刑法(傷害罪)

傷害罪(5) ~「暴行によらない傷害(病原菌、毒物、音、脅迫、動物を用いての傷害)」を判例で解説~

暴行によらない傷害

 傷害罪(刑法204条)の行為は、「人の身体を傷害すること」であり、その方法に制限はありません。

 この点について、名古屋地裁判決(平成6年1月18日)において、

  • 傷害罪の実行行為とは、人の生理的機能を害し又は身体の外貌に著しい変更を加える現実的危険性があると社会通念上評価される行為であり、右生理的機能を害する手段については、法文上の限定がないこと等から、物理的有形力の行使のみならず無形的方法であっても差し支えないと解される

と判示しています。

 暴行によらない傷害の態様として、

  • 病毒・病原菌に感染させる
  • 毒物を摂取させる
  • 脅迫して被害者に自傷させる
  • 騒音や怒鳴り声を浴びせて精神病にさせる
  • 無言電話をかけて精神病にさせる
  • 動物を使って攻撃する

といった態様が挙げられます。

暴行によらない傷害の判例

 暴行によらない傷害の主な判例として、以下のものがあります。

大審院判決(明治41年2月25日)

 病毒の感染の事案で、裁判官は、

と判示し、姦淫の結果、病気にかからせた行為について、傷害(致傷)の成立を認めました。

大審院判決(昭和8年6月5日)

 毒物を混入した飲料水を使用し、炊事したご飯と汁物を作り、それを飲食させて中毒症状を起こさせ、かつ、めまい・嘔吐を為すに至らしめた事案で、傷害罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和27年6月6日)

 性交により病毒に感染させた事案で、裁判官は、

  • 傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問わないのであり、本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立する
  • 性病を感染させる懸念のあることを認識しながら、婦女に対して詐言弄し、病毒を感染させた場合は、傷害罪が成立する

と判示しました。

 この判例は、傷害罪の手段が暴行以外にもあることを明言した最高裁のリーディング.ケース(主要判例)になっています。

最高裁判決(昭和26年9月25日)

 メチルアルコール飲用による全身倦怠などを起こさせた事案で、裁判官は、

  • メチルアルコールを飲料に供せられることを知りながら、他人にこれを売却し、 これを飲用した者が全身倦怠、膝蓋腱反射亢進の中毒症状を呈したのは、人の生活機能の障害を惹起したものであり、傷害罪にいわゆる傷害に当るから、このような危険を知悉してメチルアルコール入りドラム缶を売渡して中毒死または、中毒症状にかからせたのは傷害致死、傷害に当たる

と判示しました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和29年4月23日)

 祈禱師である被告人が、14、15歳の少年に対し、窃盗の自白を強要して「カラシハという祈禱をして身体を動かないようにしてやる」とか、「盗んでいないなら、焼火箸をすごいても火傷しないすごけ」等と申向けて、少年をしてその焼火箸をすごかせて火傷の傷害を負わせた事案で、裁判官は、

  • 犯人に傷害に対する認識があり、かつ、脅迫の程度が相手方の意思決定の自由を失わしめるに足るものであるときは傷害罪となる

としました。

東京高裁判決(昭和51年4月30日)

 病菌投与の事案で、医師が赤痢菌チフス菌を食品に添加して食べさせたり、治療と称して注射したり、経口投与して、60余名を赤痢チフス罹患させた行為について、傷害罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和54年8月10日)

 音による傷害の事案で、半年余にわたり、ほぼ連日にわたり、深夜から早朝にかけて、無言電話をかけ、加療約3週間を要する精神衰弱症の傷害を負わせた行為について、傷害罪の成立を認めました。

名古屋地裁判決(平成6年1月18日)

 音による傷害の事案で、被害者の家の前の路上などで、怒号・騒音を発するなどして不安及び抑うつ状態に陥らせた行為について、傷害罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成17年3月29日)

