刑法(同時傷害の特例)

同時傷害の特例⑷ ~適用の要件③「2人以上の者が少なくとも傷害を生じさせるに足りる程度の暴行を行った事実が必要」「暴行と被害者の死因となった傷害との間の因果関係の存在」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

 同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるには、次の4つの要件が必要となります。

  1. 2人以上の者による暴行
  2. 共謀の不存在
  3. 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
  4. 傷害の原因をなした暴行の不特定

 今回の記事では、④の傷害の原因をなした暴行の不特定について説明します。

 その上で、傷害の原因をなした暴行の不特定のテーマ中

  • 2人以上の者が少なくとも傷害を生じさせるに足りる程度の暴行を行った事実が必要
  • 暴行と被害者の死因となった傷害との間の因果関係の存在

について説明します。

傷害の原因をなした暴行の不特定

 同時傷害の特例(刑法207条)は、共犯関係を推定するものであるならば、2人以上の暴行があれば、各自の暴行の内容・程度を問わなくとも、全員に傷害結果の責任を負わせることができる特例です。

 同時傷害の特例を適用するにあたり、

被害者に対する傷害の原因をなした暴行が特定できない

という要件が必要になります。

 もし、傷害の原因をなした暴行が誰の暴行であるのか特定できるのであれば、その暴行を行った者に対してのみ、傷害罪の責任を負わせるというのが正当な判断です。

 しかし、誰の暴行で被害者が傷害を負ったのかを特定できない場合があります。

 そのような場合に、検察官による犯罪の証明の救済措置として、同時傷害の特例の規定が用意されているのです。

 なので、前提として「被害者に対する傷害の原因をなした暴行が特定できない」というのが、同時傷害の特例を適用する要件となります。

2人以上の者が少なくとも傷害を生じさせるに足りる程度の暴行を行った事実が必要

 同時傷害の特例を適用するにあたり、単に2人以上の者の暴行というのでは足りず、2人以上の者が少なくとも傷害を生じさせる程度の暴行を行ったという事実が必要となります。

 たとえば、被告人AとBの暴行により、被害者が右腕を骨折する傷害を負った場合、Bについては右腕に暴行した状況がなかった場合や、Bは右腕に暴行したが骨折するような暴行ではなかった場合、Bに対し、同時傷害の特例を適用して、傷害罪の罪を負わせることはできないと考えられます。

 以下の判例で、検察官は各暴行が傷害を生じさせ得る危険性を有するものであることの証明を要すると判示し、このことを明らかにしています。

最高裁決定(平成28年3月24日)

 裁判官は、

  • 同時傷害の特例を定めた刑法207条は、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み、共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている
  • 同条の適用の前提として、検察官は、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと、すなわち、同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり、その証明がされた場合、各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れないというべきである

と判示しました。

 この観点から、同時傷害の特例の適用を否定した事例として、以下の判例があります。

札幌高裁函館支部(昭和26年1月19日)

 被害者の傷害のうち、被告人が暴行を加えた箇所以外の傷害について、被告人は責任を負うことはないとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人が相被告人らと共にMに暴行を加えた箇所は、頭部、顔面部、大腿部、手及び足であって、腰背部及び右指に暴行を加えたことを認むることはできない
  • 腰背部に対しては、相被告人Hらが暴行を加えたことは、H及び相被告人Tの検察事務官に対する各供述調書の記載によって明らかであるから、この部分につき、暴行を加えたことを認め得ない被告人において、共同傷害の責を負うべき筋合のものではない
  • 腰背部に対しては、被告人が暴行を加えたことを認め得ないにかかわらず、暴行を加えたものと認定して、この部分の傷害についても、被告人に共同の罪責を負わせたものであって、これは原判決が証拠の選択を誤り、延いて事実を誤認したことによるものというのほかはない

と判示し、被告人が暴行を加えてない被害者の傷害部分について、同時傷害の特例の適用を否定しました。

大阪高裁判決(昭和34年11月9日)

