法律(刑法)

詐欺罪(65) ~「権利者が犯人であり、その権利の実行手段として相手を欺き、財物を交付させた場合の詐欺罪の成否(詐取金全額について詐欺罪が成立するか、それとも水増し部分についてのみ詐欺罪が成立するか)」を判例で解説~

権利者が犯人であり、その権利の実行手段として相手を欺き、財物を交付させた場合の詐欺罪の成否

 犯人に被害者から金員の交付を受ける権利がある場合で、権利者である犯人が、その権利の実行手段として相手を欺き、財物を交付させた場合でも詐欺罪(刑法246条)は成立し得ます。

 この時、詐取した金額全額について詐欺罪が成立するのか、それとも、犯人が元々受け取る権利がある部分を除いた水増し部分の金額に対してのみ詐欺罪が成立するのかが疑問になります。

 たとえば、コンビニの店員が、本当はお釣りが1000円なのに、誤って五千円札を渡してきたところ、黙ってそれを受け取って持ち去れば、釣銭詐欺になります。

 釣銭詐欺は、社会生活上の条理にもとづいて、相手方に釣り銭が多過ぎることを告知する義務があるのに、その義務を行わなかったとして、不作為による詐欺を成立させます。

 ここで、本来1000円のお釣りを受け取るところ、5000円を受け取ったので、多く受け取った分の4000円について詐欺罪が成立するのか、それとも、5000円全額について詐欺罪が成立すのかが問題になります。

 結論として、判例の考え方は、5000円全額について詐欺罪が成立するとなります。

 以下の判例は、恐喝事件の判例ですが、この判例の考え方は詐欺罪にも適用されるというのが通説になっています。

最高裁判決(昭和30年10月14日)

 この判例は、Dに対して3万円の債権を有する被告人が、仲間数人と共謀してDを脅迫して3万円を含む6万円を交付させたという恐喝の事案です。

 裁判官は、

  • 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり、かつその方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り、何ら違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする
  • 本件において、被告人らが、債権取立のために執った手段は、原判決の確定するところによれば、もし債務者Dにおいて被告人らの要求に応じないときは、同人の身体に危害を加えるような態度を示し、かつ同人に対し、被告人A及び同Bらは「俺達の顔を立てろ」等と申向け、Dをして、もしその要求に応じない時は自己の身体に危害を加えられるかも知れないと畏怖せしめたというのであるから、もとより、権利行使の手段として社会通念上、一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱した手段であることは論なく、従って、原判決が右の手段によりDをして金6万円を交付せしめた被告人らの行為に対し、被告人CのDに対する債権額のいかんにかかわらず、右金6万円の全額について恐喝罪の成立をみとめたのは正当である

と判示し、被告人らが債権取立てのために執った手段は、権利行使の手段として社会通念上、一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱しているから、被告人のDに対する債権額のいかんにかかわらず、6万円の全額について恐喝罪が成立するとしました。

 そして、詐欺罪の成否についても、この判例の基準にどおり判断すればよいとされています。

 さらに突き詰めて言うと、目的物が可分であると不可分であるとを問わず、行為を全体的に観察して、それが権利行使の手段として社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えるかどうかを基準として、刑法的評価を下すべきであるとされます。

 これと同様の見解を採り、詐欺罪の成立を認めた裁判例として以下の判例があります。

仙台高裁判決(昭和33年11月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、当時、被害者A、B、Cに対し、それぞれ衣料品の売掛代金の債権を有していた
  • 従って、被告人は被害者3名から金員の交付を受ける正当な権利を有する者ということができるから、これを実行するに当たり、欺罔手段を用い、被害者3名から金員の交付を受けても、右手段が社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を逸脱しない限り、詐欺罪は成立しないものということができる
  • しかし、被告人が被害者3名から金員の交付を受けたのは、被告人が正当に有する売掛代金債権の弁済としてこれが交付を受けたのではなく、架空の無尽の売掛名義で相手方を欺罔し、右売掛の払込という全く異なる原因に基づき右金員の交付を受けたのであって、右の如き欺罔手段は権利行使の方法として社会通念一般に認容すべきものと認められる程度を逸脱しておることは明らかであるから、被告人の右所為は、詐欺罪を構成するものといわねばならぬ

と判示し、被告人が被害者から金員の交付を受ける正当な権利を有していても、詐欺罪は成立するとしました。

札幌高裁判決(昭和35年6月20日)

 債権者である犯人が、第三者をだまして債務者に代わって弁済をさせた行為について、裁判官は、

  • 被告人の所為が、正当な弁済受領行為であるかどうかを考えてみるに、法律上、他人から財物の交付を受けるべき正当な権利を有する者が、その権利を実行するにあたり、欺罔の手段を用いて義務の履行たる財物の交付をさせた場合には、詐欺罪を構成しないことがあると解されるけれども、たとえ他人に対する金銭債権を実行するためであっても、本件のKのように債務者ではない第三者を欺罔し、その者をして債務者に代わって弁済をさせるようなことは、社会通念上権利の行使として許される限度を逸脱したものであって、もはや正当な行為をいうことはできず、詐欺罪を構成するものといわなければならない
  • なぜなら、この場合、債権者は右の第三者に対し、何ら請求権を有するものではなく、また、弁済をした第三者は損害を受けることが明らかだからである
  • 第三者が債権者に代位し請求権を取得するからといって、損害がないということはできない
  • 現に本件において、Kは120万円を回収することができなかったことが明らかである

