刑法(詐欺罪)

詐欺罪(62) ~財産上の損害④「ニ重抵当は詐欺罪ではなく背任罪が成立する」を判例で解説~

 前回記事の続きです。

二重抵当は、詐欺罪ではなく、背任罪が成立する

 二重抵当(自己の不動産に抵当権を設定した者が、まだ登記のないのに乗じて、さらに他の者のために同一不動産上に抵当権を設定して登記すること)をした場合に、詐欺罪が成立するかどうかについては、見解が分かれています。

 判例は、古くは、詐欺罪の成立を認めていましたが(大審院判決 大正元年11月28日)、最高裁は、前の抵当権者に対する関係で背任罪の成立を認めています(最高裁判決 昭和31年12月7日)

 大審院判決(大正元年11月28日)で、裁判官は、

  • 詐欺罪の成立には、常に被欺罔者(欺かれた者)自身が現実の被害者たる事実あるを必要とせざれば、その被害者は、被欺罔者本人たると将た第三者たるとを問わず、苟も欺罔(人を欺く行為)に原因して他人に財産上の損害を生ぜしめ、その財物を不正に領得し、若しくは財産上不法の利益を得るによりて成立する

と述べ、このことを前提にし、二重抵当の場合、前の抵当権者の順位後退を財産上の損害と見て、前の抵当権者は財産上の被害者、後の抵当権者は欺かれた者であるとし、

欺かれた者と被害者は同一人でなくてもよい(※従来の考え方)

から、詐欺罪が成立するとしました。

 しかし、現在の判例は、

欺かれた者が被害財産を法律上又は事実上処分しうる地位にあることが必要

という考え方に立っています(大審院判決 大正6年11月5日最高裁決定 昭和42年12月21日最高裁判決 昭和45年3月26日)。

 現在の判例の考え方に立つと、

  • 二重抵当の場合、後の抵当権者は、前の抵当権者の順位の利益を処分しうる地位にあるものではなく、前の抵当権者の順位後退は、後の抵当権者が一番抵当権を設定したため重ねて同順位で登記しえないという法の反射的効果にすぎないから、前記大審院判決のように、詐欺罪の成立には欺かれた者と被害者が同一人であることを要しないという理由で、詐欺罪の成立を認めることは妥当でない

となります。

 さらに問題になるのは、すでに抵当権を設定してある事実を、後の抵当権者に告知しないことが、詐欺罪にいう人を欺く行為といえるかということです。

 抵当権が設定されていることを秘して、後の抵当権者に負担のない不動産と誤信させて、抵当権設定契約をし、金員の交付を受けて、抵当権設定登記を完了させた場合、一番抵当権の設定登記を条件として借金を申し込み、事実、そのとおり一番抵当権を設定登記させたことになります。

 なので、その間に、未登記の抵当権が設定されていることを隠していたとしても、一般的には、その不告知は、いまだ詐欺罪にいう「欺く行為」に当たらなといえると考えるのが通説になっています。

 したがって、現在では、一般的には、二重抵当の場合、後の抵当権者に対する関係で詐欺罪は成立せず、前の抵当権者に対する関係で背任罪を構成すると解されています。

 この点について、最高裁判決(昭和31年12月7日)おいて、二重抵当の事案(被害者Aの一番抵当権を、後順位の二番抵当権たらしめた事案)で、詐欺罪ではなく、背任罪で犯人を処罰しています。

 この裁判で、被告人の弁護人は、

  • 背任罪の成立要件たる事務は、他人の事務であることを要件とする
  • しかるに、本件第一番抵当権者たるべきAに対する被告人の抵当権段定の登記義務は、設定者である被告人固有の事務であって他人の事務ではないのに、原審が被告人の所為を背任罪に問擬(もんぎ)したのは刑法247条の解釈適用を誤つた違法があり、かつ憲法31条11条違憲の判決である

と主張しました。

 この弁護人の主要に対し、裁判官は、

  • 抵当権設定者は、その登記に関し、これを完了するまでは、抵当権者に協力する任務を有することはいうまでもないところであり、右任務は、主として他人である抵当権者のために負うものといわなければならない
  • この点に関する原判決の判示はまことに正当である
  • (弁護人の主張は、)登記義務の性質に関し、独自の見解を主張するものである

と述べ、弁護人の主張を斥けました。

 さらに、弁護人は、

  • 背任罪は、財産上の損害を加えることを成立の要件とする
  • しかるに、原判決は、本件犯罪時における本件抵当物件の価額と両根抵当による借入債務額との関係を何ら審査せずして、漫然、背任罪の要件たる損害の事実を肯定したのは、審理不尽、理由不備、事実誤認の各違法があり、ひいて憲法31条11条違憲の違法がある

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 抵当権の順位は、当該抵当物件の価額から、どの抵当権が優先して弁済を受けるかの財産上の利害に関する問題であるから、本件被告人の所為たるAの一番抵当権を、後順位の二番抵当権たらしめたことは、既に刑法247条の損害に該当するものといわなければならない

と述べ、弁護人の主張を斥け、背任罪の成立を認めました。

 ちなみに、二重抵当が前の抵当権者との関係で背任罪を構成するとしたこの最高裁判決は、前記大審院判決(大正元年11月28日)とは事案を異にします。

 この最高裁判決は、二重抵当が後の抵当権者との関係で詐欺罪を構成するかどうかについては、判断を示していないと見るのが相当とされています。

二重抵当で詐欺罪の成立を認めた判例

 二重抵当の事案で、事案の内容によっては、詐欺罪の成立が認められる場合もあります。

 たとえば、後の抵当権者が、前に抵当権が設定されていたことを知れば、金員の融資をしなかったであろうといえる事情が存在する場合には、前の抵当権設定事実の不告知は、人を欺く行為に当たり、欺かれなければ交付しなかったであろう金員を欺かれた結果交付したという意味で、財産上の損害が認められるので、詐欺罪の成立を認めることができると考えられます。

 参考になる判例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和48年11月20日)

 この判例は、二重抵当の事案ではありませんが、不動産の二重売買の事案になります。

 裁判官は、特段の事情の存在を理由に、第二の買主に対する詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 不動産の所有者が第一の買主との間に不動産の売買契約を締結し、権利証その他の登記申請に必要な書類を交付している場合において、右買主の登記未了を奇貨として、これを他に売却し、第ニの買主に所有権移転登記を経由させたときは、対抗力の取得を目的とする不動産取引の通例にかんがみ、第一の売買を告知しなかったことは第二の買主の買受行為との間に詐欺罪の予定する因果関係を欠くのを通常とするのである
  • (しかし、)本件のように第二の買主において、売買代金を交付し、不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記を取得したが、いまだ所有権移転の本登記を取得しないうちに売買契約を解除するに至ったときは、右売買の経緯に照らし、第一の売買の存在およびその内容等が第二の買主の所有権移転登記の取得を断念させるに足りるもので、第二の買主が、もし事前にその事実を知ったならば、敢えて売買契約を結び、代金を交付することはなかったであろうと認めうる特段の事情がある限り、売主が第一の売買の存在を告知しなかったことは詐欺罪の内容たる欺罔行為として、第二の買主から交付させた代金につき詐欺罪の成立があるものと解するのが相当である

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

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