刑法(住居・建造物侵入罪)

住居・建造物侵入罪⑩ ~「『正当な理由がないのに』とは?」「違法性阻却事由(正当行為、緊急行為)」を判例で解説~

「正当な理由がないのに」とは?

 刑法130条の侵入罪の構成要件(犯罪の成立要件)として、

「正当な理由がないのに」

という要件が条文に掲げられています。

 つまり、住居・建造物等の侵入罪は、正当な理由がないのに建物に侵入することによって成立します。

 「正当な理由がないに」とは、

「正当な事由なしに」

つまり、「違法に」

という意味です。

 この点を判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和23年5月20日)

 強盗殺人をする目的で店に侵入した事案で、裁判官は、

  • 刑法住居侵入罪の「なく」とは、正当の事由なくしての意であるから強盗殺人の目的をもって他人の店舗内に侵入したのは、すなわち、故なくこれに侵入したものにほかならない

と判示しました。

※ 旧刑法(平成7年改正前)は、「正当な理由がないのに」ではなく、「故なく」の用語が使われていました。

違法性阻却事由

 刑法130条の侵入罪は、「正当な理由がない」…つまり「違法な侵入」を罰する規定です。

 なので、侵入行為をしても、「行為に違法性がない」と認められれば、侵入罪は成立しません。

 この「行為に違法性がない」と認めさせる要件を、『違法性阻却事由』といいます。

 刑法130条の侵入罪における違法性阻却事由として、

  • 正当行為
  • 緊急行為

があります。

正当行為

捜索、検証

 刑法130条の侵入罪における正当行為の代表例は、

です。

 捜索・検証は、警察や検察官が、犯罪を犯した犯人の家や、事件に関連する建物に、裁判官が発する令状に基づき、強制捜査で立ち入るものです。

 これは正当行為として、違法性が阻却され、適法行為となり、住居侵入罪や建造物侵入罪は成立しないことになります。

侵入目的が正当だからといって、違法性が阻却されなかった判例

 目的が不法でなく正当であるからといって、それだけで直ちに違法性が阻却されるわけではありません。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和25年9月27日)

 私人が隠退蔵物資摘発のため、看守者の意に反して工場内に侵入した事案で、裁判官は、

  • 隠退贓物資等の摘発については、正規の機関が活動しており、あるいは時に慎重を期するあまり迅速を欠く場合があったにせよ、全然信頼するに足らぬとなすは、独善的見解である
  • これらを摘発するにも、自ら踏むべき手続き、手段方法ないし守るべき公序良俗に反しない節度限度があって、被告人らのごとく多人数で暴力主義的であって、明らかに公序良俗に違反し、正当な行為とは言い得ない
  • 被告人らは、隠匿贓物物資等を摘発するため、判示侵入行為をなすべき法令上の根拠もなく、これを業務とするものでもない

と判示し、刑法35条の法令又は正当の業務によってなした行為とは認められず、建造物侵入罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和32年9月6日)

 演劇公演のため、看守者の意思に反して小学校校舎に侵入した事案で、裁判官は、

  • 当該学校の管理機関の許可を得なければ、学校施設を使用することはできないと認めるのが相当である
  • さすれば、たとえ…公演が社会教育活動に該当したとしても、本件B小学校々舎の使用許可が得られなかった本件の場合において、…正当防衛の成立を認める余地のないこともちろんである

と判示し、正当行為ではないとして、建造物侵入罪が成立するとしました。

名古屋高裁(昭和26年3月3日)

 通常人(警察などの捜査機関ではない一般人)が、現行犯逮捕の目的で承諾をえずに、他人の住居に侵入した事案で

  • 通常人は、屋外もしくは自宅で現行犯を逮捕するか、又は住居権者等の承諾ある場合に限り、住居内で現行犯人を逮捕し得るのである
  • 真に現行犯人逮捕の目的であっても、承諾なくして、他人の住居に侵入するときは、住居侵入罪が成立する

と判示し、正当行為ではないとして、住居侵入罪が成立するとしました。

札幌高裁判決(昭和30年8月23日)

 国政調査のため派遣された国会議員が、調査の目的で看守者の意思に反して、建造物内に侵入した事案で、裁判官は、

  • 国政に関する調査の権能は、国会両議院に属しその調査のため、 証人尋問、記録の提出要求を行うことのできることは憲法第62条により 明らかであるが、これ以上の強制力を有する住居侵入、捜索、押収、逮捕のごときは許されていない
  • 蓋し国政調査権は、刑事司法活動ではなく国政の調査を目的とするものであって、これを逸脱するような強力な手段は到底これを許容することができないからである
  • しかも、なお国政調査権は、憲法上保障された国民の基本権からの制約を受け、これを侵害するような強力な調査は、否定されるものというべく、調査の方法として派遣された議員といえども同一であって、かような強力な調査権は有しないものと解すべきである
  • Aが衆議院議員であった…としても、Aの立入が…看守責任者である鉱業所勤労課長代理Dの意思に反し、その他何人の承諾をも得ていないこと、および右立入を許容しなければならない何等特段の事情もなかったことが認められるから、…Aの本件所為は、明らかに憲法の保障する住居権の侵害となり、また、かりに同人に調査のための権能があったとしても、前記のようにその行使のために強力な手段を用いるが如きは、不当な調査方法であって、到底正当な職務行為とはいい得ないから、刑法第35条によって、その違法性は阻却されることとはならない

