刑法(事後強盗罪)

事後強盗罪(9) ~共同正犯①「窃盗に関与していない者が、被害者に暴行・脅迫を加えた場合の事後強盗罪の共同正犯の成否」を判例で解説~

窃盗に関与していない者が、被害者に暴行・脅迫を加えた場合の事後強盗罪の共同正犯の成否

 窃盗犯人が財物を取得して被害者から追跡を受けている際、窃盗に関与していない者が、その情を知って被害者にその反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えた場合、窃盗に関与していない者は、事後強盗罪の共犯(共同正犯)に問われるかが問題になります。

 この点について、判例の判断は以下の①、②に分かれています。

  1. 窃盗犯人たる地位を刑法65条1項真正身分と解し、窃盗に関与していない者を事後強盗罪の共犯とする見解
  2. 暴行・脅迫罪を基本犯とし、 窃盗犯人たる地位を刑法65条2項の不真正身分と解し、窃盗に関与していない者には事後強盗罪の共犯が成立するが、刑法65条2項に基づき、その刑は暴行・脅迫罪にとどまるとする見解

① 窃盗犯人たる地位を刑法65条1項の真正身分と解し、窃盗に関与していない者を事後強盗罪の共犯とする見解と採った判例

大阪高裁判決(昭和62年7月17日)

 この判例は、窃盗の既遂の成立後、窃盗犯人と共謀の上、逮捕を免れる目的で暴行・脅迫に加担した場合、暴行・脅迫に加担した者に対し、事後強盗罪の共同正犯の成立するとしました。

 まず、原判決は、事後強盗罪の共同正犯の成立を否定し、傷害罪の共同正犯が成立するとしました。

 原審の裁判官は、

  • 被告人が、共犯者2名と共謀の上、サイドリングマスコット1個を窃取し、その直後、警備員Kから逮捕されそうになるや、逮捕を免れる目的で、Kに対し、こもごも殴る蹴るの暴行を加え、Kに加療約10日間を要する傷害を加えた旨の公訴事実(強盗致傷の共同正犯)に対し、共犯者2名は、被告人の窃盗が既遂に達したのちにこれに関与したものであって、窃盗の共同正犯ではない
  • かかる共犯者は、事後強盗の主体ともならないから、被告人ら3名について強盗致傷の共同正犯をもって擬律することは相当でない

との見解を示した上、

旨判示しました。

 この原審の判決に対し、高裁の裁判官は、

  • 共犯者2名が被告人の犯行に関与するようになったのが、窃盗が既遂に達したのちであったとしても、被告人らにおいて、被告人が原判示マスコットを窃取した事実を知った上で、被告人と共謀の上、逮捕を免れる目的で被害者に暴行を加えて同人を負傷させたときは、窃盗犯人たる身分を有しない被告人らについても、刑法65条1項60条の適用により(事後)強盗致傷罪の共同正犯が成立すると解すべきである
  • (なお、この場合に、事後強盗罪を不真正身分犯と解し、身分のない共犯者に対し、更に刑法62条条2項を適用すべきであるとの見解もあるが、事後強盗罪は、暴行罪、脅迫罪に窃盗犯人たる身分が加わって刑が加重される罪ではなく、窃盗犯人たる身分を有する者が、刑法238条所定の目的をもって、人の反抗を抑圧するに足りる暴行、脅迫を行うことによってはじめて成立するものであるから、真正身分犯であって、不真正身分犯と解すべきではない。従って、身分なき者に対しても、刑法62条条2項を適用すべきではない)
  • 傷害罪の限度でのみしか刑法60条を適用しなかった原判決は、法令の解釈適用を誤ったものといわなければならないが、原判決は、被告人自身に対しては刑法240条238条)を適用しているのであるから、右法令の解釈適用の誤りが、判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるとはいえない

と判示し、窃盗には加担していないが、逮捕を免れる目的で暴行・脅迫を行う行為に加担した共犯者に対し、事後強盗罪の共同正犯が正立することを前提に、窃盗被害者が傷害を負っているので、強盗致傷罪が適用され、強盗致傷罪の共同正犯が成立するとするのが正しい判断であるとしました。

② 暴行・脅迫罪を基本犯とし、 窃盗犯人たる地位を刑法65条2項の不真正身分と解し、窃盗に関与していない者には事後強盗罪の共犯が成立するが、刑法65条2項に基づき、その刑は暴行・脅迫罪にとどまるとする見解を採った判例

新潟地裁判決(昭和42年12月5日)

 窃盗犯人である共犯者がタイヤを窃取し、窃盗犯人でない被告人Aが、窃盗犯人である共犯者の逮捕を免れさせる目的で、窃盗犯人と共謀のうえ、追跡者に暴行を加え傷害を負わせた事案です。

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人は、ビール飲酒後、漸次車中で仮睡に陥り、相被告人(共犯者)Aらのタイヤ窃盗行為には全く加担していなかったものと認めるのが相当である

とし、 窃盗犯人たる地位を刑法65条2項の不真正身分と解し、Aには事後強盗罪の共犯が成立するが、刑法65条2項に基づき、Aに科す刑は、事後事後強盗罪ではなく、傷害罪にとどまるとしました。

東京地裁判決(昭和60年3月19日)

 窃盗犯人でない被告人Tが、窃盗犯人である被告人Aと意思連絡の上、財物の取還(しゅかん)を防ぐため、被害者に傷害を負わせた事案です。

 裁判官は、

  • 検察官は、被告人Aと被告人Tの間には、被告人Aが被害者から金員窃取する際、金員窃取についての暗黙の共謀があり、金員窃取後、更に窃取にかかる金員の取還を防ぐため、被告人両名が意思を相通じ、被害者に暴行を加え、傷害の結果を惹起しているのであるから、被告人Tも強盗致傷罪の罪責を負う旨、また、仮に金員窃取についての共謀が認められないとしても、被告人Tは、被告人Aが被害者から金銭を窃取したことを目撃し、その一部の分配を受けた後、被告人Aと窃取にかかる金員の取還を防ぐ目的で意思を相通じ、被害者に暴行を加えており、その結果傷害が発生しているのであるから、承継的共同正犯として強盗致傷罪の罪責を負う旨主張する
  • しかしながら、当裁判所は、検察官主張の窃盗の共謀は認められず、この点は、被告人Aの単独犯行であり、被告人Tは、単に被告人Aが被害者の財布から現金を抜き取った事実を目撃しながら、その取還を防ぐ目的で、被告人Aと意思を相通じ、被害者に暴行を加え、その結果、傷害が発生した事実が認められるだけであって、被告人Tには、非身分者の身分犯への加工として強盗致傷罪が成立するものの、刑は傷害の限度にとどまると判断した
  • 被告人Tは、被告人Aが事後強盗罪の構成要件の一部である窃盗を終了してから、被告人Aの行った窃盗の結果を十分認識して、窃盗にかかる金銭(飲み代)の取還を防ぐべく、被告人Aと意思相通じて被害者に暴行を加え、その結果、傷害が生じているので、承継的共同正犯として強盗致傷の罪責を負うとの考え方もあり得よう
  • しかし、事後強盗罪は、窃盗という身分を有する者が主体となる身分犯の一種であって、被告人Tは、その身分がないのであるから、本件では、承継的共同正犯の問題ではなく、共犯と身分の問題として把握すべきであり、この解決が本件事案の実態に即しているものと考える
  • それ故、身分のない被告人Tには、刑法65条1項により強盗致傷罪の共同正犯となるものと解するが、その刑は、同法65条2項によって傷害の限度にとどまると判断するのが相当である

と判示し、 窃盗犯人たる地位を刑法65条2項の不真正身分と解し、Aには事後強盗罪の共犯が成立するが、刑法65条2項に基づき、Aに科す刑は、事後事後罪ではなく、傷害罪にとどまるとしました。

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