将来の事実が欺罔行為の内容となりうるか
詐欺罪(刑法246条)について、将来の事実が人を欺くこと(欺罔行為)の内容となりうるかどうかについて、判例は、欺罔行為の内容になると判断しています。
大審院判決(大正6年12月24日)
この判例の事案は、被告人が、被害者に対し、「着手金1000円を出せば、これを検事に対する運動費に充てて無罪にしてもらってやる」と言って、現在ではなく、将来の事項を掲げて虚偽の告知をしたというものです。
裁判官は、将来の事実が人を欺くことの内容となりうるかどうかについて、一般論として、
- 詐欺罪の成立に必要なる欺罔(ぎもう)ありとするには、虚偽の意思表示により、他人を錯誤に陥れるをもって足り、その意思表示が、現在又は過去の事実のみに関することを必要とせず
- 将来に関する事項といえども、自己の現在における意思状態に反してこれを告知し、他人を錯誤に陥れるに足るにおいては、詐欺罪の欺岡手段たるに欠くるところなし
と判示して、将来に関する事実でも欺罔の内容となりうることを示しました。
人の価値判断・意見が欺罔行為の内容となりうるか
人の価値判断や意見が、詐欺罪における欺罔行為の内容になりうるかは、学説において、積極説と消極説があります。
積極説が通説となっており、人の価値判断や意見が、欺罔行為に当たるかどうかの判断は、
事実の表示が価値判断・意見の表示かを分類することなく、その虚偽の表示が人を錯誤に陥れるに足りるものであるか否かによって、人を欺く行為に当たるかどうかを判断すればよい
とされます。
参考に、消極説について説明します。
消極説は、人の価値判断や意見の表示は、事実に関して虚偽を装うことではないため、一種の「だます」行為ではあっても、詐欺罪の構成要件としての「欺罔」にはあたらないとします。
たとえば、高級そうな腕時計を見せ、「実に高い価値がありそうな時計ではありませんか」といって勧め、相手にそれを高級腕時計かのように思わせて買い取らせたとしても、詐欺罪は成立しません。
(なお、「この時計は有名人の〇〇氏が使っていた時計です」と虚偽の事実を告げて、それを信じさせた上、高額な価格で買い取らせた場合は詐欺罪が成立します)
価値判断は、人の主観にゆだねられるものです。
意見については、意見を言う人の主観を示すだけで、相手がその意見に賛同するかどうかは相手の自由です。
よって、消極説では、価値判断や意見の表示が、相手方の判断を誤らせるための暗示となることがあっても、それは詐欺罪における欺罔行為にはならず、誘導に過ぎないとします。
しかし、消極説においても、価値判断や意見の表示でも、前記の高級腕時計の例のように、「この時計は有名人の〇〇氏が使っていた時計です」などの虚偽の事実の主張を含む場合は、詐欺罪が成立するとします。
消極説においても、事実の偽装は見逃されず、詐欺罪を成立させます。