と判示し、正当行為ではないとして、住居侵入罪が成立するとしました。

札幌高裁判決(昭和28年11月26日)

 寮生に面会する目的で「訪間者は必ず事務室に申出下さい」との立て札をした寮の中に侵入した事案で、裁判官は、

  • 寮生100人余りの多数人が居住する寮であって、玄関の右側に事務所を設け、舎監及び舎監補佐4名によりこれを管理し、「訪問者は必ず事務室に申出下さい」という立札を置き、外来者がみだりに出入することを禁止した建物においては、たとえ外来者が管理者の下にある寮生に面会する目的を有する場合でも、管理者の意に反し侵入した行為は、故なく侵入したものと解すべきであるから、被告人の所為は刑法第130条の罪を構成する

と判示し、正当行為ではないとして、住居侵入罪が成立するとしました。

侵入が正当として、違法性が阻却された判例

 上記判例とは逆に、侵入が正当として、侵入の違法性が阻却され、侵入罪が成立しなかった判例があります。

東京地裁判決(昭和36年12月27日)

 寮生が二派に分かれて相対立していた学生自治寮において、一方の寮生の承諾を得て医務室に居住していたAに対し、反対派の寮生が明渡し退去を求めて、その医務室内に侵入した事案で、裁判官は、

  • 少なくとも双方に管理支配権があると認められる医務室を、ただ寮秩序侵犯以前の状態に復するため、その明渡退去を求めて医務室の現状回復をはかる所為は、その限りにおいては,寮生活の秩序維持の範囲を出ないものであって、寮自治の法の許すところである

と判示し、侵入行為は違法性を欠き、住居侵入罪は成立しないとしました。

仙台地裁判決(昭和36年6月27日)

 賃貸人が賃借人の意に反して賃貸建物(劇場)に侵入した上、修理工事を行った事案で、裁判官は、

  • 民法第606条には、賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようと欲するときは、賃借人はこれを拒み得ない旨が定められており、賃貸物の保存に必要な場合には、賃貸人は賃借人の意に反してもこれをなし得るものと解されるのである
  • 被告人が天井、屋根を引き剥いだのは、建物を維持管理するため、つまり建物保存のために必要な行為であると認めざるを得なくなるから、被告人が賃借人の意に反して建物に立ち入り、前記の行為に出ることは、一応正当行為として許される如き外形を呈する

とし、建造物侵入罪は成立しないとしました。

緊急行為

 正当防衛緊急避難自救行為など、自分に差し迫った危難を避けるために行う行為を緊急行為といいます。

 侵入行為が、緊急行為であると認められれば、違法性が阻却され、侵入罪は成立しません。

 例えば、猛犬に追われて難を逃れるため、他人の住居内に立ち入ったという場合は、緊急避難として違法性が阻却され、住居侵入罪は成立しないと考えられます。

 緊急行為が争点になった裁判例として、以下の判例があります。

 いずれの判例も、緊急行為を認めず、住居侵入罪が成立するとした判例になります。

大審院判決(大正15年3月23日)

 賃貸借契約を解除したにもかかわらず、家屋の明渡しをしないため、賃貸人が賃借人の意に反して家屋に侵入した事案で、裁判官は、

  • 所有権の行使に対する不法侵害の排除を目的として、国家の強制力を頼ることなく自力救済に訴うることは、法の認容せざるところもとより、急迫不正の権利侵害に対する正当防衛権の行使に非ざるの、もちろんなる

と判示し、緊急行為を認めず、住居侵入罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和27年12月23日)

 家屋の貸主が、賃借契約の終了を理由として、家屋明渡を求める正当管理権の行使として、借主の管守する家屋に対し、自力による救済に訴えた行為に対し、裁判官は、

  • 解除後といえども、その借家人において、事実上これを住居に使用している限り、たとえ所有権者又はその管理者において、その権利の行使として適法な手段による官憲の救済によることなく,自力による救済に訴えることは、法の容認しないところである

として、緊急行為を認めず、住居侵入罪が成立するとしました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和26年5月9日)

 裁判で明け渡しが調停された賃貸家屋について、賃借人が未だその家屋を賃貸人に明け渡していなかったところ、その家屋の賃貸人が、家屋の塀を乗り越えて家屋に浸入した事案で、裁判官は、

  • 賃借人は、被告人(賃貸人)の所有する家屋を不法に占有するものであって、被告人は賃借人に対し、即時家屋の明け渡しを請求する権利を有するものである
  • しかしながら、権利者が自己の権利を実現するためには、すべからく公力の救済を仰ぐべく、別の事情もないのに、合法の手段もよらず、占有者の意思に反して、他人の看守する家屋に浸入した被告人の所為は、刑法130条に該当する

と判示し、不法に賃借物件に居座る賃借家屋に、賃貸人が侵入した行為に対し、緊急行為を認めず、住居侵入罪が成立するとしました。

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