前回の記事の続きです。
起訴後の取調べは、なるべく避けなければならない
被疑者段階(被疑者が起訴される前の段階)においては、被疑者は、捜査機関(警察官や検察官など)の取調べを受けなければなりません。
起訴される前の段階においては、捜査機関と被疑者は対等な関係ではなく、捜査機関が被疑者より上の立場で、被疑者の取調べを行うことになります。
これに対し、被疑者が起訴され、被告人になった後は、捜査機関と被疑者は、上下関係がなくなり、
裁判の当事者として、対等な関係
になります。
※ 被疑者は、検察官に事件を起訴されると、被告人という呼び方に名前が変わります。
※ 裁判においては、捜査機関と被告人で、どちらが上といった優劣はありません。裁判を戦う当事者として、立場は対等になります。
ここで、起訴されて捜査機関と対等な関係になった被告人の取調べができるかが問題になります。
被疑者は被告人となり、捜査機関と対等な関係になったのだから、捜査機関が被告人のマウントをとって取調べを行うのはいかがなものかという考え方が生まれるわけです。
この点について、最高裁判例(昭和36年11月21日)において、裁判官は、
「起訴後においては、被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならない」
と判示しています。
このことから、被疑者が起訴され、被告人となった後は、捜査機関が、起訴済みの犯罪事実について、被告人の当事者たる地位にかんがみ、起訴前と同じような取調べをすることは、なるべく避けなければならないとされます。
被告人の取調べは、まったくできないわけではない
起訴された後は、被告人の取調べはまったくできないわけではありません。
先ほどの判例で、裁判官は、
「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる旨を規定しており、捜査官の任意捜査について何ら制限をしていないから、「被疑者」という文字にかかわりなく、起訴後においても、捜査官はその公訴を維持するために必要な取調を行うことができるものといわなければならない」
とも判示しており、被告人の取調べがまったくできないわけではないことを示しています。
被告人の取調べはただちに違法にならなず、被告人の供述調書に証拠能力はある
先ほどの判例において、裁判官は、
「起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないところであるが、これによって直ちにその取調を違法とし、その取調の上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきいわれはなく…」
と判示しています。
公訴が提起され(事件が起訴され)、被疑者が被告人の立場になってからの取調べは、なるべく避けるべきではあります。
ただ、被告人の立場になってから取調べを行ったとしても、ただちにその取調べが違法になるわけではないということです。
さらに、被告人の立場で作成された供述調書が、ただちに違法な取調べで作成された供述調書とみなされ、証拠能力が否定されるものではないということです。
証拠能力とは、裁判において、犯罪事実を認定するための証拠として活用することができる証拠の能力をいいます。
違法に収集された証拠(違法収集証拠)は、証拠能力が否定され、裁判官は、その証拠を犯罪事実を認定するための証拠として活用することができません。
被告人の立場で作成された供述調書は、ただちに証拠能力が否定されるわけではないので、被告人になってから取調べを行った正当な理由があれば、証拠能力が認められることになります。
被告人の取調べが適法ではなく、起訴後に作成された被告人の供述調書の証拠能力が否定された事例
被告人の取調べが違法と判断されることもあります。
この点に関する以下の裁判があります。
東京地裁決定(平成27年7月7日)
起訴後の被告人の取調べが適法ではなく、その供述が任意にされたものでない疑いがあるとして、供述調書の証拠能力を否定した事例です。
裁判所は、
