刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(23) ~「公務執行妨害罪における正当防衛」を解説~

公務執行妨害罪における正当防衛

 公務員の行為が適法性を欠く場合には、公務執行妨害罪は成立せず、暴行罪又は脅迫罪のみが成立します。

 その上、刑法36条正当防衛の要件を満たせば、暴行又は脅迫行為の違法性が阻却され、暴行罪や傷害罪も成立しないことになります。

公務員の職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立は否定したが、暴行又は傷害の成立を認めた事例

 職務執行の適法性を否定して公務執行妨害罪の成立は否定したが、暴行又は傷害の成立を認めたものとして、以下の裁判例があります。

福岡高裁判決(昭和30年6月9日)

 この判決で、裁判官は、

  • 公務執行妨害罪の成立するには、その妨害が公務員の適法な職務の執行に当たりなされることを要するが、公務員の抽象的権限に属する事項である限り、たまたま職務執行の原因たるべき具体的事実を誤認し、又は当該事実に対する法規の解釈を誤り、適用すべからざる法規を適用したとしても、真実職務の執行と信じてなしたものであれば、一応適法なる職務行為と認めらるべきものである
  • けれども、著しく具体的事実を誤認し、当時の客観状況に照し、その誤認が極めて明白にして一般の見解上公務の執行と認められないときは、たとえ公務員において職務の執行と信じてなしたとしても適法なる職務行為とは認められないと解するのが相当である
  • A巡査は、被告人Bが、当時些か飲酒酩酊していたに過ぎずして、何ら応急の救護を要する状態ではないのにかかわらず、C方より酔っ払いが暴れている旨の電話連絡を受けてかけつけ、被告人BがC方を立ち去ろうとするのを見るや、これをもって警察官等職務執行法第3条第1項第1号にいわゆる保護を要する泥酔者と速断し、矢庭に被告人Bの手を捕えたのであるから、その如きは、著しく事実を誤認したもので、当時の客観状況に照し、その誤認は極めて明白であって、一般の見解上、到底公務の執行とは認められないから、A巡査において、たとえ職務の執行と信じてなしたとしても、適法なる職務行為とはいい難い
  • 従って、これに対し暴行を加えても公務執行妨害罪が成立するいわれはない

と判示し、公務執行妨害罪の成立を否定し、傷害罪のみが成立するとしました。

静岡地裁沼津支部判決(昭和35年12月26日)

 警察官が、職務質問のため、被質問者の襟元をつかみ、約10メートルくらい連行する行為は、適法な職務執行とはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定したが、被質問者が警察官の違法は逮捕行為を排除するために行った暴行行為(ナイフで警察官の左手背を切り付け、全治10日のけがを負わせる)が防衛の程度を超えるとし、傷害罪の成立は認めました。

 この判決で、裁判官は、

  • 警察官職務執行法は、その規定から明らかなとおり、犯罪捜査のための強制権について刑事訴訟法の規定に何ら付加するものではない
  • 従って、同法に「停止させて」質問することができるというのは、停止を命ずることができるという趣旨にすぎず、相手方はこれに応する義務はない
  • さらに、注意すべきことは、被告人に対し派出所へ同行を求めたことである
  • 警察官、職務執行法によれば、派出所へ同行を求めることができるのは、「その場で質問することが本人に対し不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」に限られている
  • 被告人は明るい所は人に見られるから嫌だといったこと、交番なんぞに行くことは嫌だと拒絶していたこと、その付近の新聞販売店に配達人が若干出入していたことは認められるが、早朝4時過頃であり、通行人はほとんどなかったから、前記のような場所で質問することが被告人に対して不利であり又は交通の妨害になるとは到底認められない
  • 従って、S巡査が被告人に対し派出所へ同行を求めたことは違法である
  • また、同法は刑事訴訟法の規定によらない限り、その意に反して警察署又は派出所に連行されることはないと規定している
  • それにもかかわらず、S巡査は、前記認定のとおり、被告人に対し派出所へ同行を求めたのみならず、その襟元を掴んだまま離さなかったのである
  • 衣料店前路上におけS巡査の右行為は、右に述べたごとく、重要な法律上の要件を欠いていることは明白であるから、違法なものといわなければならない
  • 被告人はS巡査が自己の襟元をつかんで離さないので、これを排除するためS巡査の胸元をつかんで押したり引いたりしたのであり、その際、S巡査の上衣のボタンが3、4個路上に落ちたのである
  • 従って、S巡査の右公務の執行は違法なものであるから、公務執行妨害罪として保護するに値しないものというべく、被告人の右行為は公務執行に対する違法な反抗行為とはいえない
  • かようにしてて、被告人の右行為は公務執行妨害罪を構成するものではない

