刑法(殺人罪)

殺人罪(34) ~共同正犯①「殺人罪における共同正犯、共謀共同正犯、幇助犯の成否」を解説~

殺人罪における共同正犯、共謀共同正犯、幇助犯の成否

 殺人罪は、共同正犯、共謀共同正犯、幇助犯のどれが成立するのか、又は成立しないのかについて、議論が起こりやすいです。

 今回は、この点について、参考となる事例を紹介します。

 まず最初に、共同正犯、共謀共同正犯、幇助犯について説明します。

共同正犯とは?

 共同正犯とは、

2人以上の行為者が共同して犯罪を犯した場合

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 共同正犯は、共犯ともいいます。

共謀共同正犯とは? 

 共謀共同正犯とは、

「共同実行の意思(意志の連絡)」(共謀)はあるが、「共同実行の事実(犯罪の実行行為)」がない場合の共同正犯

をいいます(詳しくは前の記事参照)。

 共謀共同正犯の考え方は、複数の犯人が犯罪の共謀をして、犯人のうち1人でも犯罪の実行行為をすれば、犯人全員が共同正犯(共犯者)として処罰されるというものです。

 例えば、暴力団の組長が、組員に対し、Aを殺すことを指示し、組員がAを殺害して殺人罪を犯した場合、殺人を指示した組長にも、共謀共同正犯として、殺人罪が成立します。

幇助犯とは?

 幇助犯とは、

正犯(犯罪の実行者)を手助けした者

をいいます(刑法62条1項)(詳しくは前の記事参照)。

 幇助とは、正犯(犯罪の実行者)を手助けし、より簡単に犯罪を実行できるようにすることです。

殺人罪において、共謀共同正犯が成立するとされた事例

 殺人罪において、共謀共同正犯が成立するとされた事例として、以下のものがあります。

佐賀地裁判決(昭和36年2月15日)

 殺し屋に報酬の支払、公判係属中の世話、刑務所出所後の生活の保障を約束して殺人を依頼する行為は、殺人罪の共謀共同正犯が成立するとしました。

殺人罪において、幇助犯ではなく、共謀共同性犯が認められた事例

 殺人罪において、幇助犯ではなく、共謀共同性犯が認められた事例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和53年5月11日)

 被害者である夫Aの妻Bが、夫Aに睡眠薬入りのカルピスを飲ませ、その後、妻Bの愛人Cが、飾り石で夫Aの後頭部を強打した上、浴室に運び頭部を押えつけて浴槽の湯の中に漬け、夫Bを殺害した事案です。

 裁判官は、

  • 愛人Cの行為に先立ち、妻Bが夫に睡眠薬入りのカルピスを飲ませた行為は、殺人の実行行為に密接かつ必要な行為にあたる

として、妻Bに対し、殺人罪の共謀共同正犯が成立するとしました。

 なお、この裁判の一審は、妻Bに対し、殺人罪の幇助犯が成立するとしましたが、控訴審において、一審判決を破棄し、殺人罪の共謀共同正犯を認定したものです。

殺人罪において、見張りが共同正犯になるか

 殺人罪において、見張りが共同正犯となるかは、古くから問題とされています。

 殺人罪において、見張り役を行った者に対し、殺人罪の共同正犯が成立するとした以下の判例があります。

大審院判決(明治44年12月21日)

 まず初めに、この判例は、共謀共同正犯に関する判例理論が確立する前の判決であることに留意する必要があります。

 共犯者が屋内で殺人を実行する間、屋外で見張りをしたのを実行行為の分担があったとして、見張りをした者に対し、殺人罪の共同正犯の成立を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 殺人の見張りをしたる行為は、殺人行為と相俟って、殺人の実行行為を組成するものなるをもって、見張りや役に対しては、単に共同実行正犯として、これに関する罰条(※法律の条文)を適用すべく、従犯の罰条を適用すべきものにあらず

と判示しました。

 この判例とは逆に、見張り役を行った者に対し、殺人罪の共同正犯の成立を否定し、殺人罪の幇助犯が成立するとした以下の裁判例があります。

大阪地裁堺支部判決(昭和46年3月15日)

 殺人の見張りなどを行ったとしても、共謀が認められない以上、幇助にとどまるとされた事案です。

 裁判官は、

  • 共謀が成立したというためには、単に他人が犯罪を行うことを認識しているだけでは足らず、数人が互に他の行為を利用して各自の犯意を実行する意思が存することを要し、被告人自身にも被害者を殺害しようとする意思の存することが認められなければならない
  • 被告人が相被告人(※共犯者)の言葉に従って見張行為をし、また被害者の首を締めるための電気釜コードを渡したことが認められるが、その際の被告人の心情、両被告人間の関係、犯行前の被告人と相被告人の対被害者に対する感情の相異、本件犯行の突発性等の諸事情に徴すれば、被告人自身も被害者を殺害することを決意ないしは欲して右見張行為および電気釜コードの授受行為をなしたと認めるのは困難であり、専ら相被告人の被害者殺害行為を容易ならしめるためになされた行為であることが認められるから、殺人幇助罪が成立するに過ぎない

