刑法(傷害罪)

傷害罪(30) ~他罪との関係⑥「傷害罪と強制性交等罪・強制性交等致傷罪、器物損壊罪、道路交通法違反(救護義務違反)の関係(併合罪、包括一罪)」を判例で解説~

 前回の記事では、傷害罪(刑法204条)と

  • 強盗罪・強盗致傷罪

との関係について説明しました。

 今回の記事では、傷害罪と

  • 強制性交等罪・強制性交等致傷罪(旧称:強姦罪・強姦致傷罪)
  • 器物損壊罪
  • 道路交通法違反(救護義務違反)

との関係について説明します。

強制性交等罪・強制性交等致傷罪との関係

 傷害罪と強制性交等罪刑法177条)・強制性交等致傷罪(刑法181条)(旧称:強姦罪・強姦致傷罪)の関係について説明します。

 強制性交(強姦)の機会に傷害を負わせれば、強制性交等致傷罪が成立しますが、特殊な状況によっては、強制性交等致傷罪ではなく、強制性交等罪と傷害罪のニ罪が成立し、両罪は併合罪として成立する場合があります。

 強制性交の完了後に暴行に及んだものを併合罪とした事例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正15年5月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 強姦行為を為すに当たり、被害者を傷つけたるときは、強姦致傷罪成立するも、強姦行為完了後、別個の独立行為により被害者を傷つけたるときは、後の傷害行為は単純なる傷害罪を構成するに過ぎざるものとす

と判示しました。

名古屋高裁判決(昭和32年2月11日)

 この判例は、女性を畏怖させる目的で同伴の男性に暴行を加えて傷害を負わせ、次いで畏怖した女性を強姦して傷害を負わせた場合であっても、傷害と強姦致傷は一個の行為とはいえず、両者は観念的競合ではなく、併合罪の関係になるとしました。

 強制性交の際に及んだ複数回の暴行が、強制性交の手段としてなされたかどうかが不明な場合に、強制性交等罪と傷害罪は包括一罪になるとした以下の判例があります。

東京高裁判決(平成13年4月4日)

 この判例は、近接した4回に及ぶ暴行のいずれが傷害をもたらしたものかが不分明であり、そのうち2回目の暴行が強姦の手段としてなされたという事案において、強姦罪と傷害罪に該当するいわゆる混合的包括一罪が成立するとしました。

岐阜地裁判決(昭和46年3月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 強制わいせつ、強姦につき、強制わいせつに引き続き強姦未遂が行われ、傷害の結果が生じたが、傷害が強姦の着手の前後いずれの暴行によって生じたか不明の場合において、強制わいせつ及び強姦未遂の包括一罪の結果として刑法181条の致傷罪の構成要件に1回該当する行為が行われたとみるべきである

として、傷害・強制わいせつ・強姦未遂の三罪が成立するとする弁護人の主張を退けました。

 裁判官は、判決理由として、

  • 思うに強制わいせつと強姦未遂とは、かつて連続犯の成立が認められたように、罪質、被害法益を共通にするものである
  • 本件のように、これらとそれに随伴してなされた傷害行為とが、その被害者を同一にして、場所的、時間的に近接し、かつ連続してなされた場合であって、その傷害の発生が強姦の着手時点の前後いずれの暴行によって生じたか不明な場合には、弁護人主張の如く、右三罪の併合罪の成立、あるいは検察官主張の如く、強姦致傷が強制わいせつを、また強制わいせつ致傷が強姦未遂を吸収して一罪になると見るべきでなく、強制わいせつ及び強姦未遂の包括一罪の結果として、刑法181条の致傷罪の構成要件に1回(当初から強姦の犯意が存した場合との権衡上、)該当する犯罪が行なわれたものと見るベきであると考える

と述べています。

器物損壊罪との関係

 傷害罪と器物損壊罪刑法261条)の関係について説明します。

東京地裁判決(平成7年1月31日)

 この判例は、眼鏡を掛けた人の顔面を手拳で殴打し、傷害を負わせるとともに眼鏡を損壊した場合、傷害罪と器物損壊罪がともに成立するのではなく、傷害罪によって包括的に評価されるとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、Aが掛けていた眼鏡の上からその顔面を手拳で殴打し、同人に傷害を負わせるとともに右眼鏡レンズ1枚を破損させたことが認められるところ、この点の罪数について検察官は、傷害罪と器物損壊罪が成立して両者は観念的競合の関係に立つと主張する
  • しかしながら、眼鏡レンズの損壊は、顔面を手拳で殴打して傷害を負わせるという通常の行為態様による傷害に随伴するものと評価できること、傷害罪と器物損壊罪の保護法益及び法定刑の相違に加え、本件における結果も、傷害は加療約2週間を要する顔面挫創脳震盪症等であるのに対し、レンズ破損による被害額は1万円であることに照らすと、本件のような場合は、検察官主張のような観念的競合の関係を認める必要はなく、重い傷害罪によって包括的に評価し(量刑にあたってレンズを破損させた点も考慮されることはもちろんである)、同罪の罰条を適用すれば足りると解すべきである

と判示しました。

道路交通法(救護義務)との関係

 傷害罪と道路交通法違反(72条:救護義務違反)は併合罪の関係になります。

 この点について、以下の最高裁判例で示されています。

最高裁判決(昭和50年4月3日)

 裁判官は、

  • 自動車の運転者が、傷害の故意に基づき、車両の運転によって人を負傷させ、その揚から逃走した場合であっても、道路交通法72条1項前段、117条の救護義務違反罪が成立する
  • 救護義務は、負傷者の生命身体の保護を目的とするだけではなく、道路交通行政上の義務でもあるので、傷害罪・傷害致死罪に吸収されない

と判示し、人にけがをさせるつもりで車を人に衝突させるなどして、人を死傷させた上、その場から逃走した場合は、傷害罪又は傷害致死罪と道路交通法違反(救護義務違反)の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係になるとしました。

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