刑法(殺人罪)

殺人罪(46) ~殺人未遂罪②「不作為による殺人の場合の実行の着手時期と殺人未遂罪の成立事例」を解説~

不作為による殺人の場合の実行の着手時期と殺人未遂罪の成立事例

 不作為による殺人の場合の実行の着手時期は、

死の結果発生の具体的危険性と結果防止の可能性(作為可能性)が存在し、作為義務者がそのことを認識しながら、結果防止のための作為をなすに必要な時間を不作為のまま経過した時

と解されます(不作為による殺人については前の記事参照)。

 不作為による殺人罪の未遂を認定している以下の3つの裁判例があります。

 いずれの裁判例も、上記「不作為による殺人の場合の実行の着手時期」の基準に照らし、いずれも

被害者を放置した時点

において、実行の着手を認めることができる事案といえます。

① 前橋地裁高崎支部判決(昭和46年9月17日)

 下半身不随で歩行不能の老齢の被害者をだまして自動車に乗せ、寒さの厳しい冬の深夜に、人家から離れた人気のない積雪のある山中に連れ出し、所持金を奪ったうえ、同所に放置すれば凍死若しくは川に転落して溺死するかもしれないことを認識しながら、所持金奪取の犯行が発覚するのを恐れるあまり、連れ帰らず同所に放置したが、被害者がはって山小屋にたどり着き生命は助かったという事案で、不作為による殺人未遂罪が成立するとしました。

② 横浜地裁判決(昭和37年5月30日)

 轢き逃げをして、被害者をその場に放置し、死亡させた事案です。

 貨物自動車の運転手である被告人Aと上乗りの被告人Bが、上乗りで運転免許のないCに無免許運転を教唆し、Cの運転で進行中、前方不注視の過失により自転車で対向してきた被害者に衝突して加療約3か月を要する頭蓋骨骨折、右正中神経麻痺等の傷害を負わせたが、被害者を救護すべく貨物自動車の助手席に乗せて6、7km通行したところで、無免許運転や事故の犯行の発覚を免れるため、被害者を路上に置去りにすることをABC3名で共謀し、さらに9キロメートル走行し、人家から離れた畑の中の県道上に被害者を放置して逃走したが、たまたま被害者が意識を回復して最寄りの人家に救護を求めたため助かったという事案で、未必の殺意による殺人未遂罪が成立するとしました。

③ 浦和地裁判決(昭和45年10月22日)(控訴審:東京高裁判決 昭和46年3月4日)

 午後11時すぎ頃、交差点で前方注視を怠った過失により横断中の歩行者をはねて約6か月の入院加療を要した左大腿骨複雑骨折等の傷害を負わせ、被害者を病院に運ぶため、自車の助手席に乗せて走行中、事故の発覚を免れるため被害者を人通りのない場所に運んで置去りにしようと決意し、事故現場から約2.9キロメートル離れた人車の交通がない場所の道路脇のくぼみに、失神している被害者を放置したが、被害者を探しに来た家人が被害者を発見したため死を免れた事案で、未必の殺意による殺人未遂罪が成立するとしました。

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