刑法(殺人罪)

殺人罪(41) ~「殺人罪と①放火罪、②失火罪、③汽車電車転覆致死罪、艦船転覆罪・沈没致死罪、④航空機強取等致死罪との関係」を解説~

 前回の記事の続きです。

 殺人罪と

  1. 放火罪
  2. 失火罪
  3. 汽車電車転覆致死罪、艦船転覆罪・沈没致死罪
  4. 航空機強取等致死罪

との関係を説明します。

① 放火罪との関係

 放火を殺人の手段としたときは、1個の行為で放火と殺人を成し遂げているので、放火罪と殺人罪は観念的競合となります。

 参考となる裁判例として、以下のものがあります。

仙台高裁秋田支部判決(昭和32年5月21日)

 全家族を焼き殺す目的で火を放ち、更にその目的を一層確実にする考えの下に家族の一員に瀕死の重傷を負わせたが、いすれも未遂に終わった現住建造物放火と殺人未遂罪の事案です。

 この事件の一審判決では、放火未遂と殺人未遂との間には手段結果の関係ありとして、両罪は牽連犯であるとし、刑法第54条第1項後段第10条を適用し、重い放火未遂の一罪として処断しました。

 しかし、高裁判決では、この一審判決を否定し、

  • 火を点じて放火並びに殺人の実行行為に着手した後、その鎮火により両者は同時に未遂に終わったのであるから、この間には一所為数法(※観念的競合のこと)の関係があり、いわゆる牽連関係の存在を認める余地はない
  • 原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示所為中、放火未遂の点は刑法第108条第112条に、各殺人未遂の点は同法第199条第203条に各該当するところ各殺人未遂の間及びこれと放火未遂との間には一所為数法(※観念的競合のこと)の関係があるから、同法第54条第1項前段第10条を適用し、結局重い放火未遂の刑に従い、所定刑中、有期懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役7年に処す

と判示し、全家族を焼き殺す目的で火を放ち、更にその目的を一層確実にする考えの下に家族の一員に瀕死の重傷を負わせた行為は、現住建造物放火と殺人未遂罪の牽連犯ではなく、観念的競合になるとしました。

殺人を行い、その後、放火した場合は、殺人罪と放火罪は併合罪になる

 殺人を行い、その後、放火をして家とともに遺体を燃やした場合、殺人行為と放火行為は、別の機会に行われた行為であり、1個の行為ではないので、殺人罪と放火罪は観念的競合の関係になりません。

 この場合は、殺人罪と放火罪は、それぞれ別個の犯罪として成立し、両罪は併合罪の関係になります。

② 失火罪との関係

 殺人未遂罪と、その殺人未遂行為の闘争による石油ストーブの横倒れに基づく失火罪刑法116条)について、殺人未遂罪と失火罪とは観念的競合であるとした裁判例があります。

山口地裁判決(昭和40年5月28日)

 この裁判では、失火罪ではなく、重過失失火罪(刑法117条の2)を認定していますが、考え方は、失火罪と重過失失火罪とで同じです。

 裁判官は、

  • 殺人未遂と重過失失火は、1個の行為にして数個の罪名に触れる場合に当たる

とし、殺人未遂罪と重過失失火罪が成立し、両罪は観念的競合になるとしました。

③ 汽車電車転覆致死罪、艦船転覆罪・沈没致死罪との関係

 汽車電車転覆致死罪、艦船転覆・沈没致死罪刑法126条3項)の場合において、殺意があるときは、殺人罪との観念的競合となるとした判例があります。

大審院判決(大正7年11月25日)

 裁判官は、

  • 刑法126条3項は、同条1項、2項の罪を犯し、よって人を死に致したる行為を処罰する規定にして、その殺意に出でたると否とを問わざるものなれば、原判決が、殺人の意思をもって船舶を覆没し、人を死に致したる被告の行為に対し、同条2項、第3項、同法第199条及び第54条を適用処断したるは、正当である

と判示し、船舶転覆致死罪と殺人罪は、観念的競合として成立するとしました。

東京高裁判決(昭和45年8月11日)

 電車内で時限爆破装置を爆発させ、電車を破壊すると同時にその爆体の破片によって乗客複数人を死傷させた船車覆没致死、電汽車転覆、殺人、殺人未遂、傷害、爆発物取締罰則違反被告事件です。

