刑法(事後強盗罪)

事後強盗罪(3) ~「事後強盗罪における暴行・脅迫は、強盗罪と同じく、『相手の反抗を抑圧するに足るもの』である必要がある」「どのような暴行・脅迫が『相手の反抗を抑圧するに足るもの』といえるか?」を判例で解説~

事後強盗罪における暴行・脅迫は、強盗罪と同じく、『相手の反抗を抑圧するに足るもの』である必要がある

 事後強盗罪(刑法238条)における暴行・脅迫は、強盗罪(刑法236条)における「暴行」「脅迫」と同じく、

相手の反抗を抑圧するに足るもの

でなければなりません(強盗罪における暴行・脅迫の説明は前の記事参照)。

 なぜならば、事後強盗罪は、

  • 強盗罪と同程度の危険性のあるものであること
  • その反社会性において強盗罪と同等であること
  • 強盗罪と刑法上同じものとして取り扱おうとして設けられていること

から、事後強盗罪における暴行・脅迫も、強盗罪における暴行・脅迫と同程度のものであることが求められるためです。

 この点について判示した判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和8年7月18日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第238条の暴行は、被害者の反抗を抑圧すべき行為をいい、必ずしも傷害を生ぜしむるに足るべき行為たるを要せず

と判示し、事後強盗罪の暴行・脅迫は、相手の反抗を抑圧するに足るものである必要があることを示しました。

大審院判決(昭和19年2月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第238条にいわゆる暴行とは、逮捕を抑圧するに足る程度の動作を指称するものにして、その程度の存否は、具体的状況に徴して、これを決すべきものとす

と判示し、事後強盗罪の暴行・脅迫は、相手を抑圧するに足る程度のものであることを要する旨を示しました。

事後強盗罪と強盗罪における暴行・脅迫のニュアンスの違い

 事後強盗罪の脅迫・暴行は、強盗罪の脅迫・暴行と同じく『相手の反抗を抑圧するに足るもの』を要します。

 しかし、事後強盗罪の脅迫・暴行は、強盗罪の脅迫・暴行と同様に解しながらも、

  • 事後強盗が、すでに他人の財物を盗取している窃盗犯人が、それを確保するために行う暴行・脅迫であること
  • 強盗罪が、他人の財物を強取しようとして行われる暴行・脅迫であること

とから、その目的やその方向に差違があります。

 この差異をがあることを指摘した上、事後強盗罪の暴行・脅迫が、相手の反抗を抑圧する程度と認められるか否かは、具体的実情に照らして客観的に判断されるべきであると述べた以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和31年3月20日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第238条にいわゆる準強盗罪(現行法:事後強盗罪)の構成要件たる「暴行」とは、刑法第236条における「暴行」の意義との均衡上、相手方の抗争を抑圧する程度のものたることを要する
  • しかし、その抑圧とは、刑法第236条の場合には、財物奪取を防御するために消極的になされる反抗を圧伏することを意味するに反し、第238条の逮捕関係の場合には窃盗犯人を逮捕せんとして積極的に加えられる拘制を排除することを指称する
  • 従って、前者においては、財物奪取の目的に発するものであるのに、後者においては犯人自身の庇護を目的とするものであるから、等しく抑圧というも、各目的および方向上に彼此相違がある
  • 而して、その暴行が、逮捕のための拘制を抑圧する程度のものなりや否やは、具体的各場合の実情に照らして客観的に判断せらるベき事柄であり、その暴行を受けた者の被害に関する意識状態の如きはかかる判断の一基準たり得るに過ぎない

と判示しました。

どのような暴行・脅迫が『相手の反抗を抑圧するに足るもの』といえるか?

 どのような暴行・脅迫が、事後強盗罪における『相手の反抗を抑圧するに足るもの』であったといえるかについては、暴行・脅迫が行われた際において、

  • 日時・場所
  • 相手がどのような者であるか
  • 暴行・脅迫の手段、方法などがどのようなものであったか

など、諸般の状況によって異なります。

 具体的に、どのような暴行・脅迫が、事後強盗罪の成立が認められる『相手の反抗を抑圧するに足るもの』に当たるのかは、判例の傾向を追って理解することになります。

犯人の暴行が「相手の反抗を抑圧する」に至っていたとして、事後強盗罪の成立が認められた判例

①相手を殺害した行為

大審院判決(大正15年2月23日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗犯人が罪跡隠滅する目的をもって人を殺害したるときは、たとえ財物を得ざりし場合といえども、強盗をもって論ずべきものにして、刑法第240条の強盗致死罪を構成するものとす

と判示し、殺害行為を事後強盗罪を成立させる暴行と認め、死亡の結果が生じているので、事後強盗罪ではなく、強盗致死罪が成立するとしました。

②相手に対し包丁を投げつけた行為

大審院判決(昭和7年6月9日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗犯人、被害者よりその現行を発見誰何せられたるより、その逮捕を免れる目的をもって、所携(しょけい)の菜切包丁を相手方に向け、投げつけたる行為は、刑法第238条にいわゆる脅迫に該当する
  • 窃盗犯人、財物を得て、その取還(しゅかん)を防ぐか又は逮捕を免れる目的の下に、暴行又は脅迫を為したる時は、犯人が現実逮捕を免れたると否とを問わず、刑法第238条の既遂罪を構成す

