刑事訴訟法(捜査)

逮捕・勾留の効力範囲④~「『別件逮捕・勾留』とは?」「『別件逮捕・勾留』が違法となるか否かの考え方」を説明

 前回の記事の続きです。

「別件逮捕・勾留」とは?

 「別件逮捕・勾留」とは、

いまだ重大なA事件(本件)についての嫌疑が十分でないため、逮捕・勾留の要件を具備していないのに、専らA事件を取り調べる目的で、逮捕 ・勾留の要件を具備している軽微なB事件(別件)で逮捕・勾留し、その期間の全部あるいは大部分をA事件についてのみ取り調べる場合

をいいます。

 「別件逮捕・勾留」について、最高裁決定(昭和62年8月9日)は、

いまだ証拠のそろっていない 「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠のそろっている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとした捜査方法をいう

としています。

「別件逮捕・勾留」が違法となるか否かの考え方

 別件逮捕・勾留は、裁判官が発した犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されないとした憲法33条の定める令状主義を潜脱するものではありませんが、

  • 別件に引き続く本件での逮捕・勾留が刑事訴訟法203条以下の逮捕・勾留に関する時間制限を潜脱するものではないか
  • 憲法38条2項に反し逮捕・勾留を自白獲得の手段とするものではないか

などとして、その違法性が問題とされています。

 具体的には、「別件逮捕・勾留」による捜査方法に対しては、

  • 別件による第一次逮捕・勾留の違法性
  • 別件による第一次逮捕・勾留中の本件取調べの可否
  • 第一次勾留に引き続いて行われる本件による第二次逮捕・勾留の違法性

が問題になるとされます。

判例・裁判例

1⃣ 別件逮捕・勾留による取調べが違法とされ、被告人の自白調書の証拠能力が否定された裁判例として以下のものがあります。

東京地裁判決(昭和42年4月12日)

