前回の記事の続きです。
他の損壊罪との関係
器物損壊罪は、損壊罪の補充法であるので、
が成立するときは、法条競合(補充関係)により、器物損壊罪は成立しません。
また、特別刑法の定める器物損壊罪(暴力行為等処罰に関する法律違反:1条、消防法違反:39条など)が成立するときも、法条競合により、一般法(刑法)である器物損壊罪は成立しません。
※ 詳しくは前の記事参照
この点、参考となる裁判例として以下のものがあります。
火災報知機を不正に使用されることから防止するとともに、機器内に雨水、ほこり、湿気、こん虫等が入って報知機の機能に影響を与えるこをがないように機器を保護する火災報知器の覆いガラスを破壊した行為について、裁判官は、
- 消防法39条にいう火災報知機の損壊とは、同法の目的並びに火災報知機の機能及び構造に照らし、火災報知機の主要部分を損傷して、その機能に直接障害を及ぼした場合に限られず、同報知機の一部に損傷を加えて、報知機の機能に障害を招来するおそれのある状態を顕出させた場合をも包含するものと解するのが相当であり、本件被告人のように、主当の理由なくして火災報知機の覆いガラスを破壊した場合も、正に火災報知機を損壊したものとして、一般法である刑法の規定に優先して、特別法である消防法39条の規定の適用がある
と判示し、火災報知機に保護板として取り付けてあるいわゆる覆いガラスをみだりに損壊したときは、器物損壊罪ではなく、消防法第39条にいう火災報知機損壊の罪が成立するとしました。
行為態様として損壊行為が想定される他罪との関係
器物損壊罪と、行為態様として損壊行為が想定される他罪…例えば、
などとの関係については、多少争いがあります。
他罪の法定刑と比較し、器物損壊罪の法定刑が重い場合には他罪との観念的競合を認め、他罪の法定刑が器物損壊罪の法定刑より重い場合には、器物損壊罪は他罪に吸収されるとする説があります。
この説は、保護法益のとらえ方の暖昧さによる基準の不明確さを排除して明確な基準を提供するものではありますが、保護法益の違いを考慮することなく、法定刑の軽重のみで吸収関係を認めることは相当でないとする批判的意見もあります。
この点につき、明確な答えはありませんが、どのように考えるかは判例・裁判例の傾向をつかんで理解することになります。
裁判例
土地の境界である石垣を削り取ったことにより土地の境界の認識を不能ならしめた行為について、境界損壊罪(刑法262条の2)と器物損壊罪とは観念的競合となるとしました。
大阪高裁判決(昭和58年8月26日)
他人の土地を掘削してその土砂を他に搬出し(器物損壊罪、不動産侵奪罪:刑法235条の2)、その掘削部分を含む土地に多量の産業廃棄物を投棄(産業廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反:16条、不法投棄)した事案です。
器物損壊罪と不動産侵奪罪は観念的競合であるとし、不動産侵奪罪と廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反(不法投棄)は併合罪であるとしました。
※ 土地(不動産)も器物損壊罪の客体になることにつき、前の記事参照
裁判官は、
- 論旨(※弁護人の主張)は、不動産侵奪の既遂時期以降の器物損壊は不可罰的事後行為であり、器物損壊罪の成立する余地はなく、また器物損壊と不動産侵奪とが1個の行為で2個の罪名に当るとして刑法54条1項前段(※観念的競合)を適用した原判決には法令適用の誤があるという
- しかし、本件土地全域に対する不動産侵奪の既遂時期は昭和57年4月5日と認めるのが相当であるから所論のように器物損壊について不可罰的事後行為を問題にする余地はなく、また原判示所為が器物損壊の実行行為であると同時に、不動産侵奪のそれでもあるから、これに刑法54条1項前段を適用した原判決には所論のような法令適用の誤は存しない
- 更に論旨(※弁護人の主張)は、産業廃棄物処理のために不動産侵奪罪を犯したとして被告人の刑責を問う場合、廃棄物処理法違反罪はこれに吸収され、別に廃棄物処理法違反罪をもって処断することは許されないという
- しかし、不動産侵奪罪は不動産所有権の保護を目的とし、同罪の態様は不法領得の意思で、不動産に対する他人の占有を排除し新たに自己の占有を設定するものであるのに対し、廃棄物処理法違反罪の保護法益は業者による産業廃棄物の処理を適切に行い、環境汚染の原因を除去して生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とし、同違反罪の態様は都道府県知事(本件においては市長)の許可を受けないで業として産業廃棄物の処分を行うというものであって、両罪は保護法益及び犯罪態様を全く異にしており、一方が他方を吸収する関係にあるとは認められないのであるから、両罪が成立し両者は併合罪の関係にあるとした原判決には所論のような法令適用の誤は存しない
と判示しました。
器物損壊罪の保護法益と異なる法益の保護を目的とする他罪との関係
器物損壊罪の保護法益と異なる法益の保護を目的とする他罪との関係は観念的競合になるとするのが相当であるとされます。
例えば、
- 外国国章損壊罪(刑法92条)
- 封印等破棄罪(刑法96条)
- 強制執行妨害目的財産損壊罪(刑法96条の2)
- 加重封印等破棄罪(刑法96条の5)
- 加重逃走罪(刑法98条)
- 騒乱罪(刑法106条)
- 消火妨害罪(刑法114条)
- 水防妨害罪(刑法121条)
- 往来妨害罪(刑法124条)
- 往来危険罪(刑法125条)
- 水道損壊罪(刑法147条)
が挙げられます。
器物損壊罪と殺人罪、傷害罪、暴行罪との関係
刺殺、傷害、暴行の場合における殺人罪(刑法199条)、傷害罪(刑法204条)、暴行罪(刑法208条)と衣服等に対する器物損壊罪の関係について説明します。
刺殺、傷害、暴行を行えば、被害者の衣服等の損壊を伴うのが通常であり、殺人罪、傷害罪、暴行罪の罰条が予定する違法内容の範囲内であることから、包括一罪たる吸収一罪とすべきとされます。
参考となる判例として以下のものがあります。
東京地裁判決(平成7年1月31日)
眼鏡をかけた人の顔面を手拳で殴打し、傷害を負わせるとともに眼鏡レンズを損壊した行為を観念的競合として起訴した事案で、傷害罪と器物損壊罪がともに成立するのではなく、傷害罪によって包括的に評価されるとした事例です。
裁判官は、
- 眼鏡レンズの損壊は、顔面を手拳で殴打して傷害を負わせるという通常の行為態様による傷害に随伴するものと評価できること、傷害罪と器物損壊罪の保護法益及び法定刑の相違に加え、本件における結果も、傷害は加療約2週間を要する顔面挫創兼脳震盪症等であるのに対し、レンズ破損による被害額は1万円であることに照らすと、本件のような場合は検察官主張のような観念的競合の関係を認める必要はなく、重い傷害罪によって包括的に評価し(量刑にあたってレンズを破損させた点も考慮されることはもちろんである)、同罪の罰条を適用すれば足りる
と判示しました。
内乱罪(刑法77条)、建造物等以外放火罪(刑法110条)との関係も同様と考えられます。
動物の愛護及び管理に関する法律との関係
他人が飼っている愛護動物(動物の愛護及び管理に関する法律44条4項)を殺傷した場合にも同法44条1項の罪(5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)と器物損壊罪が成立し、両罪は観念的競合となります。