と判示し、公務執行妨害罪の成立を否定した上、

  • 被告人のS巡査に対する傷害の行為は、S巡査らの違法な職務の執行を排除するため、やむをえない程度を超えたものと認められるので、いわゆる過剰防衛行為と認定したのである

と判示し、傷害罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和42年1月30日)

 警察官の行為が任意捜査の限界を超えた違法なものであるとして公務執行妨害罪の成立を否定し、対して警察官に傷害を与えた行為については、過剰防衛の成立を認め、傷害罪が成立するとしました。

 この裁判の公訴事実は、

  • 被告人は、駅地下道内に、Sほか2名とともに4名でたむろしていた際、警察官から、その直前ころ被告人らが前記地下道内の便所で氏名不詳の男に暴行等をした事件につき、職務質問のため派出所警察官詰所まで同行を求められるや、これを拒否して右質問を免れるべく、前記Sと共同して、警察官を取りかこみ、その警棒をもぎ取り、手拳で同巡査の顔面等をつづけざまに殴打するなどの暴行を加えて警察官の職務の執行を妨害し、右暴行により警察官に全治まで約2週間を要する右眼窩挫傷を負わせた

という公務執行妨害罪、傷害罪の事実です。

 裁判官は、警察官の公務の執行の適法性判断について

  • 警察官が、通行人の通報とKを職務質問した結果、S、被告人、Y、Tの4名のうちに、便所内で氏名不詳の男を殴打した少なくとも暴行罪を犯したと疑うに足る相当の理由ある者、若しくは右犯罪について知っていると認められる者がいると判断したことは、十分首肯しうるところであり、警察官職務執行法第2条第1項の場合に該当し、被告人ら4名に対する職務質問は適法に開始されたものということができる
  • 次に、警察官は、被告人ら4名を前示待機所へ同行しようとしているが、同法第2条第2項に規定する「その場で」「質問することが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」であったかどうか。単に「地下鉄駅構内であったこと」「公衆の目に触れる場所であること」をもって、ただちに、本人に対して不利であったとはいえないと考えられるし、地下鉄駅改札口付近から地上へ通ずる地下道通路の中間の広場の片隅で、時刻はすでに通勤客の殺到する混雑時を過ぎているのであるから、一概に交通の妨害になるともいえないと考えられる
  • しかし、警察官1人が男4名と、声高に質問し応答する状況は、衆人の関心を集めることは容易に想像しうるところであり、人だかりが、ひいては改札口から通路へ通ずる歩行者や、付近の地下鉄事務所や便所、交通警察官詰所への出入をさまたげることになると認められるのであって、本件の場合、警察官が交通の妨害になると認めたとしても、これを違法とまではいいえないと考える
  • そこで、さらに警察官が、被告人やSらに対し、同行を求めるのに、言語によるほか、直接手を相手の着衣肘付近等に触れた点を検討するに、それが、同行を承諾させる手段として「来てくれ」という発言と同時に行われていた限り、挙動による意思表示と解されるのであり、被告人らが警察官の手を振り切ったことも、同様、挙動により同行を拒否する意思表示にすぎないのであって、これを目して警察官と被告人ら相互に相手の身体にむけられた有形力の行使であると一応観念されるとしても、何ら違法性を帯びるものとは考えられない
  • しかしながら、警察官がSの背広の肘付近や左脇腹付近を強く握り、「来い」と言って同行しようとし、Sは拒否して振り切ろうとしたために、両者は揉み合うようになり、Sの背広の背部ミシン縫合部分が約29センチにわたってほころびるに至った段階では、もはや、単に同行を承諾させる手段として行われた挙動による意思表示の域を超え、その意に反してでも連行しようとする意思に基づく身体に向けられた有形力の行使と解するほかなく、違法性を帯びるものといわなければならない
  • 右背広のほころびを検討してみると、ミシンにより通常の縫合状態にあったことは明らかであり、Sは、ほころびる以前にも少なくとも2回は警察官の手を振り切ったのであって、そのときには、なんらほころびが生じたと認める証拠はなく、Sが警察官の加えた力に応じた力をふるってこれを振り切ろうとし、両者の力が合さって、ほころびが生じたとみとめられるので、警察官がSの着衣をつかむ強さは、以前のように触れた程度と異なり飛躍的に大きいものであったと認めるに十分である
