刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(13) ~「公務員の職務行為の適法性が否定された事例」を解説~

公務執行妨害で警察官の職務行為の適法性が否定された事例

 公務執行妨害罪(刑法95条第1項)に関し、警察官の職務行為の適法性を否定し、その職務を妨害しても公務執行妨害罪は成立しないとした事例として、以下のものがあります。

大阪地裁判決(昭和33年1月14日)

 警察官が、今にもけんかを始めかねない情勢にあった者の肩に手をかけ「どうしたのだ」「早く帰れ」ということは適法な職務の執行であるが、その際、肩にかけた手を払いのけられたからといって、いきなりその腕を両手で握って派出所に強制的に連行しようとするのは、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

岡山地裁判決(昭和43年6月25日)

 職務質問のため、被質問者に同行を求め、その右手をつかんで15~16メートル引っ張るなどする行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

大分地裁判決(昭和44年10月24日)

 職務質問中、逃走した者の手首などを握って約100メートル連行する行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

静岡地裁沼津支部判決(昭和35年12月26日)

 職務質問のため、被質問者の襟元をつかみ、約10メートルくらい連行する行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 なお、この判決は、職務質問が、警職法2条2項の要件「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」を満たしていないことが職務の適法性が否定された理由の前提になってます。

新潟地裁高田支部判決(昭和42年9月26日)

 同行を拒絶している挙動不審者の身体・着衣に手をかけて引き起こし、連行しようとする行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 なお、この判決は、職務質問が、警職法2条2項の要件「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」を満たしていないことが職務の適法性が否定された理由の前提になってます。

大阪地裁判決(昭和43年9月20日)

 職務質問に際し、警察官が、逃走した者を追跡し、肩に手をかけた行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • M巡査の職務執行の適否について考えるに、警察官職務執行法2条1、2項は強制力による停止もしくは同行を認める趣旨でないことはいうまでもない
  • なお、同条2項によれば、派出所へ同行することを求めることができるのは、その場で質問することが本人に対して不利であり、又は交通の妨害となると認められる場合に限られておるところ、本件において、M巡査が被告人に対し、同行を求めた時刻は夏の早朝であり、かつ、その場所には通行人もほとんどなかったことが認められるから右要件に欠ける
  • もっとも、被告人はM巡査から同行を求められたのに対し、明示の拒絶はしなかったが、もとよりこれを承諾したものではなく、またこの承諾はいつでも撤回できるものである
  • したがって、被告人が逃げ出したのに対し「止まらなければ逮捕する」とか「逃げると撃っぞ」などと威嚇しながら約150メートルも追尾し、もって一種の強制力を行使して停止させようとし、かつ、追いつめられて立ち止っていた被告人の肩に手をかけたM巡査の行為は、前掲法条に基く警察官の職務行為としては著しくその範囲を逸脱しており違法な職務行為といわなければならないから、これに対し被告人が暴行を加えても公務執行妨害罪の成立する余地はない
  • そして、被告人は自己に対するこのような現在する違法な職務執行に対し自己の身体、自由を防衛するため暴行行為に出たものと認められ、その程度方法も必要にして相当な範囲を超えたものとは認められないから、被告人の右行為は正当防衛行為として傷害罪も成立しない

と判示し、被告人に対し、無罪を言い渡しました。

岡山地裁倉敷支部判決(昭和46年4月2日)

 職務質問を拒み逃走した者を、警察官2名で左右からはさみかかえるようにして約150メートル離れた交番まで連行する行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 なお、この判決は、職務質問が、警職法2条2項の要件「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」を満たしていないことが職務の適法性が否定された理由の前提になってます。

京都地裁判決(昭和43年7月22日)

 犯罪を疑わせる事由がない場合の職務質問について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

広島地裁判決(昭和50年12月9日)

 警察官が、職務質問のため、被質問者の腕を背後にねじ上げて同行を求めたりする行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

山口地裁判決(昭和36年9月19日)

 職務質問に際し、警察署へ同行を求めるべく、被質問者を取り囲み引っ張るなどしてジープに乗車させる行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

福島地裁会津若松支部判決(昭和38年10月26日)

 職務質間のため、執ように同行を求め、腕をつかむなどする行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

福岡高裁判決(昭和40年6月23日)

 職務質問に際し、同行を求めるため被質間者の両腕をつかむ行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 この事案は、警察官が、窃盗容疑により職務質間をした後、容疑はなく、少なくとも警察署への連行の必要はないと認めて、その場を立ち去ろうとしたところ、被質問者が警察官に暴言などを浴びせたため、立腹し、更に職務質問の必要があるとして連行するため、これを拒否する被質問者の両腕をつかんだので、これを脱するため手を振り回すなどして暴れたというものです。

高松高裁判決(昭和40年7月19日)

 警察官が職務質問の際、凶器所持の有無を検査するため、被告人着用の腹巻の中に手を差し入れ、被告人の身体を検査したのは違法な職務執行であるとしました。

 ただし、身体検査終了後、検査に対する反抗や防衛としてでなく、警察官に対する個人的な悪感情から、職務質問のため同行を求めている警察官を包丁で脅迫した場合、公務執行妨害罪が成立するとしました。

