刑法(窃盗罪)

窃盗罪⑫ ~「すり・車上荒らし・その他の窃盗行為における実行の着手」を判例で解説~

すりにおける実行の着手

 前回の記事の続きです。

 すり行為における窃盗の実行の着手時期の考え方について説明します。

 すり行為の典型的な犯行形態は、

  1. 電車の中など、混雑した場所において、ターゲットの衣類、カバンなどに外から触れて、在中物の有無を確かめる
  2. 目的とする財物(財布など)があるらしいと目星をつけたターゲットに寄り添う
  3. ターゲットの衣服やカバンの中に手を差し入れ、在中物をすり取る

というものです。

 ①の在中物の有無を確かめるために、ターゲットに触れる行為を「あたり」行為とよびます。

  この「あたり」行為の段階では、窃盗の実行の着手があったとはされません。

 すり行為における実行の着手は、

「あたり」行為を行った後、着衣やカバンの中に金品があることを把握し、その金品を狙って着衣やカバンに触れる行為した段階

で、実行の着手があったと認定するのが、判例の考え方になります。

 「あたり」行為は、金品の所在を確認するための窃盗の準備・予備行為であって、実行に着手したとはいえません。

 しかし、「あたり」行為により、金品の所在を把握した後に、具体的に実行の対象者を決めて、その衣服やカバンに触れ始めた時点においては、

占有侵害の具体的危険が発生した

ものとして、窃盗の実行の着手があったと認めることができます。

 このことは、以下の判例で示されています。

広島高裁判例(昭和28年10月5日)

 この判例の事案は、被告人が、Hのズポンの右ポケット内に金品のあることを知り、これを窃取しようとして右手をそのポケットの外側に触れたが、Mに発見されてその目的を遂げなかったという窃盗未遂の事案です。

 裁判官は、

  • ポケット内に指先を突込むなどの程度に至らなくとも,窃盗罪の実行に着手したと解するのが相当である
  • もっとも、すり犯人が、普通、人混みの中において、あらかじめ犯行の相手方を物色するため、人のポケット等に手を触れ、金品の存在を確かめるいわゆる「あたり」行為は、普通に家屋に侵入して金品を物色するのとは異り、単にそれだけでは未だ実行の着手と解し難い場合もあろうけれども、本件は「あたり」行為と解することはできない

と判示し、窃盗未遂罪の成立を認めました。

 この裁判は、被告人が上告し、最高裁判所でも争われましたが、最高裁の裁判官は、

  • 被害者のズポン右ポケットから現金をすり取ろうとして、ポケットに手を差しのべ、その外側に触れた以上、窃盗の実行に着手したものと解すべきこというまでもない

と判示し、原審の判決を指示しました(最高裁判例(昭和29年5月6日)

 すり行為においては、金品の所在を確認した状態で、衣服やカバンの外側に手を触れるだけで、実行の着手があったと判断されます。

 なので、犯人が、衣服やカバンの中に手を差し入れた場合は、より一層強い確信をもって、実行の着手があったと判断されます。

車上荒らしにおける実行の着手

 車上荒らしは、駐車中の無人の自動車のドアガラスや錠を破壊し、車内の金品を窃取する窃盗の犯行態様の一つです。

 車内は、車外とは隔絶された狭い空間であり、窃取の目的物となりうる金品が置いてあるのが通常です。

 なので、車内への侵入行為は、土蔵や倉庫への侵入行為と同様に、在中物の占有侵害の具体的危険をうかがわせるものといえます。

 したがって、車上荒らしの場合、

車内への侵入行為に着手した時点

で窃盗の実行の着手があったとされます。

 このことは、判例でも示されています。

東京高裁判例(昭和45年9年8日)

 自動車の三角窓の下のゴムにドライバーを押し込み、ガラスを持ち上げて傘の骨を曲げたものを差し込み、三角窓内側の留め金に引っかけ、傘の骨を動かせばすぐに解錠できる状態にした事案で、窃盗の実行の着手ありとしました。

山口簡裁判例(平成2年10月1日)

 自動車のドアのガラスの隙間に、金尺を差し込み解錠しようとした事案で、窃盗の実行の着手ありとしました。

 車上荒らしは、車内の物色する前のドアを開ける段階で、窃盗の実行の着手があったと認められます。

その他の窃盗行為における実行の着手

 侵入盗、すり、車上荒らしの類型の窃盗行為について、実行の着手の判断基準を説明してきました。

 以下では、上記以外の類型の窃盗行為について、実行の着手の時期の判断基準を判例を用いて説明します。

東京高裁判例(昭29年11月11日)

 他人の店舗において、なんら正当の権限なく無断で、その店舗の奥にある机の引き出しを引き出す行為について、裁判官は、窃盗の着手にあたると認定しました。

最高裁判例(昭和31年10月2日)

 電柱に架設してある電話線を切断しようした事案について、裁判官は、実行の着手にあたると認定しました。

東京高裁判例(昭和42年3月24日)

 郵政職員が、取扱中の郵便物の内容物を領得するため、その郵便物が自宅に配達されるよう宛先を書き替え、郵便物区分棚に差し置いた行為について、裁判官は、窃盗の着手にあたると認定しました。

東京地裁判例(昭和63年2月10日)

 女性用下着窃取のため、ペランダに置かれた洗濯機のふたを持ち上げた行為について、裁判官は、窃盗の着手にあたると認定しました。

東京地裁判例(平成3年9月17日)

 裁判官は、パチスロ機から不正にメダルを窃取しようとする場合、不正操作をおこなう意図であっても、正規の方法でゲームを始めただけでは実行の着手は認められないが、不正操作用の器具をメダル投入口に設置すれば、実行の着手があったといえると判示しました。

名古屋高裁(平成13年3月30日)

 窃取してきたキャッシュカードを用いて、現金自動預払機(ATM機)から現金を出金する目的で、ATM機の画面の残高照会の表示部分を押してATM機を作動させた上、画面の指示に従ってキャッシュカードを挿入口に挿入したところ、既に盗難届が出されていたためにキャッシュカードが機械の中に取り込まれたままの状態となったため逃走した事案について、裁判官は、ATM機内の現金に対する窃盗の実行の着手にあたると認定しました。

まとめ

 最後に、前の記事で説明した実行の着手の概念について、おさらいします。

 窃盗の「実行の着手」とは、

犯罪の実行行為の開始を指す概念

のことをいいます。

 「実行の着手」を考える意義は、

犯罪の既遂と未遂を区別すること

にあります。

 そして、実行の着手があったかどうかの判断基準は、

目的財物の占有を侵すについて密接な行動を開始したことで足りる

とされています。

 実行の着手があったかどうかの判断のポイントは、

占有侵害の具体的危険が発生したかどうか

という点にあります。

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