刑法(殺人罪)

殺人罪(27) ~正当防衛・過剰防衛⑧「やむを得ない行為であるとして正当防衛が成立するとされた事例」を解説~

やむを得ない行為であるとして正当防衛が成立するとされた事例

 殺人罪において、正当防衛が認められる場合は、

  • 相手が刃物や銃器で被告人に対し、攻撃を仕掛けている
  • 被告人自身の生命に対する高度の危険が現実に切迫している

という状況があることが多いといえます。

 殺人罪において、やむを得ない行為であるとして正当防衛が成立するとされた事例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正14年6月27日)

 Aとの口論格闘が仲裁されて一時しずまったものの、仲裁に不満なAが被告人宅に来て、外出を強要したので、被告人は、護身用として買っておいたあいくち懐中にして外出したのであるが、Aが飲酒を強要しようとしたため、これを断って帰ろうとしたところ、Aは突如背後から出刃包丁で被告人の左側背下部を突き刺し、さらに下顎部に切り付け、なおも攻撃を加えようとしたため、そこで、被告人が、防衛のため殺意をもってあいくちでAの左胸部等に切り付け即死させた行為は、正当防衛にあたるとされました。

福岡地裁小倉支部判決(昭和34年4月8日)

 連れが被害者に拳銃を突き付けられ射たれそうになったので、刺身包丁を持ち出して被害者の胸部を突き刺して殺害したのは、第三者の生命を防衛するためのやむを得ない行為であるとされ、正当防衛が成立するとしました。

福岡地裁小倉支部判決(昭和40年3月24日)

 被告人は、被害者らから理不尽な暴行脅迫を加えられ、逃げたが、追ってきた被害者が刺身包丁で突き掛かかるように寄ってきて、今にも被告人を刺そうという状態であるのを見て、知人が投げてくれた刺身包丁を取り上げて被害者の前胸部を1回突き刺して死亡させた行為は、自己の生命身体を防衛するためのやむを得ない行為であるとされ、正当防衛が成立するとしました。

仙台高裁判決(昭和42年12月4日)

 被害者は、Bと口論の末、刀でBに突き掛かり、被告人がこれを制止しようと両名の間に割って入ったところ、被害者は「この野郎、殺されるなよ」と叫んで、今度は被告人に刀で突き掛かり、よろめいて膝を地面についた被告人に対し、刀を頭上高く振り上げ振り下ろそうとしたので、被告人は、このままでは殺されるものと直感し、胴巻に隠してあったあいくちをとっさに取り出して、被害者に抱きつきざまに、被害者の右背部を2回突き刺したのは、正当防衛であるとされたました(殺人未遂の事案)。

福岡地裁判決(昭和46年3月24日)

 けんかのような事案で、被害者が、隠し持っていた出刃包丁をいきなり被告人めがけて突き出し、被告人の右大腿部に刺創を負わせ、被告人が刺さっている包丁を抜き取ったところ、被害者が、なおも石のような物をもって殴り掛かってきたので、未必の殺意をもって包丁で被害者の胸部等を突き刺し死亡させた行為が、やむを得ないものとされ、正当防衛が成立するとしました。

仙台高裁秋田支部判決(昭和55年1月29日)

 被告人と被害者は、暴力団の跡目相続をめぐって反目し緊迫した情勢となっていたとき、被害者が配下12名を従え、改造拳銃、猟銃等凶器を所持して、紛争を避けるため配下5名とともに弟宅に身を隠して就寝していた被告人に殴り込みをかけ、被害者が拳銃を構えて「撃つぞ撃つぞ」と叫びながら腰を落とすようにして被告人に迫り、被告人は撃たれると思って別室に逃げ込み、これを追い掛けた被害者が乱入してくる配下を指揮するごとく叫んでいる姿を障子越しに認めた被告人が、自己の配下が手にしていた短刀を奪って、障子越しに被害者を突き刺し殺害した行為は、正当防衛に当たるとしました。

那覇地裁沖縄支部判決(昭和56年4月20日)

 タクシー運転手をしている被告人が、Aにせがまれて、やむなく水揚げの中から貸した金の返済を求めにA宅に赴いたところ、Aから悪態をつかれた上、殴られそうになったので殴り返して帰ろうとしたが、その背後からAが刺身包丁で被告人の脇腹を狙って突き掛かってきたので、被告人は、これをかわし揉み合ううち、Aから包丁を取り上げた。Aが包丁を奪い返そうと襲い掛かってきたため、被告人は、無我夢中でAを切り付け失血死させた(未必の故意による殺人)という事案で、被告人の行為は、自己の生命身体の防衛上必要にして相当な行為であると認められるとし、正当防衛が成立するとしました。

神戸地裁判決(昭和61年12月15日)

 被告人は、暴力団員A、B両名から長時間にわたって執拗な暴行脅迫を受け、金員の交付を要求され、Bに包丁でを切られたりもして殺されるのではないかという畏怖心を抱いていたところ、被告人の言葉に逆上したAが、脇差及び拳銃様の物が置いてあった部屋に走り込んだため、被告人はAが凶器を手にする前にこれを奪い取らなければ間違いなく殺されてしまうと考え、Aを追って部屋に走り込み、Aから脇差を奪いとったものの、Bが包丁で襲い掛かってくるのは必定であること、脇差を奪ってもなおAは拳銃を持っていると信じていたことから、自己の生命を守るためにはAを殺害するほかないと判断し、脇差でAの胸を突き刺すなどして殺害した行為について、防衛行為としての相当性を有するとし、正当防衛が成立するとしました。

東京高裁判決(平成5年1月26日)

 被害者が被告人のの部屋に押し入って姪に包丁を突きつけ、その場に駆けつけた被告人がそれを制止して室外に押し出そうとしたところ、被害者から包丁で2度にわたって攻撃を受けたため、被告人はその包丁を奪い、包丁を取り返そうと両手で被告人の首、若しくは頭を押さえつけてきた被害者の背中等を包丁で刺して殺害したという行為は、相当性の限度を超えないやむを得ない行為であるとし、正当防衛が成立するとしました。

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