東京高裁判決(平成19年9月18日)

 任意に所持品検査に応じる見込みがなく、しかも格別強い嫌疑があったわけでもないのに、被質問者が「帰らせてほしい」と繰り返し要求しているのを無視し、計約3時間半にわたり車両の移動を許さず留め置く行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

最高裁決定(平成6年9月16日)

 職務質問を行うため停止させる方法として、エンジンキーを取り上げることが適法とされたものの、その後、被質問者の身体を捜索するための捜索差押許可状を執行するまで約6時間半以上も現場に留め置くことは違法であるとしました。

(なお、この裁判は、公務執行妨害ではなく、覚醒剤取締法違反の事案ですが、参考となるので紹介しました)

大阪高裁判決(平成2年2月6日)

 警察官が任意の所持品検査を促す態度をとることなく、いきなり阻止線を張り、検問隊型を作って、集会場に行こうとする集団の全員に対して所持品検査を行うこと行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

高松高裁判決(昭和40年4月30日)

 町教育委員会が地区民の事実上管理を有している校具を実力をもって撤収するのを援助する目的で、警察官が地区民を排除した行為について、警職法5条にいう制止・警告行為に当たらないとし、排除行為の職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

大阪高裁判決(昭和32年7月22日)

 逮捕状が出ている旨を告げただけで、逮捕状を被疑者に示すことなく逮捕に着手した行為を違法とし、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 この判決で、裁判官は、

  • 憲法33条刑事訴訟法第201条によれば、逮捕状によって被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならないし、逮捕状を所持しないためこれを示すことができない場合で、急速を要するという理由で逮捕するときには、被疑者に対し、被疑事実の要旨、及び令状が発せられている旨を告げなければならない
  • そして、この規定は、人権と重大な関係を有する厳格規定であるから、その方式を履践しない逮捕行為は違法であり、刑法95条による保護に値しないものである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和34年4月30日)

 警察官が、罪名及び逮捕状が発せられている旨を告げたのみで、被疑事実の要旨を告げずにした逮捕手続は不適法とし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 この判決で、裁判官は、

  • 巡査は、令状を所持せずして逮捕に赴いたのであるが、逮捕するに際しては、被告人に対し、脅迫罪容疑で逮捕令状か発せられている旨を告げたにすぎないことを認定した上、本件被告人に対しては、B、C両巡査が逮捕状なしで逮捕せねばならないような特別の事情があったことは到底認められないから、本件逮捕は刑事訴訟法第201条第2項第73条第3項の「急速を要するとき」という緊急執行の要件を具備していないと共に、B、C両巡査は被告人に対し、脅迫罪で逮捕状が出ている旨を告げただけで、いきなり被告人の逮捕に着手しており、被疑事実の要旨を告げていないから、本件逮捕は逮捕状の緊急執行の重要な形式を履践していないところである
  • 逮捕に関する右の規定は、国民の基本的人権と重大な関係を有する厳格規定であるから、前記の如き緊急性の要件を具備せず、また、その方式を履践しない逮捕行為は、刑法上の保護に値しない違法のものである
  • 従って、被告人がこれを排除するため暴行を加えても、公務執行妨害罪は成立しない
  • また、その暴行により前記両巡査に傷害の結果を生じても、正当防衛の範囲に属するものと認められるから、犯罪の成立を阻却するとして無罪の言渡をしていることまことに所論のとおりである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和34年4月21日)

 逮捕状を携行し、逮捕に当たってこれを示すべきにもかかわらず、逮捕状を示さないのみならず、逮捕状が発せられている旨告げただけで、被疑事実の要旨を告知しないでなした逮捕行為は違法であるとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

大阪地裁判決(昭和38年9月17日)

 警察官が、被疑者を通常逮捕する目的でなした第三者の住居における被疑者の捜索を、必要性を欠く上、逮捕状を呈示せず、かつ立会人なくして行われたことを理由に違法とし、警察官に対する暴行・脅迫につき正当防衛の成立を認め、公務執行妨害の成立を否定しまいた。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和42年5月23日)

 ビラ入りのダンボール箱を刑訴法221条にいう「被疑者その他の者が遺留した物」として領置しようとした警察官に暴行を加えた事案で、領置行為は客観的に違法であり、かつ公務員としての注意義務を尽した妥当な裁量が行われたとは認められないとして、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 この事案の場合、遺留されたものとして領置するのではなく、被疑者から任意提出を受けるか、捜索差押令状により差し押さえれば適法の要件を満たしたと考えられます。

公務執行妨害で刑務官の職務行為の適法性が否定された事例

釧路地裁網走支部判決(昭和40年10月29日)

 受刑者Aが野球の試合中に、審判をやっていた受刑者Bの判定に怒り、折れたバットでその背部を殴ったところ、他の受刑者に背後から抱きかかえるようにして押さえられ、駆けつけた看守に顔面を拳で殴られたので、バッドでその着守の頭部を殴った事案で、看守の行為は違法であって公務執行妨害罪は成立しないとしました。

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