刑法(殺人罪)

殺人罪(28) ~正当防衛・過剰防衛⑨「殺人罪における過剰防衛」を解説~

過剰防衛とは?

 過剰防衛(刑法36条2項)とは、

  正当防衛の程度を超えた防衛行為

をいいます。

 反撃し過ぎてしまった正当防衛と考えればOKです。

 相当性から逸脱した(やり過ぎてしまった)防衛行為は、正当防衛ではなく、過剰防衛となり、違法行為となります。

 たとえば、棒で襲いかかってきた年をとった父に対し、斧で頭をたたいて死亡させた場合は、正当防衛にはならず、過剰防衛となり、違法性が阻却されず、殺人罪が成立します(最高裁判例 昭和24年4月5日))。

 また、追撃も過剰防衛になります。

 判例は、

たとえ当初は防衛行為であっても、最初の一撃によって相手の侵害的態勢がくずれ去った後、引き続き追撃的行為に出て、相手を殺傷したような場合は、過剰防衛にあたる

としています(最高裁判決 昭和34年2月5日)。

 やり過ぎの反撃行為や追撃は、正当防衛にはならず、過剰防衛となり、違法行為となって殺人罪や傷害罪を成立させます。

 なお、過剰防衛に関する基本的な説明は前の記事で行っています。

殺人罪における過剰防衛

 殺人罪において、防衛行為の相当性が否定され、過剰防衛にとどまるとされた事例は数多くあります。

 過剰には、

  1. 素手で防げば防衛できるのに短刀で胸を刺して重傷を負わせたというような質的な過剰
  2. 侵害してきた相手を殴ったので、相手は侵害行為をやめたのに、更に続いて殴ったような量的な過剰

があります。

① 質的な過剰の事例

 ①の「素手で防げば防衛できるのに短刀で胸を刺して重傷を負わせたというような質的な過剰」といえる事例は、もともと素手であったか、被告人に刃物を奪われて素手になった被害者に対し、刃物をもって致命的な攻撃を加えたケースが多いです。

 質的な過剰といえる事例として、以下の裁判例があります。

大阪高裁判決(昭和41年11月4日)

 花見の帰り道に、酔った被害者と口論となり、被告人は強要されるままひたすら陳謝したが被害者は聞き入れず、被告人を2、3回腰投で投げ飛ばすなどの暴行を加え、なおも被告人が陳謝するのに耳をかさず激高して「いてしもたる」(「ボコボコにする」の意味)と怒号しながら拳を振り上げて襲い掛かってきたので、持っていた出刃包丁で被害者の頸部を1回突き刺して死亡させた行為について、過剰防衛にあたるとしました。

大阪高裁判決(昭和42年3月30日)

 被告人が友人と通行中、友人が被害者にぶつかったことから口論となり、被害者が刺身包丁で突き掛かってきたのを、友人が包丁をたたき落としたが、被告人はその包丁を拾って被害者の右胸部を突き刺して殺害した行為について、過剰防衛にあたるとしました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和45年7月16日)

 自動車を運転して進行中、酒に酔った被害者に車を止められ助手席に勝手に乗車され、そのうち車を運転させろといってハンドルを取ろうとしたので、その場に停車し逃げ出すためエンジンキーを抜き取ったところ、被害者が助手席にあった短刀を取り上げたので、これを奪って車外に飛び出した際、被害者がジャッキ棒で被告人の腰部及び後頭部を殴り、なおも棒を振り上げて追ってこようとしたため、未必の殺意をもって短刀で被害者の前胸部を2回突き刺し死亡させた行為について、過剰防衛にあたるとしました。

名古屋高裁判決(昭和46年12月8日)

 被告人は、Aから無理やり情交関係を結ばされていたが、将来結婚することを約束していたBのことでAと口論中、激高したAが「これからBを殺してきて、お前も殺す」といって柳刃包丁を持って出掛けようとしたので、Aに組み付き包丁を奪い取った後、未必の殺意のもとにAの胸部を1回突き刺して死亡させた行為について、過剰防衛にあたるとしました。

大分地裁判決(昭和57年1月28日)

 Aが酒場で他の客にいいがかりをつけたり暴行したりし、これを止めに入った酒場の経営者Bを突き飛ばして押し合いを始めたため、Bの世話になっている被告人が刺身包丁でAの腹部を突き刺し殺害した行為について、過剰防衛にあたるとしました。

東京地裁判決(昭和62年6月29日)

 酒乱癖のある簡易宿泊所の同宿者Aに、突然布団をはぎとられ「ぶっ殺してやる」などと怒鳴られた上、後頭部をアルミ製灰皿で殴られ、背中と脇腹を膝蹴りされたため、Aを向かい側のベッドに突き飛ばしたものの、そのことによりAからさらに強い攻撃を加えられるおそれを感じ、いわれのない暴行に対する憤激と自己の身体を防衛する意思から、とっさに殺意を抱き、果物ナイフを持ってAに近づき、その頸部を数回突き刺すなどし殺害した行為について、過剰防衛にあたるとしました。