  • 同法第2条第3項は「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所又は駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と職務質問をうける者の自由を保障する規定をおいているのであるから、警察官のSに対する行為は、右法条に違反する違法なものといわなければならない
  • 同法の規定から法の予想する質問のための任意同行の形態は、同法第2条第1項が「停止させて」との文言を用い同第2項が「同行することを求める」との文言を使用している相違から考えても、警察官と質問される者との間で、いやしくも停止させる場合に許容される程度の実力の行使すら許容されないのであって、あくまでも言語と動作による説得により、警察官と共に派出所等へ赴くことの承諾を要件としているものである
  • 警察官が同行をしようとした待機所への距離は、約30メートルであるから、Sの着衣に触れて同行を求める限度まで手段を尽してみても、所詮Sが同行を承諾しなかった以上、さらに着衣を強く握りつかみ合う行動は、もはや違法な有形力の行使による連行に着手したものといわざるをえないのである
  • ことのはじめにおいて、警察官が他の警察官に連絡をとることもせず、ただひとり制服と警棒、拳銃の実力的背景をもって数名の暴力事犯の現場へ急行して職務質問に当り、被告人らも4名の数をたのみお互いにかばい合いの心情から、事実をことさらいんぺいしようとするあやまった態度に終始した結果、押問答から、感情の激するまま両者が実力に訴える不幸な経過をたどったものと考えられる
  • なお、本件の場合、警察官において、職務質問による任意捜査の域を超え、直ちに刑事訴訟法上の現行犯人逮捕もしくは緊急逮捕に着手しうるだけの要件を充足していたかどうかを考えるに、警察官において、そもそも被害者が全く行方不明であり、被害の日時、場所は判明したとしても、その動機、原因及び内容は明らかでなかったこと、被疑者は、被告人ら4名のうち少くとも1名以上であるという程度の認識があったに過ぎず、実際実行者はSでなく被告人であると一応認められるのであるから、当時、警察官はむしろSを被疑者に間違いないと誤認していたこと、結局、被疑事実は暴行罪か傷害罪か、あるは暴力行為等処罰に関する法律違反かが明らかとはいえなかったこと、刑事訴訟法第212条第2項各号の要件にあたる事実は認められなかったこと等の各事実に照らすと、とうてい、右刑事訴訟法上の逮捕を許容する要件は不存在であったといわねばならない
  • 警察官は、現に、逮捕に踏み切るだけの資料を、直接被告人らから質問により引き出そうとし、そのため待機所ヘの同行を考えたのであるが、いやしくも任意捜査の範囲を逸脱しないよう細心の注意心を払い、被告人らが同行に応じない以上、その場で氏名、住所、職業の確認などから始めて被疑事実に関する具体的な質問を加え、さらには同僚警察官の応援を求めて質問を続けるなどの措置をとるベきで、Sが「T班長を呼んで来い」といったことからも、被告人らが直ちに逃走する気配を示していたものとは認められず、かりに、万一4名が一斉に逃走を図り、そのうちの1名すら停止させえなかったとしても、その場で、現行犯人逮捕もしくは緊急逮捕に着手することのできない以上、警察官がなんら非難をこうむる余地はなかつたはずである
  • 右の説明で明らかなとおり、警察官のSに対する行為は、もはや警察官職務執行法第2条第2項にいう「同行することを求める」範囲を超え、「意に反して連行」に着手したものといわざるをえないので、違法であり、これに対し、Sと被告人が共同で、連行を免れようとして、警察官に判示のような暴行を加えたからといって、これを公務執行妨害罪により処罰すべきものということはできない
  • しかし、Sと被告人が警察官に加えた共同暴行により傷害を負わせた行為は、警察官の違法な職務の執行を排除するため、やむをえない程度をその手段方法において著しく超えたものと認められるので、いわゆる過剰防衛行為と認定したものである

