事後強盗における実行の着手
事後強盗罪(刑法238条)の実行の着手は、窃盗犯人が刑法238条所定の目的(①窃取した財物を取り返されることを防ぐ、②逮捕を免れる、③罪証を隠滅する)を持って、
反抗を抑圧するに足る程度の暴行又は脅迫に着手したとき
に認められます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(昭和7年6月9日)
この判例で、裁判官は、
- 窃盗犯人、被害者よりその現行を発見誰何せられたるより、その逮捕を免れる目的をもって、所携(しょけい)の菜切包丁を相手方に向け、投げつけたる行為は、刑法第238条にいわゆる脅迫に該当する
- 窃盗犯人、財物を得て、その取還(しゅかん)を防ぐか又は逮捕を免れる目的の下に、暴行又は脅迫を為したる時は、犯人が現実逮捕を免れたると否とを問わず、刑法第238条の既遂罪を構成す
と判示し、暴行・脅迫に着手した時点で、犯人が逮捕を免れたかにかかわらず、事後強盗罪の既遂が成立するとしました。
事後強盗における未遂罪
事後強盗罪には、刑法243条の未遂規定が適用されます。
事後強盗の未遂罪は、強盗罪(刑法236条)の未遂罪に見合う反社会性と可罰的違法性が認められるものを指しているといえます。
なぜならば、事後強盗罪は、財物を盗取した後に暴行・脅迫を行った点に強盗罪との行為の違いがあるだけであり(強盗罪は財物を奪取している最中に暴行・脅迫を行う)、反社会性と可罰的違法性は、強盗罪と大差がないものとして取り扱われるためです。
このような観点から、事後強盗の未遂罪と既遂罪を分ける基準(メルクマール)は、強盗罪の未遂か既遂を分ける基準と同じく、
窃盗犯人が財物を奪取したかどうか、つまり、窃盗が既遂か未遂か
という点になります。
つまり、
- 窃盗未遂を行った犯人が事後強盗を行った場合は、事後強盗未遂が成立する
- 窃盗の既遂を行った犯人が事後強盗を行った場合は、事後強盗の既遂が成立する
となります。
参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(明治42年10月15日)
この判例で、裁判官は、
- 刑法第238条の規定は、窃盗犯人が財物の取還(しゅかん)を拒み、若しくは逮捕を免れるため、暴行又は脅迫を為したるときは、その暴行・脅迫をもって財物盗取の方法と為したる場合に準じ、強盗としてこれを処分すとの趣旨である
- 犯人が財物を得たると否とに論なく、常に強盗既遂の刑を科する法意にあらず
と判示し、窃盗犯人の窃盗行為が未遂であったは場合は、事後強盗罪の既遂の刑を科すのではなく、事後強盗罪の未遂の刑を科すものであるとしました。
大審院判決(昭和9年3月15日)
この判例で、裁判官は、
- 窃盗犯人、未だ財物を得ざるに先んじ、逮捕を免れるため、暴行・脅迫を為したる場合においては、刑法第238条の強盗未遂をもって論ずべきものとす
- 強盗犯人にして、その現行中又は現行の機械の延長の状態において、人を傷したる以上は、強盗行為そのものが既遂たると未遂たるとを問わず、刑法240条前段の強盗傷人の既遂をもって論ずべきものとす
と判示しました。
窃盗未遂犯人が逮捕を免れようとして脅迫したときは、事後強盗未遂罪が成立する
窃盗未遂犯人が、逮捕を免れようとして脅迫したときは、事後強盗未遂罪が成立します。
この点について判示した以下の判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 窃盗未遂犯人による準強盗行為(現行法:事後強盗)の場合は、準強盗(事後強盗)の未遂をもって問擬(もんぎ)すべきものであることは当然であるにかかわらず、原審はその擬律において刑法第238条、同第236条を適用し、もって準強盗(事後強盗)の既遂をもって問擬したのは違法である
- けだし、窃盗未遂犯人による準強盗(事後強盗)は、財物を得なかった点において、あたかも強盗の未遂と同一の犯罪態様を有するに過ぎないものである
- しからば、強盗未遂の場合には、刑法第243条の適用があるにかかわらず、これと同一態様の窃盗未遂の準強盗(事後強盗)を、強盗の既遂をもって論ずるときは、右刑法第243条の適用は排除されることとなり、彼此極めて不合理の結果を生ずるに至るからである
と判示しました。
事後強盗における予備罪
強盗予備罪(刑法237条)の「強盗の罪を犯す目的」に事後強盗の目的を含むかどうかについて、判例は含むと解し、事後強盗の予備罪が成立することを認めています。
夜間、事務所に入り、誰かに発見されたときには脅して逃げるつもりで登山ナイフと模造拳銃をアタッシュケースに入れて徘徊しているところを警察官に職務質間された事案で、裁判官は、
と判示し、事後強盗の予備罪を成立を認めました。