法律(刑法)

窃盗罪② ~「法人・国家・死者・無主物・所有者不明の財物の所有・占有」「所有・占有が争点になった判例」を解説~

法人・国家の財物の所有・占有

 刑法の概念上、自然人(人間)が財物の所有者になれるのはもちろんですが、法人も財物の所有者になることができます。

 たとえば、A社が、A社の経費で車を購入した場合、その車はA社が所有する車として、車検登録をすることができます。 

 ここにいう法人には、私法人のみならず、公法人(地方公共団体や各種公社公団など)や、法人格のない社団を含みます。

 さらに、法人に加え、国家も財物の所有権の主体となることができます。

 ここでポイントになるのが、法人・国家は、財物の所有の主体にはなれるのですが、

財物の占有の主体にはなれない

という点にあります。

 所有権は、刑法上は、抽象的観念として取り扱っているので、人間ではなく、人間が作り出した観念である法人や国家にも適用できます。

 これに対し、占有は、現実的・事実上の観念なので、人間が作り出した観念である法人や国家に適用することはできず、人間に対してのみ適用できる観念になります。

 たとえば、先ほどの例のA社が経費で購入した車は、A社の所有物とすることはできますが、A社の占有物として、刑法の観念上整理することはできません。

 この考え方は、窃盗の犯罪事実を構成するときに活用されます。

 たとえば、先ほどのA社の車が犯人(被疑者)に盗まれた場合の窃盗の犯罪事実は、

被疑者は、A社が所有する車を窃取した

または、

被疑者は、A社代表取締役が管理する(※占有するという意味)車を窃取した

となります。

 これに対し、

被疑者は、A社が管理する車を窃取した

という犯罪事実は、刑法上のルールとして構成することはできません。

 これは、法人・国家は、刑法上の考え方として、財物の所有の主体にはなれるものの、占有の主体にはなれないためです。

 判例でも、この考え方は示されています。

東京高裁判例(昭和30年7月14日)

 この判例において、裁判官は、

  • 財物の「所有」は抽象的概念であるから、法人(法人格のない社団についても同様)によってなされ得る
  • ここにいう法人には、私法人のみならず、公法人(地方公共団体や各種公社公団など)も含まれるし、国家も財物の所有権の主体となり得る
  • なお、これに対し、刑法上の「占有」は、民事上の「占有」とは異なり、事実上の支配関係をいうのであるから、法人は、財物を占有することはできないと解すべきである
  • したがって、公訴事実や罪となるべき事実の記載に当たっては、法人所有の財物について、法人を所有者として表示することは差し支えないが、占有者として表示した場合でも、その占有はその代表者・管理者などの自然人によってなされていると見ることのできる場合が一般であろう

と述べています。

死者の財物の所有

 死者の財物に対する所有の考え方について、大審院判例(昭和6年11月2日)において、

  • 所有者が死亡した場合には、その所有に係る財物は、原則として相続人の所有に帰するものであって、当然に無主物となるものではない

と判示しています。

 たとえば、Aさんが死亡し、その時にAさんが身に着けていた時計は、相続人Bさんの所有になるということです。

 この時計を犯人(被疑者)が盗んだ場合、窃盗の犯罪事実は、

被疑者は、相続人Bさんが所有する腕時計を窃取した

となります。

 これに対し、財物強取の意思で所有者を殺害し、財物を強取した場合は、殺害された者の相続人を被害者とする窃盗罪ではなく、強盗殺人罪が成立します。

 また、財物の所有者を殺害した者が、その後に財物領得の犯意を生じ、財物を領得した場合は(被害者の殺害時点においては、財物強取の意思がない場合は)、殺害された者の相続人ではなく、殺害された者を被害者とする窃盗罪が成立することがあります。

 これは、被害者を殺害して財物を奪った場合は、被害者の相続人が所有する財物を犯したと考えるよりは、殺害された被害者の所有する財物を犯したと考える方が、より社会通念に合致すると考えられるためです。