 この判決で、船車覆没致死罪、殺人罪、殺人未遂罪、傷害罪は観念的競合の関係に立つとしました。

 裁判官は、

  • 刑法126条1項にいう破壊とは、人の現在する汽車、又は電車の実質を害して、その交通機関たる機能の全部又は一部を失なわせる程度の損壊をいうものと解すべきところ、被告人の仕掛けた爆体の爆破によって、本件電車の屋根、天井に張られた鉄板、及び合金板4枚、座席7個、網棚、窓ガラス4枚、その他車体付属品8点を損壊したことが明らかであって、その損害額が5万4106円程度に止まったにしても、進行中の電車に小石を投じて窓ガラスを割ったり、小刀を使って座席を傷つけたりしたのとは異り、たとえ、電車自体の走行そのものは可能であったとしても、交通機関として乗客を乗せ安全な運行を続けるに堪えないものと認められるから、刑法126条1項所定の破壊というに妨げない
  • したがって、原判決が、刑法126条1項を適用処断したのは正当である
  • 刑法126条3項は、同条1項、2項の罪を犯し、よって人を死に致した行為を結果的加重犯として重く処罰する規定であるから(大正7年11月25日大審院判決参照)、致死の結果につき予見のある場合には、同法126条3項のほか、同法199条の適用があり、両者は一所為数法(※観念的競合のこと)の関係に立つものと解するのを相当とする
  • もし、そうでないとすると、殺人の故意をもって汽車、電車を破壊したが殺人が未遂に終わった場合には、同法126条3項の罪には未遂の処罰規定がなく、その結果、同条1項によって罰せられるに過ぎないこととなり、明らかに不当である
  • しかるに前記のように解釈すると、この場合は同条1項同法199条203条とに該当し、一所為数法(※観念的競合のこと)の関係に立っこととなり、その結果が妥当である
  • また、傷害の犯意(暴行の犯意の場合も同じ)があるに過ぎないときは、もとより126条3項包含されるいわれはなく、傷害の結果発生の場合は同法126条1項と、同法204条とに該当し、一所為数法(※観念的競合のこと)の関係を生ずることまた当然であるから、原判決が未必の殺意を認め、被害者Hに対する関係で刑法126条3項・1項199条に該当するとし、被害者Tほか11名に対する関係で、同法126条1項199条203条に該当するとし、被害者Sほか1名に対する関係では未必の傷害の故意を認め、同法126条1項204条に該当するとし、右はそれぞれ一所為数法(※観念的競合のこと)の関係にあるとして法律の適用をしたのは正当である
  • なお、本件は、被告人が電車内で時限爆破装置を爆発させ、その爆体の破片によって乗客Hを死亡させたものであって、爆発により電車が破壊し、その破壊それ自体の結果として、Hを死に致したものではないから、刑法126条3項に該当するか疑問がないわけではない
  • しかしながら、電車の破壊行為という1個の行為で同時に電車の破壊と、人の死亡の結果とを発生した本件のような場合には、同法条に該当するものと解するのが相当である
  • けだし、その被害法益の点から考えても、両者をとくに区別すべき実質的理由に乏しいばかりか、もし、両者を区別すると、同一の犯意をもって実行し、同一の結果を発生しながら、たまたま爆発自体によって人の死亡の結果が発生した場合と、爆発により汽車、電車の破壊があり、さらにその破壊の結果として人の死亡が発生した場合とにより、一は死刑、または無期、もしくは3年以上の懲役、ーは死刑、または無期懲役となって、刑の均衡を著しく害する結果となり不当であるからである

と判示しました。

④ 航空機強取等致死罪との関係

 乗務員に包丁を突き付けるなどして航空機の運行を支配し、その運行支配の継続中に機長を殺害した場合も、航空機の強取等の処罰に関する法律2条の航空機強取等致死罪と殺人罪とは観念的競合になります。

 参考となる裁判例として、以下のものがあります。

東京地裁判決(平成17年3月23日)全日空61便ハイジャック事件

 周到な計画を立てた上、大型航空機に乗り込んだ被告人が、包丁を用いて脅迫・暴行を加え、大型航空機の運航を支配し、その運航支配の継続中に、殺意をもって暴行を加えて機長を殺害した事案で、航空機の強取等の処罰に関する法律2条違反の罪と殺人罪とが成立し、観念的競合に当たるとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、殺人罪と

  1. 文書偽造行使罪
  2. 不同意性交致死罪・不同わいせつ致死罪
  3. 爆発物取締罰則1条の罪
  4. 自動車事故における救護義務違反
  5. 殺人予備罪と窃盗罪

との関係を説明します。

次の記事

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