刑法(殺人予備罪)

殺人予備罪(7) ~「殺人予備罪は、殺人罪・殺人未遂罪に吸収される」「1個の殺人の目的で、複数の予備行為を行った場合、1個の殺人予備罪が成立す」を解説~

殺人予備罪は、殺人罪・殺人未遂罪に吸収される

 殺人の目的で殺人の予備行為を行った者が、すすんで殺人の実行行為に着手した場合には、殺人予備罪は、殺人罪又は殺人未遂罪に吸収され、別罪を構成しません。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

殺人予備罪が強盗殺人罪に吸収されるとした判例

大審院判決(昭和7年11月30日)

 強盗殺人罪を実行した場合、その強盗殺人の前段階の犯行用具を準備した行為である殺人予備罪は、強盗殺人罪に吸収され、強盗殺人罪のみが成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 犯人が、被害者に対し、殺意を起こし、その犯行の用に供すべき物を携え、夜中被害者が戸外に出て来たるを待ちたるところ、被害者が出て来らざるため、実行の着手に至らざりしも、なお殺意を継続して現場の傍らに隠れ、実行の機会を持つ中、財物奪取の犯意を加え、被害者を殺害して財物奪取の目的を遂げたる場合には、強盗殺人既遂の一罪をもって論ずべきものとす

と判示しました。

殺人予備罪が殺人未遂罪に吸収されるとした判例

 殺人の実行に着手した後は、任意に殺害行為を中止し、殺人を遂げなかった場合は、殺人予備罪は成立せず、殺人罪の中止未遂が成立し、刑法199条の刑が減軽し若しくは免除されることなります(中止未遂は、必ず刑が軽減又は免除される)。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正5年5月4日)

 この判決は、

  • いったん殺人の予備行為に着手したときは、その後に任意にこれを中止しても刑法201条(殺人予備罪)の適用を免れないこと
  • 殺人の実行行為に着手した後、任意に殺人行為を中止したときは、殺人罪や殺人予備罪の刑を科さず、殺人未遂罪の刑を科すこと

を明示しました。

 裁判官は、

  • いったん殺人の予備行為に着手し、その幾分を為したるときは、たとえその後に至り、任意にこれを中止するも刑法第201条の制裁を免がるること得ざるものとす
  • 殺人の目的をもって、その予備行為を為し、進んで実行に着手したる後、任意にこれを中止したるときは、刑法第199条又は刑法第201条の刑を科すべきものに非ず

と判示しました。

殺人予備罪と強盗予備罪が、強盗殺人罪に吸収されるとした裁判例

宮崎地裁判決(昭和52年10月18日)

 被告人が、AとBと強盗殺人を共謀し、被害者方に凶器等を携えて赴き、犯行の機会を窺ったが、実行の決断がつかないまま引き返し、その後1週間して、被告人とAが再度被害者方に赴き、強盗殺人罪を犯したという事案です。

 強盗及び殺人の予備にとどまった前の行為と、強盗殺人罪の既遂に達した後の行為とは、共犯者が異なるが、犯行の目的、被害法益、場所も同一で犯行日時も近接し、計画や実行された犯行の手段、態様、被告人の役割も同様であって、犯行は終始継続した1個の犯意に基づく一連の行動により所期の目的を達したと認められるから、強盗予備罪と殺人予備罪は当然に実行行為に吸収され、強盗殺人罪の一罪が成立するとしました。

 また、この事案は、強盗殺人を実行する前に、10日の間に3回にわたって強盗予備と殺人予備を行っており、この点につき、3回の強盗予備と殺人予備は、1個の強盗予備罪と殺人予備罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 検察官は、被告人がK及びTと共謀のうえ、猟銃、実包、刺身包丁等の凶器を持ち、被害者N方に赴いてなした強盗並びに殺人の予備の事実につき、被告人とK両名の共謀による強盗殺人罪の併合罪として起訴している
  • しかし、関係証拠によれば、被告人が当初からKと相謀って計画し、その犯行の目的、被害法益、場所も同一で犯行日時も近接し、計画ないし実行された犯行の手段、態様、被告人の役割も同様であることが明らかである
  • これらの事実に徴すると、犯行は終始継続した1個の犯意に基づく一連の行動により所期の目的を達成したと認めるのが相当であるから、右の強盗並びに殺人の予備は、当然に実行行為に吸収され、強盗殺人の一罪が成立するにとどまると解する
  • また、S方の各強盗並びに殺人の予備のように、単一の目的のために、同一の犯行態様で10日間に、3回にわたり、終始、強盗殺人の意思を継続して反覆累行したものについては、それが既逐に至らなかった場合においても、各予備行為全体を包括的に観察して、1個の強盗並びに殺人の予備の行為と評価し、強盗予備並びに殺人予備の各一罪が成立すると解する

と判示しました。

1個の殺人の目的で、複数の予備行為を行った場合、1個の殺人予備罪が成立する

 上記の宮崎地裁判決(昭和52年10月18日)が示すとおり、1個の基本犯罪実行のために数個の予備行為を行った場合は、一個の予備罪が成立します。

 なので、1個の殺人を犯す目的で、凶器を準備し、下見をし、あらかじめアリバイ工作を行うなど、複数の殺人予備行為を行ったとしても、1個の殺人予備罪が成立します。

 逆に、数個の殺人を犯す目的で、それぞれ別個の予備行為を行えば、数個の殺人予備罪が成立と考えられます。

 そうであるとすれば、数個の殺人を犯す目的で、1個の予備行為を行った場合、例えば数人を別々に殺す目的で猟銃を購入した場合は、殺人予備罪の観念的競合になると考えられます。

 もし、そのうちの一部の殺人のみが実行に移された場合は、殺人が未実行で吸収されない殺人予備は、独立の罪として残り、殺人予備罪として成立すると考えられます。

 殺人と強盗を別々に実行する目的で猟銃1丁を購入したような場合は、いずれも未実行のうちは殺人予備罪と強盗予備罪の観念的競合が成立し、強盗のみが実行に移された場合は、強盗罪と殺人予備罪がそれぞれ成立し、両罪は併合罪となると考えられます。

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