刑法(失火罪)

失火罪(4)~「火災の発生につき過失が認められ、失火罪が成立した事例」を説明

 前回の記事の続きです。

火災の発生につき過失が認められ、失火罪が成立した事例

 火災の発生につき過失が認めら、失火罪(刑法116条)が認められた事例として以下の判例・裁判例があります。

最高裁判決(昭和27年6月24日)

 夫との間に円満を欠いていた被告人につき、一般通常人の注意をもってすれば、当時夫が睡眠剤を嚥下昏睡状態となっていたことを容易に認識し得たとして、夫の容態を確認せず、かつ火気の適当な措置を怠って外出した点に過失を認めました。

東京地裁判決(大正15年6月5日)

 ペンキを焼いてはがず作業に従事中の被告人につき、ガスランプの炎が壁土の剥がれ落ちた間隙等から内部に吸引されるおそれのある場合に、鉄扇を火炎の先に当てて火の飛散を防止するなどの措置に出なかった点に過失を認めました。

東京高裁判決(昭和34年9月30日)

 自宅と接着する隣家の屋根が杉皮(ぶき)であることを知っており、かつ自宅の煙突から火の粉が出ることがあることを注意されたことのある被告人につき、裁判官は、

  • 被告人は同人の居宅と接着する隣家の屋根が杉皮葺であるととを知っており、かつ被告人方の煙突から火の粉が出ることを注意されたことがあるにかかわらず、被告人は何らこれに対して注意をなさなかつたことが認められる
  • かかる場合においては、例えば煙突の構造を考慮するとか、燃料の選択ないしはそのたき方等に留意するとか要するに火の粉の飛散によって生ずることのあるべき火災の発生を防止するに必要な注意をなすべきは、社会生活を営む一般通常人として通常の生活を営む場合にとるべき注意義務であるというべきである
  • しかるに風呂釜は今流行のものであるし、煙突は傘もあり高さも高いので何らの危険はたいものと思い、しかも他人からの注意にも耳をかさず、別に気にしなかつたといい、ないしは被告人が原審公廷において及び検察官に対し述べた如く、たきつけに紙、割ばし、魚の空箱を用いたという如き、まさに一般通常人が認識し、あるいは当然認識し得べかりし危険発生の恐れをその不注意により認識しなかったことに帰し、この場合こそ被告人の過失があったものといわざるを得ない

と判示しました。

名古屋高裁判決(昭和31年10月22日)

 被告人両名が事務室に素焼きコンロ2個を持ち込み、これをラワン材敷台の上に置き、普段より多量に炭火を入れて煮炊きをした後、炭火が完全に消火したことを確認しないで帰宅した事案につき、情況証拠のみにより、右ラワン材敷台が過熱して発火し、付近の衝立に燃え移り、順次、事務室から建物に燃え広がったとして被告人両名による失火罪を認めるとともに、これにつき被告人両名に共同正犯の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和43年1月31日)

 製菓会社の工場長として、工場建物の機械等施設全般の安全を確保する責任を負い、かつ機械の内部が引火しやすい状況にあることを知っていた者が、工場内でその機械の修理を業者に施行させるに当たり、自ら右修理の施行に立ち会い、かつ事実上これを補助していた場合には、右修理作業中になされた電気熔断の際、機械内部に落下する火花から火災が発生することを防止するため必要な措置を講ずべき注意義務があり、これを怠ったため、右火花から機械内部の金属に付着している食用油に浸み込んだ菓子粉等に引火し火災を生ずるに至らせたときは、刑法116条1項の失火罪が成立するとしました。

大阪地裁判決(昭和32年5月28日)

 可燃物が雑然と入っている押入の中にたばこの吸がらを投棄すれば、引火して家屋を焼損するかもしれないと認識していたが、まさか火事になるまいと考えた被告人が、たばこの吸がらを敷居付近ですり消しただけで十分消えていないことを確認せず、右押入に吸がらを放り込んで外出したため、右吸殻から可燃物に引火して右家屋の一部を焼損した行為は、未必の故意ある放火ではなく、認識ある過失による失火であるとしました。