東京高裁判決(昭和63年6月9日)

 売春客Aから殴る、手の甲をナイフで突き刺すなどの暴行・脅迫を受けて異常な性行為を執拗に求められるなどしたホテトル嬢が、これに耐えられなくなって逃げ出そうとナイフでAの腹部を刺したが、Aに捕らえられて頭を壁に打ち付けられ、ナイフを取り上げられようとしたため、未必の殺意でAの胸部や腹部を数回突き刺して死亡させた行為について、過剰防衛にあたるとしました。

② 量的な過剰の事例

 ②の「侵害してきた相手を殴ったので、相手は侵害行為をやめたのに、更に続いて殴ったような量的な過剰」について説明します。

 量的な過剰の典型は、追撃(追い打ち)行為です。

 参考となる事例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和34年2月5日)

 酒癖の悪いAが、被告人宅の土間に侵入し、屋根を被告人の首近くに突き付けて2、3回鋏を開閉しながら「この野郎殺してしまうぞ」と威嚇しつつ、土間の一隅に追い詰めたので、被告人はとっさにその場にあったなたをつかみ、Aの頭部付近に切り付け、さらに、よろけて屋根鋏を落としたAを殴り付けて倒した上、3、4回なたで頭部等を切り付け殺害したという事案で、Aが倒れ、被告人に対する侵害的態勢が崩れ去ったのに、引き続き3、4回にわたり追撃的行為に出たのであるから、被告人の一連の行為は、全体として、やむを得ない行為といえず、過剰防衛にあたるとしました。

仙台高裁判決(昭和27年9月5日)

 鎌で打ち掛かる相手から鎌を奪い取り、これを組み伏せて絞めに入るまでは正当防衛であるが、その後も手を緩めず窒息死させたのは、防衛の程度を超えているとし、過剰防衛にあたるとしました。

仙台高裁判決(昭和32年10月22日)

 素行の不良の乱暴な兄が、出刃包丁を突きつけて父に迫るのを見て、弟が父を救うには兄を殺害するほかないと考えて、出刃包丁で兄の左胸部を突き刺したのは正当防衛であるが、兄がひるんで逃げたのに、これを追って包丁で胸部、頭部を十数回突き刺して殺害したのは過剰防衛であるとしました。

最高裁判決(昭和59年1月30日)

 事案は、Aから顔面を殴られ、前歯を折られるなど一方的に暴行を受けた被告人が、帰寮後も怒りが治まらず、いったんは木刀を手にしてAと対峙し、Aを難詰したものの、同僚の説得に従い、話合いをするため木刀を投げ捨ててその場を離れたにもかかわらず、Aがいきなりその木刀を拾い上げ殴りかかり、頭、足首等を殴られたため、ポケットに入れていた理髪用はさみを取り出して相手の胸部等を突き刺し、相手を死亡させた行為について、過剰防衛にあたるとしました。

京都地裁判決(昭和57年2月17日)

 かねて異常な言動の多かった娘婿から、突然電気アイロンで頭部を殴られ、さらに仰向けに倒されて馬乗りになられた上、電気アイロンで頭部を殴られる暴行を受けていた被告人が、たまたま目の前に垂れ下がっていたアイロンのコードを被害者の首に巻き付けて引っ張り、首が絞まって被害者が崩れるように倒れたため、いったん手を離したものの、被害者を見ているうちに日頃の憎悪、憤激の念と、被害者が息を吹き返したときは殺されてしまうという恐怖から、さらにコードを強く引っ張って絞殺した行為について、全体として過剰防衛にあたるとしました。

東京地裁判決(平成12年8月29日)

 当初、過剰防衛の性質を有するものとして始まった登山ナイフによる被告人の刺突行為は、被害者が重症を負って倒れ込んだ後は、急迫不正の侵害が終息し、過剰防衛を認める前提条件を失ったものの、前後の行為を分断すべきではなく、全体的に一個の過剰防衛行為に当たると評価すべきであるとし、過剰防衛を認定しました。

富山地裁判決(平成11年11月25日)

 被告人Aの過剰防衛行為により、急迫不正の侵害がなくなった後に、Aと意思を通じた被告人Bがさらに反撃を加えた場合について、Bの行為は防衛行為と評価できないが、両者の行為を一個の反撃行為と見て、A、B両名につき過剰防衛の成立を認めました。

過剰防衛が認められた殺人罪で、刑を免除された事例

 過剰防衛が成立すると、判決において、裁判官の判断で、情状により刑を減軽(刑を軽くすること)又は免除(有罪にはなるが、刑罰が科されない)することができます(刑法36条2項)。

 過剰防衛が認められた殺人罪で、刑を免除された事例として、以下のものがあります。

広島高裁判決(昭和26年3月8日)

 日頃から狂暴な養父が、で打ち掛かってきたため、包丁で下腹部を刺し、次いで養父に組みつかれた後、殺意をもって包丁で頸部等を突き刺し殺害した事案で、殺人罪の過剰防衛の成立を認めた上で、刑を免除しました。

大阪高裁判決(昭和54年9月20日)

