刑法(殺人予備罪)

殺人予備罪(6) ~「殺人予備罪における共同正犯(共犯)」を解説~

殺人予備罪における共同正犯(共犯)

 殺人予備罪においても、他の犯罪と同様に共同正犯(共犯)が成立します。

 殺人予備罪において、共同正犯が成立し得るかについて、地裁(第一審)、高裁(控訴審)、最高裁(上告審)と裁判が行われた事例があります。

第一審(名古屋地裁判決 昭和36年4月28日)

 被告人は、従兄Aから、Aがかねてから密通している女性との関係を続けるため、その女性の夫Bを殺害したいとの意図を打ち明けられた上、殺害方法などについて相談をもちかけられていたが、青酸カリ(毒物)の入手方を依頼されるにいたって承諾し、他からこれを譲り受けてAに手交したところが、Aは情婦と共謀しBに睡眠薬を服用させたうえBを絞殺したので、被告人の渡した青酸カリは使用されなかったという事件です。

 被告人は殺人予備罪で起訴されましたが、第一審判決では、

  • 予備罪の成立には行為者において基本的構成要件の充足を目的とする意思が必要であって、被告人自らには殺人の意図はなかったから殺人予備罪は成立しない

とし、予備的訴因(検察官が殺人予備罪の共同正犯が成立しない場合に備え、予備的に追加した殺人予備幇助罪の訴因)である殺人予備幇助罪を言い渡しました。

 また、この判決で、予備の幇助が成立し得ることにつき、予備罪も、基本的構成要件の修正形式ではあるが、1個の構成要件をなしており、これを充足する行為は実行行為と考えられるから刑法の共犯規定の適用があり、また、刑法79条が予備の幇助について特に規定しているのは、内乱罪の組織的集団犯の特質からその刑を特に加重したものであって、他に予備の幇助を処罰しない趣旨ではない旨述べました。

控訴審(名古屋高裁判決 昭和36年11月27日)

 控訴審では、上記の第一審判決を破棄し、被告人を、殺人予備幇助罪ではなく、殺人予備罪の共同正犯が成立するとしました。

 控訴審の裁判官は、

  • 確かに予備罪の実行行為は観念できるが、それは基本的構成要件の場合のように定型的行為として限定されておらず、無定型、無限定であるから、予備罪を処罰することになると処罰範囲が著しく拡大されることになるので、刑法は予備行為の範囲を限定したり情状により刑を免除したりすることとしている
  • ところで、従犯の行為も、同様に無限定・無定型であるから、もし予備の従犯をも処罰することになると、著しく拡張され、言論活動の多くの場合までが処罰される危険性がある
  • また、予備罪が処罰される場合においても、その刑は既遂・未遂のそれより極めて軽いのであるから、これより違法性・可罰性が更に弱く、その刑も正犯の刑に比して軽減される従犯まで処罰するには、法の明文で明確にすべきであって、79条内乱予備の幇助について特に明文を設けていることからしても、刑法は、予備の従犯の処罰を明文のある場合に限定し、明文のない場合は一般にこれを不処罰にしたものと解すべきである
  • 他方、殺人予備罪の正犯行為と従犯行為とを区別するについて、第一審のように行為者の意思の面だけを重視するのは相当でなく、意思とその外部に表現された行為の形式の双方を併せて考察すべきであり、例えば、通貨偽造予備罪の場合、自ら通貨偽造の意思があったか否かを問わず、通貨偽造の目的でそれに必要な機械・器具を用意した者をすべて予備罪の正犯として処罰するものと解すべきである
  • したがって、本件の場合、殺人予備罪の共同正犯が成立する

と判示しました。

上告審(最高裁決定 昭和37年11月8日

 最高裁の裁判官は、被告人の行為を殺人予備の共同正犯に問擬(もんぎ)した高裁判決の判断を是認しました(ただし、予備の幇助の問題については触れていません)。

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