と判示しました。

広島地裁判決(昭和50年12月9日)

 警察官が、職務質問のため、被質問者の腕を背後にねじ上げて同行を求めたりする行為について、職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立を否定したが、その職務質問の際に被告人が警察官の耳にかみついてけがをさせた行為については傷害罪が成立するとしました。

正当防衛が成立するとし、公務執行妨害罪の成立を否定した事例

 正当防衛が成立するとし、公務執行妨害罪の成立を否定した事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和34年4月21日)

 この判決で、裁判官は、

  • 本件においてはM警察署に在署し、かつYに対する逮捕状を直接保管していたK巡査が連絡によって同署から喫茶店へYを逮捕すべく出発しているのであるから、当然逮捕状を携行し、逮捕に当たってこれを示すべきにかからず、ただにこれを示さないのみならす、被疑事実の要旨すら告知しないで逮捕に着手しているのであるから、本件逮捕行為は法定の法式を履践していない違法のものであって、刑法上、保護に値する公務の執行に該当しないものといわねばならない
  • 従って、これを排除するため、やむを得ない行為であるときは、正当防衛であって公務執行妨害罪をを構成しないものと解せられるのである
  • 被告人Sが数名と共にK巡査を前記喫茶店の店外に押し出したのは、K巡査のYなる者に対する不法逮捕行為を排除するためになされたやむを得ない行為と認め得るから、被告人Sの行為は正当防衛に該当し、未だ公務執行妨害罪を構成するものとは認められないのである

と判示しました。

公務員の職務執行の適法性を否定し、公務執行妨害罪の成立は否定した上、正当防衛が成立するとし、暴行又は傷害の成立も否定した事例

大阪地裁判決(昭和33年1月14日)

 警察官が職務質問のため強いて派出所に連行しようとした措置を違法行為と認め、公務執行妨害罪の成立を否定し、警察官への反撃行為を正当防衛と認め、傷害罪の成立も否定した事例です。

 この判決で、裁判官は、

  • K巡査部長の所為が適法な職務執行であるかどうかについて検討すると、警察官としては個人の生命、身体、財産の保護、犯罪の予防公安の維持等の職権職務を有するのであるが、その権限行使の方法については刑事訴訟法に基づくほか、警察官職務執行法に基いてなされることを要するのである
  • 被告人の肩に手をかけ「どうしたのだ」と尋ね又は「早く帰れよ」ということは適法な職務執行であるが、その際、被告人よりその手を払いのけられたからといっていきなり被告人の腕を両手で抱えて派出所に強制的に連行しようとするのは明らかに行き過ぎの違法の行為であり同法2条第3項に違反するものであるところ、更に同様の方法で派出に連行すべく腕を把えて5、6歩行ったというのであるから、その所為は適法な職務執行とはいえず、これに対する行は公務執行妨害罪が成立せず、S巡査部長の所為は、急迫の違法な行為であって、これに対し、防御上必要妥当な範囲の反撃は正当防衛として許されるものでなければならないのである
  • 次に本件傷害行為が正当防衛行為といえるかについて検討すると、当初、ロ辺りを殴打したのも、更に転倒させた結果傷害を負わせたのも、いずれもS巡査部長が被告人の腕を両手で抱えているのを振り放さんと自己を防衛するため止むを得ずに出た結果とみられるから、その防衛の程度を超えたものとも認められず、正当防衛行為として罪とならないから、結局、本件は公務執行妨害、傷害罪につき無罪の言渡をする

