刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(8) ~「監督者の過失(監督過失)」を判例で解説~

監督者の過失(監督過失)

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)のような過失犯においては、直接結果を惹起した行為者の過失が問題となることが多いですが、大規模施設における火災、工事災害、営業中の事故などにおいて、直接の行為者に対して監督的立場にある者の責任(監督者の過失)が問われる場合があります。

 ちなみに、監督者の過失は「監督過失」と呼ばれることもあります。

 監督過失とは、

監督的地位にいる人の過失責任

をいいます。

 具体的には、

  • 設備の不備
  • 人的体制の不備
  • 人に対する指揮監督の不適切

が過失に結びついて過失犯となり、刑事責任を問われる場合をいいます。

 監督過失は、通常の過失犯における注意義務と比べると、結果との関係が間接的になります。

 そのため、過失と結果との因果関係、予見可能性についての事実認定が直接行為者の場合に比べて複雑、困難になる場合も多いという特徴があります。

 実際にどのような場合に監督過失が認められ、監督者が刑事責任を問われるかは判例で理解するのが良いです。

「監督責任」が認められ、業務上過失致死傷罪の成立を認めた判例

最高裁判所決定(平成2年11月16日)川治プリンスホテル火災事件

事件の内容

  ホテルの火災事故において、ホテル経営者に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事案です。

 大規模火災における管理者的立場にある者や経営者の過失責任を認めるに当たり、ホテル等における火災発生の危険性が常に存在することに鑑み、建物の構造等の物的設備や適切な誘導訓練などの人的体制に過失を求め、責任を肯定した事例です。

判決の内容

 裁判官は、

  • ホテルで火災が発生し、火煙の流入拡大を防止する防火戸・防火区画が設置されていなかったため、火煙が短時間に建物内に充満し、従業員による避難誘導が全くなかったことと相まって、相当数の宿泊客が死傷した火災事故において、ホテルの防火防災の管理業務を遂行すべき立場にあった者には、防火戸・防火区画を設置するとともに、消防計画を作成してこれに基づく避難誘導訓練を実施すべき注意義務を怠った過失があり、業務上過失致死傷罪が成立する

と判示し、監督者であるホテル経営者の過失を認定し、ホテル経営者に対する業務上過失致死傷罪の成立を認めました。

 

最高裁判所決定(平成20年3月3日)

事件の内容

 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について、雑踏警備に関し現場で警察官を指揮する立場にあった警察署地域官と、現場で警備員を統括する立場にあった警備会社支社長に業務上過失致死傷罪が成立するとした事案です。

判決の内容

 裁判官は、

  • 上記のような事故の発生を容易に予見でき、かつ、機動隊による流入規制等を実現して事故を回避することが可能であった事実関係の下では、警察署地域官と警備会社支社長には、上記事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠った過失があり、それぞれ業務上過失致死傷罪が成立する

と判示しました。

「監督責任」が認められず、業務上過失致死傷罪の成立が否定された判例

最高裁判所判決(平成3年11月14日)

事件の内容

 デパートの火災事故につき、デパート経営会社の取締役人事部長、売場課長、営繕課員に業務上過失致死傷罪は成立しないとした事案です。

判決の内容

 裁判官は、

  • 防火管理業務を遂行するためには、デパート経営会社の代表取締役らの職務権限の発動を求めるほかはなかった以上、消防計画を作成してこれに基づく避難誘導等の訓練を実施すべき注意義務があるとはいえず、人事部長、売場課長、営繕課員の3名に業務上過失致死傷罪は成立しない

と判示しました。

 

最高裁判所決定(平成29年6月12日)JR福知山線脱線事故

事件の内容

 快速列車の運転士が、制限速度を大幅に超過し、転覆限界速度をも超える速度で列車を曲線に進入させたことにより列車が脱線転覆し、多数の乗客が死傷した鉄道事故について、鉄道会社の歴代社長らに業務上過失致死傷罪は成立しないとした事案です。

判決の内容

 裁判官は、

  • 事故以前の法令上、曲線に自動列車停止装置(ATS)を整備することは義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと、列車を運行する鉄道会社の歴代社長らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められないことなどの事実関係の下では、歴代社長らに対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったとはいえない

と判示し、歴代社長らに業務上過失致死傷罪は成立しないとしました。

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