と判示しました。

殺人罪において、共謀共同正犯ではなく、幇助犯が成立するとされた事例

 殺人罪において、共謀共同正犯ではなく、幇助犯が成立するとされた事例として、以下のものがあります。

大阪地裁判決(昭和39年11月4日)

 殺人計画の実行担当者に対し、激励、助言、教示等を行ったが、組織上からも実行担当者の行為を支配し得る立場になく、共同正犯の認識の下に行動したことも認められず、実行担当者の犯意を強化したにすぎないとされ、殺人罪の幇助犯が成立するとしました。

大阪地裁判決(昭和43年1月19日)

 暴力団組員らによる殺人の謀議の席に同席あるいは出入りして、殺害方法につき進言したり、幹部の命を伝えたりした者に対し、共謀を積極的に推進ないし維持したと認められず、地位役割が低いとして、殺人罪の幇助犯が成立するにとどまるとされました。

大阪地裁判決(昭和44年4月10日)

 暴力団同士の抗争に際し、殴り込んできた相手方組員に対し、猟銃を発射して殺害した事案において、それに先立ち、相手方組員がやってきたとの報告を受け「どうして射たなかったのか」などと叱責するなどした幹部につき、共謀までは認められず、殺人罪の幇助犯が成立するとしました。

大阪地裁判決(平成6年3月8日)

 殺人に関する意思の連絡が相互的でなく片面的であるときは、共同正犯を認める余地はなく幇助にとどまるとし、殺人罪の共謀共同正犯の成立を否定し、幇助犯が成立するとしました。

 EとBらが被害者を殺害し、被告人は、被害者の監視や見張り行為をしたという事案です。

 裁判官は、

  • 被告人が、Eと共同意思の下に一体となって、互いに他の行為を利用して被害者殺害を実現しようとしたとまでは認め難いといわなければならない
  • 被告人は、被害者を監する等して、Eらの殺人の犯行を容易にしてこれを幇助したものである
  • 殺人の実行行為に全く関与せず、EとBの指示のままに行動したものであって、その場の雰囲気に流され、また、EとBの配下として同調せざる終えなったという一面があった

と判示し、被告人に対し、殺人罪の共謀共同正犯は成立せず、幇助犯が成立するとしました。

殺人罪の共謀共同正犯の成立が否定された事例

 上記事例のほか、殺人罪のおいて、共謀共同正犯の成立が否定されたものとして、以下の事例があります。

東京高裁判決(昭和58年7月13日)

 過激派の事件で、火炎びん、鉄パイフなどの凶器を準備して集合し、機動隊員殺害を呼号するアジ演説の下に行動を開始した集団の一部に、現実に機動隊員殺害の行為に出た者があったとしても、集団の携行した武器の性能、採用した戦術、集団に属する者の意識・行動、機動隊員殺害を実行し得る客観的可能性のある局面現出の予見の有無などについての具体的事実関係の下においては、未だ右行動開始の時点において集団に属する者全員の間に殺人の事前共謀が成立したものとは認められないとしました。

東京高裁判決(昭和60年9月30日)

 配下の者と被害者拉致の謀議をした暴力団組長につき、拉致に失敗した配下の者らが被害者の殺害を謀議して実行した場合において、両謀議の間に同一性・連続性が認められないとして、暴力団組長に対し、殺人罪の共謀共同正犯は成立しないとしました。

名古屋地裁判決(平成9年3月5日)

 集団で、Bらが、被害者Aに対し暴行を加えて瀕死の重傷を負わせた後、河川敷に遺棄して死亡させた不作為による殺人の事案について、終始行動を共にし、かつ、負傷した被害者を遺棄現場まで引きずるなどしたとして殺人罪の共同正犯に問われた被告人に対し、正犯性を否定し、殺人罪の共同正犯ではなく幇助にとどまるものとされた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、Bらに随行していたものにすぎない
  • そして、自らがAを殺害しなければならないような動機はなく、事前の共同謀議にも加わっていないから、被告人には正犯意思を認め難い
  • 被告人が関与した行為も、Bらの不作為による殺人行為のうちの遺棄行為にすぎず、しかも、その行為自体、それだけではAの死亡との間に因果関係のないものである
  • そうすると、このような被告人の行為は、Bらの不作為による殺人行為を容易にしたものとして、その幇助に当たるものと認めるのが相当である

と判示しました。

次の記事

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