東京高裁判決(昭和61年10月9日)

 他人の物置小屋を焼損したとする建造物等失火事件につき、裁判官は、

  • 証拠によると、本件焼却場所から北方数メートルの所にあるの木及び南方数メートルの所にあるの木(いずれも高さ約8メートル)の上部の葉が枯れたように変色しており、これはたき火によるものと認められる
  • これからすると、たき火の炎の高さは、7ないし8メートルにも上ったと推認され、その炎熱は800ないし1000度に及んでいたと推測されているのであり、その熱の輻射により本件小屋内部は長時間にわたって加熱・蓄熱され、これによって本件小屋内にあった古新聞等の可燃物がすべて加熱されて水分が蒸発し、分解が始まり、炭化が始まって終了し、その温度が430度程度に上がって口火がなくても発火する状態となり、ついに一気に燃え上がったものと推認するのが合理的である
  • と判示して、出火原因を被告人が解体した家屋の廃材の焼却によって生じた輻射熱によるものと認定しました。

東京高裁判決(昭和53年9月21日)

 工場内で使用したガスコンロの消火を忘れて帰宅したため、コンロに乗せていた湯沸し用の空が空だきとなり、これが原因で出火した事案につき、弁護人の火災発生の予見可能性がなかったとの主張に対し、裁判官は、

  • 原審公判の途中までは、空罐の空だき1個よる過熱から、約10センチメートル離れた間仕切りの板壁に直接着火する可能性があると考えられていたこと、及び、その後これが弁護人主張のような経過により、空罐の空だきによるガスコンロの過熱から下敷のラワン材に着火したと変更され、その旨の訴因変更手続がとられたものであるところ、それも公訴提起後5年以上もたってからのことであつたことは、いずれも記録上明らかである
  • しかし、本来、結果の予見可能性の有無は、具体的な因果関係の進行について考えられるべきものではあるが、予見可能性があったというためにも、行為者において、結果発生の経過のすべてにわたって逐一詳細に予見しうる場合である必要はなく、その重要な部分について予見しうれば足りるものと解すべきである
  • これを本件についてみるに、ガスコンロの上に水を入れた空罐を乗せ、これに点火したまま長時間放置すれば、やがて右空罐の水が沸騰蒸発して、いわゆる空だきの状態となり、順次右空罐とか、ガスコンロ自体とかが過熱し、その結果、結局約10センチメートル離れた間仕切りのベニャ板壁に着火発炎するに至る可能性があることを予見しうれば足りるのであって、その場合、ガスコンロ脇のベニヤ板に直接着火発炎するか、あるいは、ガスコンロ下に敷いたラワン材に一旦着火発炎したのち、原判決説示のような経過により右ベニヤ板に着火発炎するかという経過の詳細までは、予見が可能である必要はないというべきである

と判示して、予見可能性を肯定し、失火罪が成立するとしました。

名古屋地裁判決(昭和59年4月25日)

 多数の死傷者を出したビジネスホテルの火災事故につき、出火原因を、ヘアドライヤーを使用した後、電源との接続を断たないで可燃物である敷布団に接近させて放置した従業員の過失にあると認定しました。

高崎簡裁判決(昭和62年2月10日)

 たき火の残り火が原因で付近に放置されていた古材数本が延焼したが、古材の消火が不十分なため建造物の火災が発生した事案につき、古材を掘り起こす等して消火を積極的に確認すべき注意義務があるとし、失火罪が成立するとしました。

大阪高裁判決(昭和62年8月26日)

 休耕田の雑草を燃やした後の残り火が付近の建物に燃え移り火災が発生した事案につき、雑草を燃やした者の過失を認め、失火罪が成立するとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

  • 火災の発生につき過失が否定され、失火罪は成立しないとされた事例

について書きます。

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