刑法(住居・建造物侵入罪)

住居・建造物侵入罪⑤ ~「建造物とは?」「建造物に当たるかどうかが問題になった判例」「建造物の一部に侵入した場合の犯罪成否」を判例で解説~

「建造物」とは?

 刑法130条の建造物侵入罪における「建造物」とは、

屋蓋(屋根)を有し、壁や柱で支えられて土地に定着し、人の起居出入りに適した構造をもった工作物をいう

とされています(建造物損壊罪に関する大審院判決 大正3年6月20日、現住建造物放火罪に関する大審院判決 大正13年5月31日で判示)。

 さらに、「建造物」とは、上記の構造を持った工作物のうち、「住居」と「邸宅」を除いたものを意味します。

 例えば、

  • 官公署の庁舎
  • 学校
  • 工場
  • 事務所
  • 社寺
  • 倉庫
  • 物置小屋

などが建造物に該当します。

建造物に当たるかどうかが問題になった判例

 建造物に当たるかどうかが問題となった以下の判例があり、建造物性の判断の参考になるので紹介します。

福岡高裁判決(昭和41年4月9日)

 デモ隊が国鉄八代駅の一番ホームに侵入した事案で、裁判官は、

  • 国鉄八代駅は、構内西側に西面する駅本屋を中心として、その南側に鉄道公安官室、倉庫、鉄郵室等の建物が、その北側に貨物室の建物がそれぞれ立ち並び、その東側に西から順次一番ないし三番ホームがあり、更にその東側に相当数の線路が南北に走っており、一番ホーム北側には二番、三番ホームに至る跨線橋が設けられ、右ホームの大部分は屋蓋を有しており、かつ前記駅本屋及び跨線橋と屋蓋により各ホームは連絡されており、本件一番ホームも右駅本屋と一体をなして駅舎を構成するものであるととが認められる
  • 従って、右八代駅構内は八代駅長の管理看守する建造物であることが明らかである

と判示しました。

 なお、この判決は、犯人が侵入した一番ホーム自体は「障壁を設けた独立の建造物に該当しない」としていますが、一番ホームと一体となる駅舎に侵入したとして、建造物侵入罪の成立を認めています。

大阪高裁判決(昭和49年9月10日)

 日本万国博覧会場の「太陽の塔」の頂部「黄金の顔」の部分に立ち入った事案で、裁判官は、

  • 本件『太陽の塔』は、その外形自体一個の芸術作品たる展示造形物になっているが、その構造は、土地に定着し、高さ約60メートルの周囲が牆壁により支持された部分と、その頂部に鉄製円筒により連結された『黄金の顔』と称する直径約11メートルの人間の顔を模した金色アルミニューム製の部分とから成る
  • 牆壁の内部は、1階から地下に降ってエスカレーターにより『生命の樹』と題する展示物を順次見ながら6階に至り,同所から両横に突き出された『塔の腕』と称する部分を通り抜けて地上約30メートルの空中回廊に出られる仕組みとなっていて、その間が展示場として一般観覧の用に供せられており、6階から上は、空気調整および電気関係の機械、器具などが設置された『空気調整室』および『電気室』があり、さらに『電気室』から上へは6個の鉄梯子により牆壁内最上段部に達し、そこから横に鉄製円筒をくぐり抜けて『黄金の顔』の内側に至り、鉄製扉を開いて『黄金の顔』左右各眼孔部および後部踊り場に出られるようになっていることが認められる
  • 右認定の事実によれば、本件『太陽の塔』はその構造上全体として一個の建造物であり、頂部『黄金の顔』の部分もその一部であると認めるべきである

と判示し、芸術作品たる展示造形物を、その構造から建造物と認め、建造物侵入罪の成立を認めました。

広島地裁判決(昭和51年12月1日)

 広島の原爆ドームに侵入した事案で、裁判官は、

  • 刑法130条の『建造物』としては、構造的にみて、少なくとも雨露をしのぎ、外部と区画された内的空間を有し、人の内部的平穏を設定できるものであること、そして、当該工作物がその効用、使用目的等に照らし、人の起居出入りを本来的に予定しているものであることが必要である
  • 右の要件を欠くものについては、建物類似の構造を有していても、その『建造物』性は消極的に解さざるを得ないということになる
  • 本件『原爆ドーム』の『建造物』性について検討してみるに、最も構造的に整っている元倉庫部分においてさえ、牆壁や内部の状態からみて、外界から区画されて内部的平穏を設定しうるだけの体裁を有するものとはいいがたいうえ、最も重要な部分と目される中央円筒型部分を始め、その他の部分に至っては、屋蓋が全くないか、あるいはなきに等しく雨露をしのぐに足りる効用すら有していないことは明白である
  • これら一体となる右『原爆ドーム』の全般的構造は、一言にして廃墟の感を免れず、到底人の起居出入りに適するものとは言い難い
  • また、存在意義や管理方法などの点も併せて考察すれば、それが人の起居出入りを本来的に予定していないことも明らかであり、結局、本件『原爆ドーム』は刑法130条にいう『建造物』には該当しないと断ぜざるを得ない