 被害者殺害後の財物奪取に関する判例については、前の記事「死者の占有」で詳しく説明しているので参考にしてみてください。

無主物・所有者不明の財物の所有・占有

無主物

 無主物は、誰の所有・占有にも属さないので、窃盗罪の客体になりません。

 誰のものでもない無主物を窃取しても、窃盗罪は成立しないということです。

 無主物は、所有の意思をもって先占した者が所有権を取得する(民法239)ものなので、誰のものでもない物を領得したとしても、窃盗罪が成立する余地はないという考え方がとられます。

 たとえば、海に泳いでいる魚を釣ってとったとしても、その魚は無主物なので、窃盗罪は成立しません。

 なお、その海が、県の漁業組合により魚介類の採取・捕獲規制が加えられる海である場合は、窃盗罪は成立せずとも、漁業法違反(密漁)の罪が成立することはあります。

無主物であることが争点になった判例

 無主物であることが争点になった判例として、以下のものがあります。

最高裁判例(昭和62年4月10日)

 ゴルフ場内の人工池などに打ち込まれたロストボールを窃取した窃盗事件で、犯人の弁護人は、ロストボールは無主物であるから、窃盗罪は成立しないと主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、ロストボールは、無主物ではなく、ゴルフ場経営者の占有に属するとし、窃盗罪が成立すると判断しました。

所有者不明の財物

 所有者が誰であるか不明の財物を盗んだ場合に、窃盗罪が成立するかについて説明します。

 結論として、所有者が誰であるか不明の財物であっても、それが誰かが所有するものであれば、その財物は無主物ではなく、窃盗罪の客体になります。

 所有者不明の財物でも、その財物を盗めば、所有者不明の財物を占有している人に被害を与えたことになるので、窃盗罪が成立します。

 このことは、以下の判例で明らかにされています。

最高裁判例(昭和24年4月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗罪が成立するためには、他人の管理に属する財物を窃取することをもって足り、その財物が何人の所有に属するかは問うところでない

と述べ、所有者不明の財物だとしても、それが他人が管理(占有)する財物であれば、窃盗罪が成立すると判断しました。

所有・占有が争点になった判例

 窃盗罪において、財物に対する所有・占有が争点になった判例を紹介します。

大審院判例(大正15年7月16日)

 他人の所有地を賃借して耕作していたところ、その土地が競落許可決定により新所有者の所有に帰し、さらに、その新所有者からの土地引渡請求訴訟に敗訴し、強制執行を受けた後も、新所有者の承諾なく耕作施肥を続けて、発芽した桑葉摘採した事案について、裁判官は、

  • 本件地所は、桑樹定着の新所有者の所有に帰し、かつ、同人の占有するものなるをもって、その定着物たる桑樹が新所有者の所有にして、かつその占有にある

と述べ、耕作者(旧賃借人)が桑葉を窃取したとする窃盗罪の成立を認めました。

大審院判例(昭和元年12月25日)

 真珠貝の養殖業者が採苗地(天然の発生地)から採捕し、放養場(海底を毎年整理して真珠貝の付着に適するよう石や瓦を設置した場所)に放養していた稚貝を密漁した事案について、裁判官は、

  • 養殖業者が、所有の意思をもって、採苗地から稚貝を採捕するにおいては、この時をもって民法239条により、先占によりその所有権を取得するに至るものというべきである
  • 養殖業者が、後日、養殖のために、更に稚貝を放養場に投入しても、一旦取得した所有権を喪失するものではない

と述べ、養殖場から稚貝を窃取した犯人に対し、窃盗罪の成立を認めました。

大審院判例(昭和11年12月2日)

 農林省が養殖保護のため得撫島を狩猟区に指定し、島内各所に監視者を配置した上で、移植放牧して糧食を与え、優良種を追加していた狐を密漁した事案について、裁判官は、

  • 養殖地域は、海洋中の狐島であり、自ら天然の障壁を形成し、他から野狐類が混入するおそれはない
  • 島に生息する狐は、天然に発生育成する野生無主の獣とは異なり、全て国家の所有に属し、農林省が所轄する養狐場の管理者の占有に属することは明らかである