 3名による3名に対する暴行について、うち被害者2名の傷害は被告人以外のそれぞれ1名による暴行であることが明らかなので同時傷害の特例の適用はないとした事例です。

 裁判官は、

  • 刑法第207条は、共同者(共同正犯)でない2人以上の者が、同一人に対し、時間的場所的に相接近して暴行を加えて傷害の結果を生ぜしめた場合において、その傷害の軽重を知ることができないとき又はその傷害を生ぜしめた者を知ることができないときのみに適用せられるのであって、(イ)2人以上の者が共同正犯にかかるとき、(ロ)2人以上の者の暴行が暴行に止まり、傷害の結果を生ぜしめなかったとき、(ハ)被害者が2人以上の者から暴行を加えられることなく、単に一人のみから暴行を加えられ、これに因り傷害を加えられたものと認められるとき(加害者のその1人が何人なるかが明らかでない場合を含む) (ニ)被害者が2人以上の者から暴行を加えられ傷害を生じた場合でも各々暴行に因る傷害の部位程度が明らかであり、従って傷害の軽量を知ることができるとき、(ホ)被害者が2人以上の者からそれぞれ暴行を加えられたけれども、傷害が特定人の暴行に因るものと認められる
  • 従って、傷害を生ぜしめた者を知ることができるとき、はいずれも本案の適用はあり得ないものといわなければならない
  • 今本件についてこれを見るに、被害者Kに対する傷害は、被告人Yの単独暴行によるものであり、被害者Nに対する傷害は、同じく被告人Mの単独暴行によるものといずれも認められるから、被害者Kに対する傷害については被告人A、被害者Nに対する傷害については被告人Yには、いずれも前記説明の如く、刑法第207条の適用はあり得ないことになる

と判示しました。

京都地裁判決(昭和53年9月22日)

 AとB及びCとが、それぞれ暴行を加えた結果、被害者Hが死亡した事案につき、死亡はB及びCの暴行のみによって生じたものであるとして、刑法207条の適用が否定された事例です。

 裁判官は、

  • 第一暴行は打撃力において比較的軽度のものであり、かつ第ニ暴行と対比するとその回数及び程度において比較にならぬ程度のものであること、被害者は第ニ暴行を受けた直後に頭をかかえて座り込んだまま意識を失い、短時間のうちに死亡したこと、右の症状の発現のしかたからみて、動脈瘤の破裂による出血が急激に起ったものと推定されること等の事実からすれば本件動脈瘤の破裂は第ニ暴行のみによって生じたと考えるのが相当である
  • 被告人Aの第一暴行はHの動脈瘤の破裂に対し何らの寄与もしておらず、したがって右暴行と同人の死亡の結果との間には因果関係がないと認められるから、被告人Aに対し傷害致死の責を負わせることはできない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和61年10月30日)

 被害者の死亡と被告人の暴行との間に因果関係がないとして、同時傷害致死罪を認定した原判決破棄され、傷害罪の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人のAに対する傷害は、被告人が、Aに対し、手拳で同人の顔面両目付近を数回殴打した暴行により生じた同人の両眼窩部の打撲傷のみであること、Aのその余の傷害については、被告人は全く関与していないことは明らかである
  • また、Aの死因は、遷延性窒息死と認めるのが相当であるところ、Aの窒息は、Y及びZが、布製の紐でAの両手を後ろ手にして、また両足もそろえてそれぞれ緊縛し、同人をうつ伏せにしたうえ、ロに猿ぐっわをかませ、その上に蒲団を被せ長時間放置した暴行によって惹起されたもので、被告人の右暴行との間には何らの因果関係も認められない
  • してみると、被告人の本件所為に対して、刑法207条を適用すべき場合ではなく、更に、同法205条1項に該当する余地もない
  • ところが、原判決が、被告人並びにY及びZの暴行によって、Aに対し、顔面、両肩部、胸腹部、上下肢等全身にわたる多数の強度の皮下出血を伴う打撲傷等の傷害を負わせ、右傷害等によってAを外傷性ショックにより死亡させたが、被告人、Y及びZのいずれの暴行により右傷害致死の結果を生ぜしめたものか知ることができないとして、被告人の所為に対し、同法207条205条1項を適用して、同時傷害に基づく傷害致死の責任を認めたのは、事実を誤認し、法令の適用を誤ったものであり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである

と判示し、被告人に対し、同時傷害の特例を適用した傷害致死罪の成立を否定し、単純な傷害罪が成立するとしました。

東京高裁判決(平成25年8月1日)

 被告人と共謀のないA及びBの暴行によって被害者が死亡した事案について、致命傷は、A 及びBの暴行によるもので、被告人の暴行によって致命傷を負った可能性は低いとして、被告人に対し、同時傷害の特例の適用した傷害致死罪の成立を否定し、暴行罪を認定した事例です。

 裁判官は、

  • 医師の証言を子細に検討してみると、本件致命傷のうち、急性硬膜下血腫については、被告人の暴行のみによって急性硬膜下血腫が発症した可能性は極めて低いと受け取れる証言をしている
  • そして、脳の腫脹については、被告人の暴行のみによって、死因となる程の脳の腫脹が発症した可能性は認められないのみならす、被告人の暴行が、脳の腫脹の発症に寄与した可能性もほとんどなかったということができる
  • 結局、本件は、 A及びBの2名により、被害者の頭部や顔面等に対して、多数回にわたり殴る、蹴るなどの激しい暴行が加えられたことにより、致命傷である急性硬膜下血腫及び脳の腫脹が発症したものと認めるのが相当である
  • そうすると、本件は、被告人について、刑法207条にいう「それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができない」場合、「傷害を生じさせた者を知ることができない」場合のいずれにも該当しないから、被告人に、同条に基づく傷害致死罪は成立せず、暴行罪の限度で責任を負うというべきであり、傷害致死罪(同時犯)を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある

と判示し、原判決が同時傷害の特例の適用した傷害致死罪の成立を否定し、暴行罪を認定しました。

暴行と被害者の死因となった傷害との間の因果関係の存在

 暴行と被害者の死因となった傷害との間の因果関係が存在することが、同時傷害の特例の適用を認めるひとつの要素になります。

 同時傷害の特例の適用を認めるにあたり、暴行が死の結果をもたらすに足るものであったという要件の存在が判断のポイントになります。

 この点につき、参考となる判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(平成11年6月22日)

 他の者による被害者に対する強烈な暴行によって衰弱が進んでいるのを現認しながら、更に暴行を加えた被告人に対し、暴行と被害者の死因となった傷害との間に因果関係がないとはいえないとして、同時傷害の特例の適用を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は、 A子夫婦と意思を相通じて暴行を加えたとまでは認められないにしても、前日までの度重なる激しい折檻で、Xが相当に衰弱した状態にあることを十分認識し、また、当日にも、 A子夫婦が、手足をロープで縛られていて、身をかばうこともできないXの頭部や腹部に強烈な暴行を加えて、更に衰弱が進んでいることを現認しながら、あえて自らも暴行に及んだものである
  • このような被告人の暴行内容を見ると、その暴行はXの死因となった傷害との間に因果関係がないとはいえないことは明らかである
  • したがって、被告人とA子夫婦が、それぞれXに暴行を加えて急性硬膜下血腫等の傷害を負わせて死亡させたが、いすれの暴行により致死原因である右硬膜下血腫を生じたのか知ることができない旨認定した原判決に、事実の誤認はない
  • そして、暴行ないし傷害の結果的加重犯である傷害致死罪についても、刑法207条の規定が適用されると解すべきであり、これを適用から除外すべき特段のいわれはないから、同条の適用を認めて、被告人を傷害致死罪で処断した原判決に法令適用の誤はない

と判示しました。

次回記事に続く

 次回の記事では、同時傷害の特例(刑法207条)が適用されるための4つの要件である

  1. 2人以上の者による暴行
  2. 共謀の不存在
  3. 共同実行行為との類似性(同一機会ないし場所的・時間的近接性)
  4. 傷害の原因をなした暴行の不特定

のうち、④の傷害の原因をなした暴行の不特定について説明します。

 その上で、傷害の原因をなした暴行の不特定のテーマ中

  • 傷害の結果発生に寄与した分の責任を負う
  • 承継的共同正犯と同時傷害

について説明します。

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