 長年にわたり夫から暴行、虐待を受けて左眼の失明をきたし、夫の飲酒、競馬で生活苦にあえいできた妻が、深夜人気のない堤防上に連行され、狂気のような暴行を加えられた際、タオルで夫の首を締めて殺害した事案で、殺人罪の過剰防衛の成立を認めた上で、刑を免除しました。

名古屋地裁判決(平成7年7月11日)

 酒乱の内縁の夫Aから執拗な暴行を加えられた内縁の妻が、ナイフで内縁の夫の頸部を刺して殺害した事案で、殺人罪の過剰防衛の成立を認めた上で、刑を免除しました。

 裁判官は、

  • 犯行は、酒乱で被害妄想状態にあったといってよいAが、飲酒しつつ、被告人に対し、断続的に執拗で強度な暴行を加えたことが原因となっており、とりわけ、長袖シャツで首を絞めて失神・失禁させた上、ゴルフクラブで後頭部を殴打し、頭蓋骨線状骨折、左第一ニ肋骨骨折等安静加療約一か月間を要する傷害を負わせた暴行は、生命侵害の虞れが非常に高いものであった
  • これまでにも被告人は、Aによる暴力のために、平成2年7月ころから同6年10月までの間に、肋骨や尺骨の骨折などで合計8回ほど医師の治療を受けることを余儀なくされており、相当ひどい暴力を受けていた
  • このような事情に加え、被告人とAとの間には相当な体力差があること、Aによる暴行は、さほど広いとはいえない被告人方居室内で行われており、被告人はここから逃れようとして一度失敗していること、今回の防衛行為(本件犯行)が失敗した場合には、Aからより一層生命侵害の危険性が高い暴行が加えられる虞れがあったことなどからすると、これまで親族のためにもAとの円満な別れを願って約束も交わし、数々の暴力にも耐えてきた被告人が、今回、せきが切れたかのようにAを殺害してでも生命侵害の危機から脱出しようと思い詰めるに至ったことはよくよくのことと理解され、同情に値するものである
  • いよいよAの頸部を突き刺すに際し、それまでの度重なる約束違反や長期間にわたる暴力を思い、鬱積した憎悪や憤激の感情があったとしても、被告人を強く非難することはできない
  • 加えて、被告人は犯行後直ちに110番通報をして自首していること、被告人にはそれまでの暴力も含め、Aから暴力を受けることについて何らの責任も、責められるべき事情も見当たらないこと、被告人はAとの関係につき婦人相談所という公的機関を利用した上で清算しようとしていたのであり、安易に殺害という手段で解決を図ったわけではないこと、殺害方法についても、A自らが教示しており、被告人自身が考えついたものではないこと、被害者の親族も寛大な処分を望んでいること、被告人には前科・前歴はなく、被害者の暴力に耐え忍びながらも、本件犯行までは真面目な一社会人として生活してきたこと、社会復帰後も、既に成人した長男等の親族による援助も期待できることなどの事情を総合考慮すれば、被告人に対しては刑を免除するのが相当である

と判示しました。

大阪地裁判決(平成2年6月25日)

 兄弟間の事件で、弟から常軌を逸した挑発を受け首を強く締められたためナイフで突き刺して死亡させた事案で、過剰防衛が認めた上で、刑を免除しました。

 裁判官は、

  • 本件は、被告人がナイフで実弟を多数回突き刺すなどして殺害した事案であって、その結果は誠に重大で痛ましいものであるが、その発端が被害者の常軌を逸した挑発行為にあったことは明らかである
  • 被告人は、被害者の右挑発にできるだけのらないようにしていたのであるが、突然被害者に組みつかれ、首を絞められたため本件犯行に及んだものであるところ、確かに被害者は素手ではあったが、首を強力に締めつけることは、直ちに人の生命を奪いかねない危険な行為である
  • 被告人としてはこのままでは死んでしまうと思ってジーパンに入れていた本件ナイフを手にしたのであるが、右ナイフは被告人が隠し持っていたのではなく、いわは被害者に無理強いされてジーパンに入れたのであって、被害者も十分予想していた凶器である
  • 被告人は、このナイフを手にして20数回も被害者を突き刺しあるいは切りつけているのであって、防衛行為の範囲を逸脱していることは否定できないが、それも突然首を絞められた被告人が、このままでは死んでしまうのではないかという恐怖心に駆られ、興奮、狼狽の余り滅多突きしたためであると認めるのが相当である
  • 以上の事情に加え、被告人と被害者は、被害者が高校を中退して粗暴な振る舞いが目立つようになるまでは仲のよい兄弟であったこと、被告人は本件を深く反省し、実の弟を殺してしまったことの悔恨から拘置所内で自殺を図るまでに思いつめていること、現在大学4回生で、本件犯行にもかかわらす在学が可能であると認められること、前科を全く有しないこと、被害者の遺族でもある両親はもちろん被告人の処罰を望んでおらず、関係者からの多数の嘆願書も提出されていることなどの事情を考慮すると、被告人に対しては刑を免除するのが相当である

と判示しました。

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