と判示し、被告人が他人から財物の交付を受けるべき正当な権利を有しているとしても、詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和38年9月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 弁護人は「本件各詐欺の事実につき原判決は被告人が被害者から受領した金員又は小切手の全額につき詐欺罪の成立を認めているが、被告人が権利者から委託を受けて請求した部分については、権利の実行として正当視さるべきであるからこの部分については詐欺罪の成立はなく、ただ水増請求した部分についてのみいわゆる差額詐欺として詐欺罪の成立を認むべきにこだわらず、全額について犯罪の成立を認めたのは事実誤認ないし法令の適用を誤った違法を犯したものである」と主張する
  • A振興会の経理課係員らは、もし被告人が水増請求する事実を了知したならば、通常、請求金額の支払を拒否するものであるから、然らざる特別の事情を認め難い本件においては、被告人が正当に取立委任を受けた金額については権利を行使する意思であったとしても、被告人が振興会から水増請求の欺罔手段を使用して現金又は小切手を受領した行為は、売主又は請負人の委任に基づく権利行使の手段として社会通念上許容される範囲を逸脱し、権利の濫用であって、欺罔手段及び現金又は小切手の受領即ち所持の侵害を含む行為全体として違法性を帯びるものと認むべく、従って被告人が取得した現金又は小切手の全額につき詐欺罪の成立を肯定するを正当とする
  • 右現金又は小切手の騙取に伴う民法上の効果、すなわち権利者に対する弁済として有効であるか否かの如き問題は、いささかも右見解を左右することではなく、また騙取物件の可分、不可分の性質は詐欺罪成立の範囲に何ら影響を及ぼす事柄ではない
  • 故に原判決が本件各水増詐欺の事実において、被告人が取得した現金又は小切手の全部につき詐欺罪の成立を認めたのは正当であって、これに反する見解に立脚し、水増部分以外については詐欺罪の成立を否定する弁護人の所論は採用し難い

と判示し、水増金額のほか、被告人の権利の実行として正当視される部分を含めた全額について、詐欺罪が成立するとしました。

犯人の権利の行使にあたる場合であり、詐言の程度の違法性が軽微であるとして、詐欺罪の成立を否定した判例

 上記の詐欺罪の成立を認めた判例とは逆に、犯人の権利の行使にあたる場合であり、詐言の程度の違法性が軽微であるとして、詐欺罪の成立を否定した以下の判例があります。

岡山地裁判決(昭和44年10月3日)

 虚偽の事実を申告して保険金の支払を受けた事案で、それが権利の行使にあたる場合であり、その詐言の程度の違法性も軽微であることを理由に詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 被告人両名は、Y海運会社のため、K保険会社に対し、虚偽の内容の海難報告書を提出し、錨鎖喪失および船首外板損傷が生じたことを理由に、その修理工事代金の保険によるてん補方を要求し、K保険会社係員をして、その旨誤信させ、保険金を交付させた事実を認めることができる
  • 被告人は、錨鎖の喪失および船首外板損傷について、K保険会社に対し、その成因について虚偽の事実を告知し、同会社係員を誤信させて金員の交付させているのであるから、本件はいずれも、詐欺罪の成立を認めさせるような事実は存在している
  • しかしながら、取り調べた証拠によると、保険錨鎖の喪失および外板損傷につき、Y海運会社において、K保険会社との間に締結していた海上保険契約に基づき、その修理代金の保険によるてん補を請求する権利を有した疑があり、被告人はその権利の行使に際して虚言を用いたと窺わせるような事実が認められる
  • しかして、権利行使に際して、虚言を用いた場合には、詐欺罪の成立しないことがある
  • すべての権利行使の場合に詐欺罪の成立を否定されるものではなく、その際用いられた詐言の程度が一般社会の通念に照らし、刑罰をもって臨むほどの違法性を具有しない場合でなければならないと考える
  • 被告人の詐言は、客観的にこれをみると、保険金によるてん補をより安易に得るがため、言い換えると保険会社での審査を安易にするためのものと解しうるのであって、この程度の詐言は、刑法上、詐欺罪の手段と認める程度の違法性を有しないと解すべきである
  • 保険金によるてん補の可否を決する最も重要な事項は、その損傷がいわゆる保険事故が否かという点であって、それが生じた日時、場所は特別の事情のない限り、保険事故の成否の決定の付随的参考的事情と考えられる
  • 本件の場合は、その損傷自体によっても保険事故と認められるような外観を有していたものであるから、特別の事情につき立証のない以上、日時、場所についての本件詐言の程度は、刑法上、詐欺罪の手段と認める程度の違法性を有しないと解すべきである
  • よって、本件については詐欺罪の成立を認めるべきではない

と判示し、詐欺罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。