 音による傷害の事案で、隣家からラジオの音声や目覚まし時計のアラームを鳴らし続けて精神的ストレス、睡眠障害、耳鳴り、頭痛などの症状を生じさせた行為について、傷害罪の成立を認めました。

横浜地裁判決(昭和57年8月6日)

 動物による傷害事案で、飼い犬(ドーべルマン)を通行中の女性にけしかけて咬傷を負わせた行為について、傷害罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和60年2月6日)

 脅迫による傷害の事案で、強盗犯人が暴行脅迫によって被害者の犯行を抑圧した上、 ミニバイクに乗車していた被害者に対し「倒れろ」と脅迫し、転倒した被害者に傷害を負わせた行為について傷害の成立を認め、強盗致傷罪が成立するとました。

 裁判官は、

  • 被告人は、暴行、脅迫を加えて被害者の反抗を抑圧し、意思の自由を失っている被害者にさらに「倒れろ」と命じ、被害者は命じられたとおりにしなければ殺されるかもしれないと畏怖してミニバイクもろとも路上に転倒したことによって傷害を負ったものである
  • 被告人が右のように反抗抑圧状態にある被害者に「倒れろ」と命じる所為は、強盗罪における脅迫に当たるというべきで、それは強盗の実行中に強盗の手段としてなされたものであることは明らかであり、被害者の傷害は被害者が畏怖したことに起因するものであるから、強盗の手段たる脅迫によって傷害の結果を生じたものとして強盗致傷罪の成立を認めるのが相当であり、傷害の程度も軽微ではなく、強盗致傷罪における傷害に当たることに疑いはない

と判示し、脅迫により被害者に転倒を命じて傷害を負わせた行為について、傷害の成立を認めました。

名古屋地裁判決(平成6年1月8日)

 脅迫による傷害の事案で、被害者の家に向かって怒号するなどの一連の威嚇行為によって不安と抑うつ状態に陥らせた行為について、傷害罪の成立を認めました。

富山地裁判決(平成13年4月19日)

 多数回の無言電話や嫌がらせ電話により外傷ストレス障害を負わせた事案で、傷害罪の成立を認めました。

東京地裁判決(平成16年4月20日)

 無言電話等を繰り返すことによって心的外傷後ストレス障害(PTSD) を負わせた事案で、傷害罪の成立を認めました。

鹿児島地裁判決(昭和59年5月31日)

 被害者を道具とした間接正犯の事案で、裁判官は、

  • 長時間にわたり、生命を奪う等と脅迫しながら執拗かつ強力なリンチを加えた上、「今日だけは命を助けてやる、そのかわり指を詰めろ」等と脅迫して、暴行・脅迫によって抗拒不能の状態に陥っている同人をしてその指をかみ切らせて傷害を負わせた

として、傷害罪の成立を認めました。

 ちなみに、被害者を道具として利用して殺害した殺人罪の間接正犯の判例があるので参考に紹介します。

最高裁決定(昭和59年3月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、ほか2名と共に、厳寒の深夜、かなり酩酊し、かつ被告人らから暴行を受けて衰弱していた被害者を、都内荒川の河口近くの堤防上に連行し、同所において同人を川に転落させて死亡させるのもやむを得ない旨意思を相通じ、上衣、ズボンを無理矢理脱がせたうえ、同人を取り囲み、「この野郎、いつまでふざけてるんだ、飛び込める根性あるか。」などと脅しながら護岸際まで追いつめた
  • さらに、たる木で殴りかかる態度を示すなどして、遂には逃げ場を失った同人を護岸上から約3メートル下の川に転落するのやむなきに至らしめ、そのうえ長さ約3、4メートルのたる木で水面を突いたり叩いたりし、もって同人を溺死させたというのであるから、右被告人の所為は殺人罪にあたる

と判示し、被告人らが、被害者を道具として利用して殺害したと評価して、殺人罪の成立を認めました。