- 公訴提起後は、被告人の訴訟当事者としての地位に鑑み、捜査官が当該公訴事実について、被告人の取調べを行うことは、なるべく避けなければならないところである。ただし、公訴提起後の取調べであることから、直ちにその取調べが違法になり、作成された供述調書の証拠能力が否定されるわけではなく、この点については、被告人の訴訟当事者としての地位と事案解明のために証拠を保全する必要性との調和の観点から、被告人の態度や取調べの必要性、取調べの状況など諸般の事情を総合して判断すべきであると解する
- 本件において、被告人は、起訴後の取調べについて、当初拒否的な態度を取っていたこと、弁護人がそれを許諾した事実はないこと、自白の任意性自体に疑いを生じさせる事情があり、取調べの方法や時期について不当な占がある上、捜査の必要性の観点から起訴後の取調べが不可欠であったともいえない
- これらの事情を総合すると、本件において、公訴提起後の被告人の取調べを適法なものとして許容すべき事情があったということはできない
- 本件各供述調書は、公訴提起後の適法な取調べに基づいて作成されたとはいえないし、刑事訴訟法322条1項所定の供述が任意にされたものでない疑いがあるから、いずれも証拠能力を肯定することができない
と判示し、被告人になってから取調べをして作成した供述調書の証拠能力を否定しました。
被告人の取調べは、公訴を維持するために必要であれば認められる
被告人の取調べが正当であると認められるためには、
公訴を維持するために必要であった
という理由があることが要件になります。
最高裁判例(昭和57年3月2日)において、裁判官は、
「起訴後においても、捜査官はその公訴を維持するために必要な取調を行うことができる」
と判示し、起訴後、つまり、被告人になってからの取調べは、公訴を維持(裁判において、検察官が犯罪事実の立証を成し遂げること)するために必要とされる理由があれば、行うことができることを示しました。
被告人でも、参考人として取調べることができる
これまでに、『被告人の取調べはなるべくさけなければならない』ことを説明してきました。
しかし、被告人でも、共犯者・被害者・目撃者といった参考人としての立場があれば、被告人ではなく、参考人の位置付けて取調べを行うことができます。
参考人の取調べの法的根拠は、刑訴法223条にあります。
被告人ではなく、刑訴法223条の参考人の位置づけで取調べを行えば、『被告人の取調べはなるべくさけなければならない』という制約を受けずに取調べを行うことができます。
参考人とは、
被疑者以外の者
をいいます。
被害者、目撃者はもちろん、共犯者(共同被疑者)も「被疑者以外の者」に当たることがポイントです。
たとえば、被疑者Aの事件(被疑者Aと被疑者Bが共同して殺人をした事件)が立件(事件化)されたとします。
被疑者Aの事件について、共犯者である被疑者Bは、「被疑者以外のもの」(被疑者A以外のもの)に当たります。
なので、共犯者Bは参考人として扱い、取調べを行うこともできるのです。
この点について、最高裁判例(昭和36年2月23日)があり、裁判官は、
『刑訴223条1項のいわゆる被疑者とは、当該被疑者を指称し、これと必要的共犯関係にある他の者を含まないと解すべきであるから、所論のような共同被疑者であっても、当該被疑者以外の者は、すべて被疑者以外の者として、当該被疑者に対する関係において刑訴223条による取調べができ、同227条の証人尋問を許すべきである』
と判示し、共犯者(共同被疑者)は、他方の共犯者の事件の視点からは、「被疑者以外の者」と捉えることができ、参考人としての扱いができることを示しています。
「取調べとは?」の記事一覧
取調べとは?① ~「取調べの根拠法令」「取調受任義務」「出頭拒否権・取調べ拒否権」「出頭・取調べを拒否した場合の逮捕・勾引」「第1回公判期日前の証人尋問」を解説~
取調べとは?② ~「供述拒否権(黙秘権)と何か・デメリット・法的根拠・告知義務・不告知と供述の任意性問題」を判例などで解説~
取調べとは?③ ~「供述の任意性」「任意性のない供述調書の証拠能力の否定」「取調べの方法」を解説~
取調べとは?④ ~「被告人の取調べの適法性」「被告人の供述調書の証拠能力」を判例で解説~
取調べとは?⑤ ~「供述調書の作成目的・作成方法」「署名・押印のない供述調書の証拠能力」を判例などで解説~