人制踏切において、踏切警手が、列車接近の確認義務を怠り、遮断機を閉鎖しなかったため発生した列車と自動車の衝突事故について、業務上過失致死罪の共同正犯の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 共同正犯を定めた刑法第60条は、必ずしも故意犯のみを前提としているものとは解せられない
  • のみならず、共同者がそれぞれその目的とする一つの結果に到達するために、他の者の行為を利用しようとする意思を有し、または、他の者の行為に自己の行為を補充しようとする意思を有しておれば、そこには、共同正犯の総合的意思であり、その独自の特徴とせられるところの決意も、共同者相互に存在するとみられ得るのであるから、これらの決意にもとづく行為が、共同者の相互的意識のもとになされるかぎり、それが構成要件的に重要な部分でないとしても、ここに過失犯の共同正犯が成立する余地を存するものと解するのが相当である
  • 最高裁判所昭和28年1月23日第ニ小法廷判決が、過失犯に共同正犯の成立を認めたのも、これを忖度すれば、右とその趣旨を同じくするものと思われる
  • そこで本件についてみるに、すでに縷述したように、被告人Sは、相番として列車接近の確認につとめ、これを確認したときは、本番である被告人Mにその旨を合図し、かつ、交通信号灯の切りかえや遮断機閉鎖の時期をも合図によって知らせることなどを分担し、被告人Mは、本番として列車接近表示器の作動を見守り、または相番からの合図によって列車接近の確認につとめ、これを確認したときは相番である被告人Sにその旨を合図し、かつ被告人Sからの合図によって、交通信号灯の切りかえや遮断機閉鎖の措置を講することなどを分担し、もって、被告人両名が相互に協力して踏切道における交通の安全を確保することにつとめていたのであるから、被告人側名のそれぞれの注意義務をつくすことによって、一つの結果到達に寄与すべき行為のある部分が、相互的意識のもとに共同でなされたものであることは、優にこれを認めることがでる
  • 従って、本件はこの点において、被告人両名の過失犯について共同正犯の成立を肯定すべきである

と判示し、業務上過失致死罪の共同正犯の成立を認めました。

佐世保簡裁命令(昭和36年8月3日)

 船舶運航の技能・経験のない米海兵隊員2名が、好奇心から共同して観光船を運航した結果、衝突座礁により観光船を破壊させた事案につき、過失往来妨害罪刑法129条)の共同正犯を認めました。

名古屋高裁判決(昭和61年9月30日)

 電気溶接作業を一方が溶接する間、他方が監視し、途中で役割を交替するという方法で行っていた際に失火を起こした業務上失火罪(刑法117条の2)の事案です。

 裁判官は、

  • 被告人両名の行った本件溶接作業(電気溶接機を用いて行う鋼材溶接作業)は、まさに同一機会に同一場所でH鋼とH鋼間柱上部鉄板とを溶接固定するという一つの目的に向けられた作業をほぼ対等の立場で交互に(交替して)一方が、溶接し、他方が監視するという方法で二人が一体となって協力して行った(一方が他方の動作を利用して行った)ものである
  • また、被告人両名の間には、あらかじめ遮へい措置を講じないまま本件溶接作業を始めても、作業中に一方が溶接し、他方が監視し、作業終了後に溶接箇所にばけつ一杯の水を掛ければ大丈夫である(可燃物への着火の危険性はない)から、このまま本件溶接作業にとりかかろうと考えていること(予見義務違反の心理状態)についての相互の意思連絡の下に本件溶接作業という一つの実質的危険行為を共同して(危険防止の対策上も相互に相手の動作を利用し補充しあうという共同実行意思の下に共同して)本件溶接作業を遂行したものと認められる
  • つまり、被告人両名は、単に職場の同僚として、あらかじめ前記措置を講ずることなくして前記危険な溶接作業(実質的危険行為)をそれぞれ独立に行ったというものではない
  • このような場合、被告人両名は、共同の注意義務違反行為の所産としての本件火災について、業務上失火の同時犯ではなく、その共同正犯としての責任を負うべきものと解するのが相当である

と判示し、過失犯である業務上失火罪に対し、共同正犯を成立を認めました。

東京地裁判決(平成4年1月23日)

 通信工事会社作業員2名が、地下道内で溶解作業中に、作業で使っていたランプが点火している状態でその場を立ち去ったことにより、火災が発生した失火事案で、業務上失火罪刑法117条の2)の共同正犯を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人両名は、電話ケーブルの断線箇所を発見した後、その修理方法等を検討するため、一時、現場を立ち去るに当たり、被告人Aにおいて、前回の探索の際に断線箇所を発見できなかった責任を感じ、精神的に動揺した状態にあったとはいえ、なお被告人両名においては、冷静に共同の注意義務を履行すべき立場に置かれていた
  • にもかかわらず、これを怠り、2個のトーチランプの火が完全に消火しているか否かにつき、なんら相互の確認をすることなく、トーチランプを電話ケーブルを保護するための防護シートに近接する位置に置いたまま、被告人両名が共に同所を立ち去ったものである
  • この点において、被告人両名が過失行為を共同して行ったことが明らかであるといわなければならない

と判示し、過失行為を共同して行ったとして、業務上失火罪の共同正犯を成立を認めました。

次の記事

業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