と判示しました。

③相手を物干し竿を投げつけた行為

仙台高裁判決(昭和30年12月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、逮捕を免れるため、相手方の気勢を挫く手段として、物干し竿を相手方に投付けたり、それで突こうとしたりしたものである
  • この被告人の行為は、相手方の任意の意思の発動を抑圧するに足るべき強制となり得る手段たるものと認めるのが相当であり、刑法第238条にいう暴行脅迫に当たるものというべきである

と判示し、物干し竿を投げつけたり、突いたりしようとする行為は、事後強盗罪を認定するに足る暴行に当たるとしました。

④相手を殴った行為

福岡高裁判決(昭和31年1月21日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、逮捕を免かれるため、手拳をもって被害者Cの顔面を殴打し、よって傷害を加えたものであることが明白である
  • 窃盗犯人が、金品窃取の現場を発見追呼(ついこ)されて逃走し、その追呼の声に応じて引き続き追跡する者に対し、逮捕を免かれるために暴行を加えた場合は、刑法第238条所定の準強盗(現行法:事後強盗)の罪を構成するものと解すべきである
  • 右と同一の見解を採り、被告人の判示所為を刑法第240条前段の罪に問擬(もんぎ)した原判決は相当である

と判示し、相手を殴る行為は、事後強盗罪を認定するに足る暴行に当たるとしました。

⑤相手にかみついた行為

大審院判決(昭和8年7月18日)

 この判例は、窃盗犯人である被告人が、逮捕を免れるため、被告人を「泥棒!」と連呼した主婦の腕にかみつく暴行を加えた行為に対し、事後強盗罪が成立するとしました。

⑥相手に刃物で切りつけた行為

大審院判決(昭和8年6月5日)

 この判例は、窃盗犯人である被告人が、被告人の窃盗行為を目撃した追ってきたMに対し、逮捕を免れるため、草刈りの破片でMを切る付けて全治45日間の切創を負わせた行為について、事後強盗罪が成立するとしました。

⑦相手に対して刃物を振りまわして負傷させた行為

最高裁決定(昭和33年10月31日)

 窃盗犯人が、逮捕を免れるために、相手に対して刃物を振りまわして負傷させた行為について、裁判官は、

  • 窃盗犯人が、現行犯として被害者に一応逮捕せられ、警察官に引き渡されるまでの聞、被逮捕状態を脱するため、被害者に暴行を加え、これを傷害した場合は、刑法238条にいう「逮捕を免れ」るため暴行をなしたときとして、強盗をもって論ずべく、強盗が人を傷害したものとして同法240条前段を適用すべきこと原判示のとおりである

と判示し、刃物を振りまわして相手を負傷させた行為は事後強盗罪の暴行に当たるとしました。

犯人の暴行が「相手の反抗を抑圧する」に至っていないとして、事後強盗罪の成立が否定された判例

京都地裁判決(昭和53年1月24日)

 窃盗犯人が、追跡してきた者の顔面、頭部を数回殴った事案です。

 判決において、白昼、公道上での犯行であり、通行人らが窃盗犯人の逃走を妨害している状況にあり、被害者の年齢、性別及び現に逮捕意思を制圧されていなかったことなど諸般の事情を考慮すれば、暴行は未だ被害者の反抗を抑圧するに足るものとはいえないとして、被告人の暴行が「反抗を抑圧する程度」に至っていないとして、事後強盗罪の成立を否定し、窃盗罪と暴行罪の併合罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 逮捕者であるN自身暴行を受けたときの状況について「私は殴られましたが、相手が弱そうなので、別段痛いとも思わず、またこわいとも思いませんでした。ただ急になぐられたので若干ひるんだ程度で、むしろ私は腹が立ちましたので、Mに、おれを殴ったんやで、と二度ほど怒鳴って組みついて行きました。」旨供述しているところから、現実には逮捕意思を抑圧されていなかったものと認められる
  • そのほか、本件犯行の時刻が午前11時45分ごろであり、場所は公道上で人通りもあり、現に自転車に乗った通行人及びNの知人1名が被告人の逃走を妨害する行為に出ているような状況のもとで、逮捕者の顔面及び頭部を2回ないし3回手拳でなぐりつける行為は、逮捕者が年齢30歳のかつて陸上競技の選手をしていたことのある男子であり、駆けつけた警察官2名の姿を認めたためとはいえ、被告人は1、2分で抵抗をやめていること、欧打の結果も軽微に終っていることなどの諸事実に徴すれば、本件被告人の暴行が、逮捕者の逮捕意思を制圧するに足りる程度に達していたと断定することは困難である
  • よって、本件訴因を窃盗と暴行の併合罪と認定した

と判示しました。

福岡地裁判決(昭和62年2月9日)