旨を述べ、島で養殖する狐は、無主物ではなく、国家が所有し、養狐場の管理者が占有するものとして、その狐を盗んだ犯人に対し、窃盗罪の成立を認めました。

大審院判例(昭和11年11月3日)

 専用漁業権の設定された海域に自然に育成する水産物(海草など)は、無主物であり、窃取しても窃盗罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 自然の状態において育成する無主の水産物の類は、人がこれを採取するによりて、その採取者の占有に帰し、これと同時に採取者はその所有権を取得するを普通の状態とする
  • 岩石に付着して養殖する海草は、岩石からはがして採取することにより、初めて先占者が所有権を取得するものであり、岩石に付着した自然の状態においては、未だ所有権を取得しない
  • 自己が占有する物件に海草を付着させ、または機械器具等により海産物を収容し、海産物が逃げ隠れすることを防ぐことをしている場合であれば、海草は先占者の占有に帰するが、海中に自然に散在する岩石は、本来、誰の占有にも属さない
  • 漁業法によって、岩石を占有するの権利を漁業権者に授与するものでもなく、ただ岩石に付着した海草を採取して自己の所有となす権利を授与するに過ぎない
  • 漁業権は、漁業権者に海草の繁殖を容易にさせるため、岩石にある種の人工を加え、または、その付近に監守者を置き、他人がこれを取り去ることを防止するの手段を施すことを可能とさせることはできる
  • しかし、漁業権の効力たる海草採取の権利の有効を確実にするための方法をとることができるにとどまり、これによって岩石それ自体が漁業権者の占有内に入るものであることを主張することはできない
  • したがって、海草が専用漁業権内にある岩石に付着することのみをもって、その海草が漁業権者の所有に帰したということはできない

旨を述べ、専用漁業権を受けたというだけでは、その海域内の水産物の所有・占有を得たとはいえないと判断しました。

 つまり、専用漁業権の設定された海域に自然に育成する水産物は無主物であり、それら水産物を窃取しても、窃盗罪は成立しないとうことです。

 だからといって、このような水産物を窃取した場合、窃盗罪は成立しなくても、漁業法違反(密漁)の罪が成立するので注意が必要です。

広島高裁岡山支部判例(昭和29年5月27日)

 漁業協同組合が区画漁業権の免許を受け、移植・繁殖させていたあさり貝を窃取した事案で、組合のあさり貝に対する所有は認められないとして、窃盗罪の成立を否定しました。

 この判例で、裁判官は、

  • 組合において移植したあさり貝は、米粒大の稚貝を砂と共に移したもであるとすれば、個々の識別はもとより、その数量さえも特定し得ない
  • また、そこには、天然に繁殖したものもおり、移植したものと天然に繁殖したものとの支配によって、更に繁殖したものなどが生存していることも、想像に難くない
  • それらの識別はいかにし、それらに対する権利関係は、いかに解し得るであろうか
  • 殊に移植した貝についてのみでも、59万坪に及ぶ広大な海域に散在する個々の浅利貝について、所有権または占有権の対象としてこれを特定し、これを把握することはもとより、実力支配を及ぼすことは可能であるとは到底考えられない

と述べ、組合のあさり貝の稚魚に対する所有権を否定し、窃盗罪は成立しないと判断しました。

 さらに、この裁判の上告審(最高裁S35.9.13)において、裁判官は、

  • 原判決は、組合が本件漁場内に米粒大のあさり貝の稚貝を砂と共に移植したけれども、その移植箇所には標識やは設けていない
  • また、その移植稚貝の個々の識別はもとより、その数量さえも特定することができない
  • 加えて、もともと同所には天然に養殖したあさり貝も生存し、これと移植貝との交配によってさらに繁殖したものもいる
  • したがって、本件漁場内に存在するあさり貝については、これらの三者の識別は不可能に近い趣旨を認定しているのであるから、被告人が捕獲した本件あさり貝についても、その個々が前記移植貝であるとの認定は到底不可能でるといわねばならない

として、原判決を維持し、窃盗罪の成立を否定しました。