殺人罪における共犯からの離脱
殺人罪における共犯からの離脱について説明します。
まず、共犯から離脱する方法を説明します。
共犯から離脱する方法は、
- 犯行着手前に共犯から離脱する方法
- 犯行着手後に共犯から離脱する方法
の2つのパターンがあります。
共犯から離脱する方法
① 犯行着手前に共犯から離脱する方法
たとえば、犯人A、B、Cの3人が「あの店から宝石を盗もう」など言って共謀したとします。
犯行に着手する直前で、犯人Cが「犯行から離脱したい」と思ったときに、犯人Cは何をすれば、共犯から離脱したと認められるでしょうか?
このときの共犯からの離脱の方法は、判例で示されており、その方法は、
- 離脱者が他の共犯者に「共犯から離脱する」旨の意思表示を行う
- 他の共犯者が、離脱の意思表示を了承する
の2点になります(東京高等裁判所 判例 昭和25年9月14日)。
② 犯行着手後に共犯から離脱する方法
犯行着手後に共犯から離脱する要件は、犯行着手前に共犯から離脱する要件よりも厳しくなります。
犯行着手後に共犯から離脱するには、
他の共犯者が犯行を実行しないように、犯行を防止する措置を講じる
という要件が必要になります。
たとえば、
強盗着手後に被害者に同情して、他の共犯者に現金を受領しないように言って立ち去るだけ(最高裁判所 判例 昭和24年12月17日)
とか
犯人AとBが被害者に暴行を加え、暴行の途中で犯人Aが「おれ帰る」といって現場を立ち去るだけ(最高裁判所 決定 平成元年6月26日)
では、共犯からの離脱は認められず、犯行全部について責任を負うことになります。
犯行着手後は、犯行着手前の離脱のように、共犯からの離脱の意思表示をして、承諾を得るだけでは足りません。
殺人罪において、共犯からの離脱が争点となった裁判例
殺人罪において、共犯からの離脱が争点となった裁判例として、以下のものがあります。
広島地裁判決三次支部判決(昭和33年4月25日)
暴力団組員数名で報復殺人を計画し、Aは被害者の所在をとらえて通報する役割を負っていたところ、2回にわたり被害者を探し歩いたが、Aはいざとなって加担に躊躇し、積極的な手立てをしなかったために目的を達せず、後日、A抜きで殺害を実行したという事案です。
裁判官は、
とし、共犯からの離脱を認めませんでした。
松江地裁判決(昭和51年11月2日)
暴力団の若頭と組員が共謀し、対立グループの暴力団の頭を刺殺した事案です。
離脱しようとする者が、共謀者団体の頭で他の共謀者を統制支配し得る立場にある者であれば、離脱者において共謀関係がなかった状態に復元させなければ共謀関係の解消がなされたとはいえないとし、暴力団若頭の地位にある被告人が、対立関係にある暴力団組員殺害を配下の者らと共謀したが、若頭補佐が犯行現場に向かう際、一応皆を連れて帰るよう指示しただけで、当時、現場付近に他の共謀者らが参集し、殺害行為が行われる危険性が十分感じられたのに、自ら現場に赴いて他の共謀者らを連れ戻すなどの積極的行動を採らず、むしろ内心実行行為が行われることを期待していた節もあるとして、共謀関係からの離脱を認めなかった事例です。
裁判官は、
- 一般的には犯罪の実行を一旦共謀したものでも、その着手前に他の共謀者に対して自己が共謀係から離脱する旨を表明し、他の共謀者もまたこれを了承して残余のものだけで犯罪を実行した場合、もまや離脱者に対しては他の共謀者の実行した犯罪について責任を問うことができないが、ここで留意すべことは、共謀関係の離脱といいうるためには、自己と他の共謀者との共謀関係を完全に解消することが必要であって、殊に離脱しようとするものが共謀者団体の頭にして他の共謀者を統制支配しうる立場にあるものであれば、離脱者において共謀関係がなかった状態に復元させなければ、共謀関係の解消がなされたとはいえないというべきである
- 本件においては、被告人Sは、T組若頭の地位にあって組員を統制し、被告人Sを中心としてK殺害の共謀がなされていたのであるから、仮りに被告人Sがこの共謀関係から離脱することを欲するのであれは、既に右共謀に基づいて行動を開始していた他の被告人らに対し、K殺害計画の取止めを周知徹底させ、共謀以前の状態に回復させることが必要であったというべきところ、被告人Sは、被告人Mが犯行現場に向う際、一応皆を連れて帰るよう指示したのみで、当時、右現場付近に他の被告人らが参集し、K殺害の危険性が充分感ぜられたにもかかわらず、自ら現場に赴いて同所にいる被告人らを説得して連れ戻すなどの積極的行動をとらず、むしろ内心被告人Mらの実行行為をひそかに期待していたとみられるふしもあるのである
- してみれば、結局、被告人Sにおいて共謀関係の離脱があったと認めることはできないから、被告人Sを除いたその余の被告人らにおいて、本件犯行の実行担当者や実行方法につき新たな共謀がなされ、これに基づいて右犯行が実行されたものであるにしても、被告人Sはこれが刑事責任を免れることはできないというべきである
と判示しました。
東京地裁判決(平成7年10月13日)
殺意をもって共同で暴行を加えた被害者を放置して現場を離れた後、共犯者の一部が現場に戻ってとどめの暴行を加えて死亡させた場合について、当初の暴行後に共犯関係が解消したとは認められないとして、後の暴行に加わっていない者(被告人A)についても殺人罪が成立するとされた事例です。
裁判官は、
- 被告人Aが、Fに焼きを入れるという当初の謀議から当初の共同暴行終了に至るまで、一貫して重要かつ主導的役割を果たしたこと、したがって、共同暴行終了の時点で、Fが瀕死の重傷を負って身動きもできない状態となったことにつき、被告人Aの寄与度は極めて大きかったこと、Eは、当初の共同暴行終了後まもなく、犯行現場からほど近い場所で、被告人Aも近くにいる時に、とどめの共同暴行の命令を下しており、右命令は被告人Aを特に排除した上でなされたものではないこと、被告人Aも、Gや被告人Bが再び犯行現場に戻ったことは知っており、右両名によりFにさらに危害が加えられるおそれがないとはいえなかったにもかかわらず、そして、その両名の行動を規制し得る立場にあったにもかかわらず、彼らの行動に格別配慮することもなく成り行きに任せていたこと、とどめの共同暴行の前後を通じて、被告人ら5名のグループは解散されていなかったことが明らかである
- これらを総合考慮すると、被告人ら5名が当初の共同暴行終了後に犯行現場から離れた時点で、それまでの5名間の共犯関係が解消したなどということはできず、その後のとどめの共同暴行も、当初の共同暴行の余勢を駆って、その共謀の目的を完遂するためになされたものであり、当初の共同暴行に際して形成されたF殺害の共謀に基づくものとみるのが相当である
- したがって、被告人Aもとどめの共同暴行及びこれにより生じた結果についての罪責を免れないことになる
と判示しました。
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