 この判例は、窃盗犯人が、追跡してきた者Kの襟元付近をつかんで押し返すなどの暴行を加えた事案で、現場が交通量の多いところで、暴行時には周りに人だかりができており、 しかも被害者が過去に6回も、万引き犯人を逮捕した経験のある者で空手の修行を積んでいたことなどから、暴行は未だ被害者の反抗を抑圧するに足るものとはいえないとしまし、事後強盗罪の成立を否定し、窃盗罪と傷害罪の併合罪とました。

 裁判官は、

  • 事後強盗罪における暴行の程度は、同罪が強盗をもって論ぜられる以上、強盗罪におけると同程度のものであることを要するのであるが、強盗罪の暴行とはその目的、態様を異にすることから事後強盗罪にあっては、逮捕者の逮捕行為あるいは財物取還(しゅかん)を図る者の財物取還行為を抑圧するに足りる程度の暴行であることを要すると解される
  • 諸事情を総合考慮すると、被告人の本件暴行は、いまだKの逮捕行為、財物取還行為を抑圧するに足りる程度のものと認めるのは困難であるといわざるをえない

と判示しました。

浦和地裁判決(平成2年12月20日)

 この判例は、窃盗犯人が逮捕を免れる目的で私人2人に暴行を加え、傷害を負わせた事案で、事後強盗罪の成立が否定し、窃盗未遂罪と傷害罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 逮捕を免れる目的での事後強盗致傷罪が成立するための暴行は、事後強盗罪が強盗をもって論ずとされていることからして、相手方の逮捕力を抑圧すべき程度に達していることが要件とされるべきであるが、この程度は一般的抽象的に決すべきではなく、窃盗犯人が逮捕を免れようとしたときの具体的情況に照らしてこれを決すべきものである

と述べた上、

  • 各証拠によれば、Nは、I方北側路上において、被告人に顔面を殴打され左目がかすんだものの、被告人が逃げるのを見てすぐに追いかけ、T方東側空地において、被告人に再度顔面を殴打されたにもかかわらず、「暴れると殴るぞ。」と被告人を威圧していること
  • Sは、I方北側路上において、被告人に左腕を強く前方に引っ張られ、以前脱臼したことのある左肩関節を脱臼したものの、ほどなく自ら関節を元通りに入れて被告人を追いかけ、T方東側空地において、被告人と揉み合っているNの応援に駆けつけていること
  • 被告人は、T方東側路上において、抵抗したにもかかわらず、N、Sの両名にうつ伏せにされ顔面を土中に埋められる程に制圧され、逮捕されていること
  • 被害者はそれぞれ加療約3週間、全治約1週間の傷害を負ってはいるが、被告人の暴行それ自体はそれ程ひどいものではないこと
  • 被害者と被告人とは二対一であり、被告人は炭鉱夫、土工などして鍛えてあるとはいえ、66歳という高齢であるのに対して、Sは30歳で高校時代にレスリングの経験があり、Nは18歳の高校生であって、彼我の体力差があることなどが認められること

から、これらの事実に照らすと、被告人のS及びNに対する暴行が、右両名の逮捕力を抑圧するに足りる程度に達していたものとは認められないというべきであると判示しました。

大阪高裁判決(平成7年6月6日)

 この判例は、大規模スーパーマーケットで万引きをした後、両手がビニール袋等でふさがった状態で、サンダル履きの足を高く上げ、その足の裏で被害者の正面から胸の下付近を踏みつけるよらに1回蹴っただけであり、被害者である保安係は体格も比較的大柄で空手を学んだ経験もあったという事案で、被告人の暴行は被害者の反抗を抑圧する程度に至っていないから、事後強盗罪は成立せず、窃盗及び暴行罪が成立するにすぎないとしました。

 裁判官は、

  • (1)本件暴行は、両手がビニール袋等でふさがった状態で、サンダル履きの足を高く上げ、その足の裏で被害者の正面から胸の下付近を踏み付けるようにして1回蹴っただけのものであり、それ自体としては、さほど重い傷害を与えるような性質のものではないこと
  • (2)被告人の意図も、被害者が転倒している隙にB子を連れて逃走しようというものであって、右暴行によって被害者の逮捕意思を制圧しようというものではなかったこと
  • (3)被害者と被告人間には、年齢差、体格の違いがあるが、他方で、被害者は、同店の保安係として2年の経験を有し、声を掛けるまでの対応や転倒後の対応も落ち着いている上、体格も比較的大柄で、空手を学んだ経験もあったこと
  • (4)当時周囲には被告人らの逃走を防ごうとする者がいなかったにせよ、現場は大規模スーパーマーケットの広大な敷地内の通路上で、近くには自動車駐車場や自転車駐車場等があり、時間帯から見ても、被害者の逮捕意思等を低下させるような事情はなかったこと
  • (5)被害者がそれ以上被告人を追跡しなかったのも、B子が傍らに座り込んでいたため、既に共犯者の一人を確保できたも同然であったことが大きい理由であったと解されること

等の事情が認められ、これらを総合考慮すると、被告人の本件暴行は、いまだ被害者の反抗を抑圧するに足りる程度には至っていなかったと解するのが相当であると判示しました。

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