と判示しました。

大分地裁判決(昭和44年10月24日)

 職務質問の限度を逸脱し、任意同行が実質上の逮捕に該当するとして、その後に行なわれた緊急逮捕が違法であることを理由に公務執行妨害、傷害を無罪とした事例です。

 この判決で、裁判官は、

  • 警察の使命は、警察法1条に明記するように国民の生命身体、および財産の保護に任じ、犯罪の捜査、被疑者の逮捕、および公安の維持を図るのをその責務とし、その責務を全うするため警察官および警察吏員(警察官と総称する)の行為規範として警察官が警察法に規定する職権職務を忠実に遂行するため必要な手段を定めることを目的とする警察官職務執行法が制定されている
  • したがって、その解釈運用にあたっては、その法意に鑑み、合目的であり、かつ社会通念に照し、もっとも合理的におこなわれなければならず、その法意逸脱して濫用にわたるようなことがあってはならないと同時に、いたずらに個人の基本的人権と公共の福祉に対する理解と確信のとぼしさ等から法律の意図する職務の忠実なる執行をゆるがせにするようなことがあってはならない
  • もとより、憲法の保障する個人の基本的人権はあくまでこれを尊重すべきであるから、警察官といえども職務執行に名をかり、個人の人権を侵すようなことがあってはならないので、その職務執行に当たっては、刑事訴訟に関する規定によらない限り、身体の拘束、同行、または答弁の強要をなすことが出来ないことは警察官職務執行法2条3項の規定によって極めて明白である
  • したがって、警察官が同執行法2条により、いわゆる、職務質問をなす場合には、叙上の観点から公共の福祉と個人の人権保障との調和を図り、警察法に規定された職責を忠実に遂行するために必要な限度においては強制にわたらない程度において相手方を停止、同行して質問することが出来るものと解する
  • もし相手方が警察官の右行為を峻拒し、応じなかったとしても、具体的場合に即応し、警察官としての良識と叡智を傾け、臨機適宜の方法により、あるいは注意を与え、あるいは翻意せしめて、本来の職責を忠実に遂行するための努力を払うのがむしろ警察官の職務であるといわなければならない
  • そこで、これを前記認定のような本件の場合について勘案するとき、H巡査、A巡査が警察官としての職務を帯びて警ら中に、被告人の行動を現認した以上、警察官として当然に何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしているものではないか、との推定の下に職務上必要と認めて疑いの有無を明確にするため職務質問をなしうるということ、その場を逃走した被告人を追跡し、被告人に派出所等までの任意同行を求めうるということはもちろんである
  • かかる場合、警察官としては、なく逃走した被告人を強制にわたらないようにして派出所等まで同行するよう警察官としての叡智を傾け、臨機適切なる方法によるべく必要な努力を払い、その職責を忠実に遂行する責務があると解すべきなのに、両巡査は前叙のような努力を尽すことなく、安易で強制力のある方法をもって、同巡査等が逃走した被告人に追い付いた富士見荘アパートから約100メートル離れた別府駅警察官派出所までの距離をH巡査、A巡査が前記認定のように被告人の手首(あるいは両腕)を握って同人に対し強制、または強制的と認められる実力行使に出ている以上、両巡査の右の行為は両巡査から同行を求められる被告人の意思如何にかからず、別府駅警察官派出所まで連行せられたものであって、そのため被告人は両巡査の右行為により身体の自由が束縛せられた状態に陥っており、右状態はまさに逮捕行為に該当するものである
  • したがって、刑訴法の規定にかない右逮捕に引き続く取調べは適法な職務行為の範囲を逸脱し違法であるから違法な職務行為を公務の執行と解することはできない(仮りに同巡査が適法な職務行為と理解しても、刑訴法の規定から明白にして一般の見解上、公務の執行と認められないときは職務の執行と信じてなしたとしても適法な職務行為とは認められない。)
  • 仮りに公訴事実の記載のように、その後約50分を経過した後に至って、H巡査等により被告人が窃盗容疑に基づいて緊急逮捕されたとしても、その緊急逮捕行為により被告人に対する前記違法な逮捕行為が適法となるものでないばかりか、その後におこなわれたところの緊急逮捕行為も、これまた違法なものであって、右行為を適法な緊急逮捕に基く職務行為と解することもできない
  • 前記認定のような違法な職務行為に対しては、その相手方が正当防衛行為をなしうることは当然であって、右の場合被告人の身体自由に対する急迫不正な侵害があったのであるから、違法な職務行為者に対し前記認定のような状況下において被告人が暴行を加えてもこれを正当防衛と解することができ公務執行妨害罪が成立するいわれはなく、被告人と格闘中のH巡査が負傷したと認められる被告人の暴行も前叙と同じ理由により正当防衛行為と解することができる
  • したがって、公務執行妨害、傷害の各罪は成立しない

