刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(26) ~「食料品などを提供する者の注意義務」を判例で解説~

食料品などを提供する者の注意義務

 人が体内に摂取する物を提供する者は、食品等によって人の健康を害することのないようにすべき注意義務があります。

 食品を提供する作業従事者が、提供した食品で人に健康被害を及ぼした場合、事故を起こした作業従事者は、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)に問われることがあります。

 食の安全を確保するために、食品衛生法などの行政法規が定められていますが、これらの法規を遵守しなかった場合に、直ちに過失が認められるわけではないことは他の過失犯と同様です。

食品などの提供に関して過失が認められた事例

 食品などの提供に関して過失が認められた事例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和55年4月18日)

 調理師及びふぐ処理士の免許を持つ者が、来客にとらふぐの肝臓数切れを調理して提供し、ふぐ中毒を起こさせ死亡させた業務上過失致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 近時、解明されてきたふぐの毒性、京都府におけるふぐ取扱いについての規則、府の行政指導に基づくふぐ料理組合における講習等に徴すると、京都府のふぐ処理士の資格を持つ被告人には、本件とらふぐの肝料理を提供することによって客がふぐ中毒症状を起こすことについて予見可能性があった

と判示し、被告人の過失を認定し、業務上過失致死罪が成立するとしました。

高松高裁判決(昭和41年3月31日)

 食品製造業者が、粉ミルクの安定剤として原料乳に第2リン酸ソーダを添加するつもりで発注購入した薬剤が、第2リン酸ソーダではなく、多量のヒ素を含有する物質であったため、この物質を添加した粉ミルクを飲用した多数の乳児に死傷者が出た業務上過失致死傷罪の事案です。

 予見の対象として、その薬剤が第2リン酸ソーダではない性質不明の薬剤であるかも分からないということで足り、必ずしも人体に有害な程度のヒ素を含有するものであるかもしれないことまで要しないとした上で、食品製造(加工)業に従事するものが、安定剤として第2 リン酸ソーダを添加使用する場合には、規格品を使用する注意義務があり、これに違反するときは使用前に容器ごと間違いなく第2リン酸ソーダであるかどうかを確認するために適切な科学的検査を実施すべき注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

仙台地裁判決(昭和56年7月2日)

 ねずみの糞尿を介して、さつまあげの製造工程で原料にサルモネラ菌を混入させ、サルモネラ菌を含有するさつまあげを摂食した多数の消費者に食中毒を発生させ、死傷させた業務上過失致死罪の事案です。

 食品製造業者には、工場内におけるねずみの侵入防止及びねずみの駆除措置をとるなどして、ねずみの糞尿を介して病原微生物に汚染されたさつまあげを製造・販売し、消費者にこれを摂食させることにより生ずる中毒事故を未然に防止する注意義務があるとし、業務上過失致死傷罪が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和57年1月25日)

 米ぬか油の製造過程で、熱媒体として用いられたPCBを混入させ、これを経口摂取した多数の消費者に有機塩素中毒の傷害を負わせた業務上過失致傷罪の事案です。

 米ぬか製造部門を担当していた会社の代表取締役について、予見可能性について「因果の経過を構成する事実の全部あるいは因果の具体的機序の細部まで予見する必要はなく、因果関係の基本的部分についての予見があれば足りると解するのが相当である」とした上で、本件では脱臭装置内の脱臭缶の蛇管に、その材質上及び熱処理上の欠陥とPCBの加熱分解によって発生した塩化水素ガスと蛇管内のPCBに混在する水分とが化合して発生した塩酸の作用が相まって穴が開いたことが原因となっているが、塩酸による蛇管の腐食がその基本的部分であり、その経過、機序等についての認識がなくても腐食の予見可能性は肯定されるとし、蛇管腐食の原因となるような装置の改造等を避ける義務、脱臭缶の運転再開に当たって蛇管の点検を行い、PCBの漏出がないかを確認する義務、PCBの現在量や減量を掌握して、その異常減量の有無を確認する義務に違反したとし、業務上過失致傷罪が成立するとしました。

次の記事

業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