刑法(強盗罪)

強盗罪(12) ~「被害者を失神させた後の強盗行為は、強盗罪の成立が否定される」を判例で解説~

被害者を失神させた後の強盗行為は、強盗罪の成立が否定される

 行為者が被害者に暴行・脅迫を加えて、被害者が失神状態となり、その状況に乗じて、新たに金品を領得する意思を生じて金品を領得した場合は、強盗罪の成立が否定される場合があります。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和61年7月17日)

 この判例は、強姦致傷罪(現行の強制性交等致傷罪 刑法181条)の犯跡隠蔽のため、被害者を殺害すべく失神させた直後、その所持品を奪った行為について、強盗殺人未遂罪(刑法240条)を構成しないとしました。

 強制性交の目的での暴行により、失神した状態にある被害者から金品を領得した事案で、裁判官は、

  • 自己の先行する暴行により被害者が反抗不能の状態に陥った後、はじめて意を生じてその所持する金品を奪取する行為が強盗罪を構成する場合のあることは、一般論としてはこれを是認できるにしても、それは、あくまでも被害者の畏怖状態を利用し、またはこれに乗ずる意思でした場合に限られるべきである
  • 本件のように、被害者が失神し、犯人としては不確実な認識ながらも、むしろ被害者が死んだものと思っている状況のもとで、その所有または管理にかかる金品を盗取した場合には、必ずしも右の畏怖状態を利用し、またはこれに乗ずる意思及びその事実があったものとばかりはいいきれない
  • 結局、本件においては、被告人の盗取の犯意成立前の暴行を、法律上財物を奪取するための暴行と同一視することは相当でないと考えられる

と判示し、被害者が失神した後の強盗行為に対する強盗の成立を否定しました。

札幌高裁判決(平成7年6月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 反抗不能状態の利用の意思については、暴行・脅迫により反抗不能状態を生じさせた者が、金品を取る犯意を生じて金品を取った場合は、特段の事情の認められない限り、その意思があるというべきである
  • しかし、そのような反抗不能状態の利用の意思があるにしても、失神した状態にある被害者に対しては、脅迫をすることは全く無意味というほかない
  • 同様に、失神した被害者に対して腹いせのために暴行を加えるような特段の事情のある場合は別として、そのような事情のない限り、反抗不能の状態を継続するために新たな暴行を加える必要もないことは明らかである
  • 反抗不能状態を継続させるために、新たな暴行・脅迫の必要があるのは、被害者が失神していない場合か、あるいは失神して意識を取り戻したとき又はその気配を感じたときである
  • 犯意に関していえば、そのような被害者が意識を取り戻した場合、又はその気配を感じた場合は別として、被害者が失神している場合は、もともと、脅迫をすることはもちろん、新たな暴行を加えることも考え難いから、犯人の主観としては、窃盗の犯意はあり得ても、暴行・脅迫による強盗の犯意は考え難いというべきである
  • 他方、このような場合は、被害者の反抗もまた何ら論じる余地もないといわなければならない
  • さらに、被害者が金品を奪取されることを認識していないのであるから、被害者が失神している状態にある間に金品を取る行為は、反抗不能の状態に陥れた後に金品を取る犯意を生じて、被害者に気付かれないように金品を盗み取る窃盗、更にいえば、殺人犯が人を殺した後、犯意を生じ死者から金品を取る窃盗とさほどの差異がないというべきである
  • 本件を検討すると、新たな暴行・脅迫を論じる余地はなく、本件は窃盗に当たるというべきである

と判示し、強姦の目的によって加えられた暴行・脅迫によって相手方が抗拒不能の状態になった後に、財物奪取の犯意を生じ、被害者が失神している間にこれを奪ったときは、強盗罪は成立せず、窃盗罪にとどまるとしました。

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