と判示しました。

大阪地裁判決(昭和45年10月30日)

 警察官による逮捕状の緊急執行が違法であったとし、公務執行妨害罪と傷害罪の成立を否定した事例です。

 この判決で、裁判官は、

  • 公務執行妨害罪が成立するためには、妨害されたとする公務員の職務行為が適法でなければならない
  • 本件において、被告人に公務執行妨害罪が成立するためには、K、F両巡査の本件逮捕行為が適法でなければならない
  • そこで右両巡査の本件右逮捕行為の適法性の有無について検討してみるのに、右両巡査の本件逮捕行為が、いわゆる、逮捕状の緊急執行(刑事訴訟法第210条第2項)としてなされようとしたものであることは明らかである
  • ところで同条項により準用される同法第73条第3項本文によれば「緊急を要するときは…被告人に対し、公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告知し、その執行をすることができる」旨規定されており、逮捕状の緊急執行の場合においては、逮捕の急速性を充足することと被疑事実及び逮捕状発布の告知がいずれも履践すべき法定の要件とされていることが明らかである
  • 前記事実関係のもとにおいて、本件逮捕行為が急速性の要件を充足していること、右逮捕に際し、恐喝罪で逮捕状が発布されていること言い換えれば、罪名と逮捕状発布の事実の告知がなされたことは疑う余地もない
  • しかしながら、被疑事実の要旨の告知がなされた形跡はこれを認めることができない
  • 被疑事実の要旨の告知がされなかった理由が奈辺にあるか知る由もないが、認定の事実に徴して考えると、果物店前で被告人が両巡査に追いつめられ、被告人の左右前方に両巡査が位置して被告人と対峙した時、被告人は両巡査にを振り回して抵抗しながらも、再三「逮捕状を示せ」ということを言っており、このことは逮捕の理由(被疑事実の要旨)の告知を求めているものと解するに十分である
  • また、これを告知するだけの時間的な余裕もあったというべきである
  • 刑事訴訟法が通常逮捕の場合に被疑者に逮捕状を示すことを要し、逮捕状の緊急執行の場合に逮捕状発布の事実のほかに被疑事実の要旨を告知することを要するとしたことは「何人も理由を直ちに告げられなければ抑留又は拘禁されることがない」と規定した憲法34条を具体化したものであり、特に人の身体的自由を拘束する結果になる職務行為の適法性の要件は厳格に遵守されなければならないことを考えると、本件逮捕に際し、被疑事実の要旨の告知がなかったことは、当然履践されるべき法定の要件を欠くものとして違法たるを免れないというべきである
  • だとすると、被告人の前記行為は、両巡査の右違法な逮捕行為に対し、これを排除し自己の身体的自由を守るため、やむを得ずなされた反撃行為であった刑法第36条にいう正当防衛に該当するものといわなければならない
  • また、傷害の点についても右正当防衛行為の過程において発生したものであり、これまた正当防衛に該当するものというべきである

と判示し、公務執行妨害罪と傷害罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

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