刑法(殺人罪)

殺人罪(42) ~「殺人罪と①文書偽造行使罪、②不同意性交致死罪・不同わいせつ致死罪、③爆発物取締罰則1条の罪、④自動車事故における救護義務違反、⑤殺人予備罪と窃盗罪との関係」を解説~

 前回の記事の続きです。

 殺人罪と

  1. 文書偽造行使罪
  2. 不同意性交致死罪・不同わいせつ致死罪
  3. 爆発物取締罰則1条の罪
  4. 自動車事故における救護義務違反
  5. 殺人予備罪と窃盗罪

との関係を説明します。

① 文書偽造行使罪と関係

 Aを殺害する目的で、Aの実父の氏名を冒用して、神社の御供物のように装った毒物の服用を勧める文書を偽造し、これを毒物とともに送付したが、服用前に発覚したという事案で、文書偽造行使罪(刑法161条)と殺人未遂罪とは観念的競合であるとした判例があります。

大審院判決(大正13年6月14日)

 裁判官は、

  • Aを殺害する目的をもって毒物を服用せしめんと欲する者が、毒物を装って神社の供え物のごとき外観を呈せしめ、かつ、Bの名義を冒用し、これが服用を勧誘する文書を偽造して、毒物と共にAに送致し、Aをして受領の上、これを誤信して服用の決意をなさしめ、Aにおいて、誤ってこれを服用せんとするに瀕し、事実発覚して殺害の目的を遂げざるときは、その文書偽造行使の点と殺人未遂の点とは、1個の行為にして数個の罪名に触れるものなれば、刑法第54条規定の趣言に従い、一罪として処分すべきものとす

と判示し、殺人未遂罪とは観念的競合であるとしました。

② 不同意性交致死罪・不同わいせつ致死罪との関係

 強制性交等致死罪(現行法:不同意性交致死罪)、強制わいせつ致傷罪(現行法:不同わいせつ致死罪)(刑法181条)は、致死傷の結果について予見していた場合を排除するものではないので、行為者が殺意をもって被害者を死に致したときは、強制性交等致死罪(現行法:不同意性交致死罪)又は強制わいせつ致死罪(現行法:不同わいせつ致死罪)と殺人罪とが成立し、両者の関係は観念的競合となります。

 参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁判決(昭和31年10月25日)

 強制性交を行うともに、被害者を殺害した事案で、裁判官は、

  • 強姦致死(現行法:不同意性交致死罪)の点につき刑法181条177条を、殺人の点につき同法199条を適用し、両者は同法54条1項前段の1個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるとして、同法10条に基づき、重い殺人罪の刑によって処断すべきである

と判示しました。

不同意性交、不同わいせつ終了後に別個の動機に基づき殺人を犯した場合

 不同意性交(又は不同意わいせつ)終了後に、別個の動機に基づいて殺人行為を実行した場合は、殺人罪は別罪として、不同意性交罪(又は不同意わいせつ罪)と殺人罪が成立し、両罪は併合罪の関係になります。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和7年2月22日)

 強姦した後、犯跡隠蔽のため被害者を殺害した場合は、強制性交罪(現行法:不同意性交罪)と殺人罪の併合罪であるとしました。

大審院判決(昭和14年3月24日)

 わいせつ行為を止めた後、被害者の殺害を決意し実行した場合は、刑法181条にはあたらず、強制わいせつ罪(現行法:不同意わいせつ罪)と殺人罪の併合罪であるとしました。

③ 爆発物取締罰則1条の罪との関係

 人を殺害する目的で爆発物を使用した場合、爆発物取締罰則1条の罪と殺人罪とは観念的競合になるとされます。

④ 自動車事故における救護義務違反との関係

 自動車を運転中、前方不注視の過失によって歩行者に衝突して重傷を負わせ、被害者を自動車に乗せで事故現場から約2.9km離れた場所に運び、被害者が死んでしまうかもしれないが事故の発覚を免れるためにはやむを得ないと考えて、その場に放置して逃走した事案で、道路交通法72条1項前段の救護義務違反と不作為による殺人未遂罪とは、救護義務違反が殺人未遂罪に吸収されるのではなく別罪を構成し、両罪は観念的競合となるとした以下の裁判例があります。

浦和地裁判決(昭和45年10月22日)(控訴審:東京高裁判決 昭和46年3月4日)

 午後11時すぎ頃、交差点で前方注視を怠った過失により横断中の歩行者をはねて約6か月の入院加療を要した左大腿骨複雑骨折等の傷害を負わせ、被害者を病院に運ぶため、自車の助手席に乗せて走行中、事故の発覚を免れるため被害者を人通りのない場所に運んで置去りにしようと決意し、事故現場から約2.9キロメートル離れた人車の交通がない場所の道路脇のくぼみに、失神している被害者を放置したが、被害者を探しに来た家人が被害者を発見したため、死を免れた事案です。

 裁判官は、道路交通法72条1項前段の救護義務違反と未必の故意による殺人未遂罪の成立を認め、両罪は観念的競合となるとしました。

⑤ 殺人予備罪と窃盗罪との関係

 殺人に使用するための凶器を窃取し、殺人予備を行った場合、窃盗罪(刑法235条)と殺人予備罪刑法201条)が成立し、両罪は観念的競合になります。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和4年5月3日)

 殺人の目的であいくち(短刀)を窃取した場合、殺人予備と窃盗の観念的競合であり、進んでそのあいくちを使用して殺害の目的を遂げた場合は、殺人既遂と窃盗の観念的競合であるとしました。

 殺人予備が殺人既遂に吸収されるからといって、殺人の予備行為が殺人罪の実行行為となるわけではないから、殺人予備たる窃盗行為と殺人行為とは1個の行為ではありません。

 窃盗罪と殺人予備罪のうち、殺人予備罪については殺人罪に吸収されますが、窃盗罪は殺人罪に吸収されずに残るので、窃盗罪と殺人罪が観念的競合として成立するという考え方になります。

次回の記事に続く

 次回の記事では、殺人罪と

  1. 堕胎罪
  2. 死体遺棄罪・死体損壊罪
  3. 逮捕監禁罪
  4. 凶器準備集合罪
  5. 銃刀法違反(銃砲刀剣類の所持)

との関係を説明します。

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