と判示し、原爆ドームに侵入した事案で、建造物侵入罪の成立を否定しました。

建造物の一部に侵入した場合に、建造物侵入罪が成立するかどうかが問題になった判例

 建造物の一部に侵入した場合に、建造物侵入罪が成立するかどうかが問題になった判例を紹介します。

『建造物の屋根』に侵入した事案

東京高裁判決(昭和54年5月21日)

 警察官に追われた窃盗犯人が、他人の家の屋根に上がり、3軒の屋根の上を伝って逃げた事案で、裁判官は、

  • 住居侵入罪の「侵入」の対象となる住居又は人の看守する建造物の範囲は、住居等の平穏を保護法益とする法の趣旨に則して考うべきところ、住居及び建造物の屋根は構造上それらの構築物の重要な一部であって、その目的からいって通常屋内にて起居している者の頭上に位置するものであるから、屋内で起居する者に無断でそれらの屋根の上にあがることは、住居等の平穏を害する「侵入」に当るといわなければならない
  • すなわち、住居等の屋根の上は、 住居侵入罪の住居又は建造物の一部であると解する

と判示し、屋根の上は住居又は建造物の一部であり、そこに足を踏み入れれば、住居侵入罪や建造物侵入罪が成立するとしました。

『球場のスコアボードの屋上部分』に侵入した事案

那覇地裁判決(平成5年3月23日)

 球場のスコアポードの屋上部分に侵入した事案について、裁判官は、

  • 本件スコアボードが建造物に当たることは明らかであるところ、建造物の屋上部分についても、同所へ立ち入られることによって、建造物自体の利用の平穏が害され、又は脅かされることから、本件スコアボードの屋上も建造物侵入罪の「建造物」の一部として保護すべきである

と判示し、建造物侵入罪が成立するとしました。

『建造物の外側に設置された階段』に侵入した事案

福島地裁判決(昭和36年11月4日)

 国鉄福島駅信号扱所建物の外壁に設置された階段(建物2階入口への昇降用として固定されていた階段)に立ち入った事案で、裁判官は、

  • 階段は建物の2階に昇降するために、一時的に立てかけたはしご等とは異なり、容易にとり外し得ない固定的な設備であって、言わば、建物の同体的構成部分を為しておるものである
  • 換言すれば、建物の内部に設けられた階段に比し、その場所が内部か外部かの差があるだけであって、建物と階段とは一体として完全な用を成すのである
  • また、同階段は同建物のニ階への昇降のための唯一の通路であり、しかも階段の最上段(踊場)は、二階信号取扱所の入口と相接しているのであるから、言わば、その昇降ロに扉の設備こそないが、右信号取扱室入口の延長とも目すべき関係にあるといわねばならない
  • 故に、同階段は南信号扱所建物の一部分であり、建造物に当たると言うことができる

と判示し、建物の外側が設置された階段に侵入した事案で、建造物侵入罪の成立を認めました。

『警察署の塀の上部』に上がった事案

最高裁決定(平成21年7月13日)

 中庭に駐車された捜査車両を確認する目的で、大阪府八尾警察署の塀の上部に上がった事案で、裁判官は、

  • 本件塀は、高さ約2.4m、幅約22cmのコンクリート製で、本件庁舎建物及び中庭への外部からの交通を制限し、みだりに立入りすることを禁止するために設置されており、塀の外側から内部をのぞき見ることもできない構造となっている
  • 本件塀は、本件庁舎建物とその敷地を他から明確に画するとともに、外部からの干渉を排除する作用を果たしており、正に本件庁舎建物の利用のために供されている工作物であって、刑法130条にいう『建造物』の一部を構成するものとして、建造物侵入罪の客体に当たると解するのが相当である

と判示し、外部から見ることのできない敷地に駐車された捜査車両を確認する目的で警察署の塀の上部へ上がった行為について、建造物侵入罪が成立するとしました。

 ちなみに、この裁判は、一審大阪地裁判決 平成19年10月15日)では、

  • 本件塀は、「それ自体、建造物と評価されるような塀でないことは明らかである」
  • 建造物の囲繞地に当たるかについて、「囲繞地(いにょうち)との文言上は,囲繞された土地、すなわち門塀などにより囲われた土地のみを指し、塀自体を含まないと解するのが自然である」
  • 建造物侵入罪の保護法益の観点から、「建造物の管理者が塀を管理しているからといって、その管理権を建造物侵入罪により当然保護すべきであるとも解しがたい」

と判示し、建造物侵入罪の成立を否定しました。

 しかし、二審(大阪高裁判決 平成20年4月11日)と上告審(上記最高裁判決)で、この判断は覆されました。

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