 強盗強姦罪、強盗殺人罪の事案で、違法な別件逮捕・勾留中になされた被告人の自白の任意性を否定し、被告人の自白調書の証拠能力ないなどとし、無罪を言い渡した判決です。

 被告人の自白調書の証拠能力について、裁判所は、

  • 検察官は、被告人の検察官に対する供述調書は任意になされた供述を録取したものであると主張し、弁護人は、被告人の検察官に対する供述調書は、違法な別件逮捕及びそれに続く違 法な勾留中に作成されたものであり、かっ、司法警察員の暴行・脅迫誤導等に基づく無理な取調の影響が未だ消滅しない間に行なわれた供述を基礎としているから、任意性を欠くものである、と主張する
  • 捜査当局においては、当初被告人に対し、本件の強盗強姦・強盗殺人事件について逮捕できる程度の確実な具体的証拠の収集ができなかったので、まず、詐欺事件について逮捕令状を求め、被告人の身柄を拘束したことは、前記第ニの四で認定したとおりであり、《証拠略》を総合すると、詐欺事件により被告人を逮捕した日の翌2月16日に、司法警察員Kが詐欺の被疑事実について取調をなし、その供述調書を作成した以外、本件強盗強姦・強盗殺人事件の逮捕状が執行された同月22日午後5時までの間その全部を本件の取調にあてたこと、その間取調のため取調官の面前にいたと認められる時間は、取寄せた留置人出入簿によると、合計69時間19分、詐欺事実の取調のための時間は僅かに3時間42分程度で、その余の時間は全部本件取調のため使用されたこと、その間の同月18日夕刻被告人が本件犯人である旨を自白するに至ったので、翌19日午前0時40分にかけ供述調書2通が作成されたこと、同日A警部は右自白調書を持参したうえ、東京地方検察庁検事Yに、本事件につき逮捕状を請求し詐欺事件から本事件に令状を切替えるにつき相談した際、同検事より、事件の性質上もっと慎重に取調をしたうえで切替えた方がよい、といわれたが、新聞記者に感付かれているので是非切替えたい、と強く警察側の要請を述べ、結局、右令状切替えの賛同を得たうえ、あらかじめ、本件逮捕状を執行した場合の詐欺事件の勾留の保釈指揮をも受け、他方同検察庁令状課釈放係も釈放印を押捺して釈放したものとして取扱ったこと、ところが同日夜に なって、警察官らは、本件逮捕状の発付を得たが、一両日その執行をおくらせたい旨同検事に連絡して、右の保釈指揮印、釈放印を抹消させたうえ、改めて同月22日本件逮捕状を執行し、詐欺事件の釈放をしたが、その間従前の詐欺事件の勾留を利用して本件の取調を続行したこと、同月24日本件につき勾留が認められ、同年3月5日には更に10日間の勾留延長が認められ、同月15日本件を起訴し、詐欺事件については同月25日起訴猶予処分に付されたことをそれぞれ認めることができる
  • 右認定事実及び第ニの四の被告人が検挙されるに至った経緯の項において認定した事実に鑑みれば、本件においては、当初被告人に対し、本件強盗強姦・強盗殺人事件について逮捕できる程度の確実な具体的証拠の収集ができなかったので、捜査当局は、まず、詐欺事件について逮捕令状を求めて身柄を拘束し、その逮捕、勾留の期間のほとんど大部分を本件の取調に流用して被告人から本件につき自供を得、これに基づいて本件の逮捕令状、勾留状の発付を得たもので、しかも、当初より専ら本件捜査に利用する目的のもとに、前記認定のような単なるつけの未払にすぎないとも思われるような無銭飲食詐欺事実を探し出して来て逮捕、勾留するという意図をも明白に認めることができるのであって、いわば不当な見込捜査であり、いわゆる違法な別件逮捕、勾留に該当するものというべきである
  • 当裁判所は、捜査当局たる司法警察員が右違法な逮捕、勾留を利用し、前記のとおり、60数時間の長時間にわたり、本件につき被告人を取り調べたこと、披告人の当公判廷における供述その他本件にあらわれた証拠によれば、その取調の方法にも妥当でないものがあった疑があったことを理由として、昭和41年10月15日の第10回公判において、同年2月18日から同年3月7日までの間に作成された被告人の司法警察員に対する供述調書9通及び司法警察員作成の捜査報告書添付の被告人作成の上申書1通につき、すべて、被告人の供述の任意性につき疑があるとして却下したのである

と述べ、司法警察員に対する被告人の供述調書は任意性に疑ありとして証拠から排除するなどし、

  • 以上、本件においては被告人を真犯人とするにきめ手となるべき確実な具体的証拠がなく、ただ被告人の捜査段階における自白のみが被告人と本件犯罪事実とを結びつける証拠であるが、その自白については、前記のとおり、信用性に疑問があるのであって、これを十分な証拠価値あるものとは認め得ないから、結局、本件犯罪の証明は不十分であるといわざるを得ない
  • よって、刑事訴訟法第336条により、被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する

と判示しました。

東京地裁判決(昭和45年2月26日)

 放火罪、放火未遂罪の事案で、被告人の自白が違法な別件逮捕・勾留に基いて収集されたことを理由に、その証拠能力(証拠の許容性)を否定し無罪を言渡した事例です。

 裁判所は、

  • 憲法31条(決定手続の保障の規定)および刑事訴訟法1条(刑事訴訟法は、その冒頭において「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにする」ことをその目的として規定することによって、基本的人権の保障のためには、真実発見という訴訟法的要請のための手段も制限されることのあるべきことを表明している。なお刑訴訟規則1条1項参照)は、実体的真実発見の追求は公正な手続という軌道に従って遂行されるべきことを明示しているのである
  • そして、憲法および刑事訴訟法が、合法的な国家権力 一犯罪捜査のための強制権限一 の発動のために令状等について詳細かつ厳格な規定を設け、その方途を十分に用意していることから考えても、それ以外の手段方法によって得られた証拠が利用されるというようなことは、法の全く予想していないことである
  • ところで、本件の第一次逮捕に引き続く勾留による身柄拘束は、憲法33条34条の規定そのものの要請に違背するような違決、不当な捜査権の行使に該当することは前記のとおりであるから、この第一次勾留による身柄拘東期間中に獲得された証拠であるところの被告人の各自白調書は、真実発見のための手段として用いることは許されないものといわなければならない
  • 第ニ次逮捕・勾留(起訴後の勾留も含めて)一第ニ次の逮捕・勾留は、前記のとおり第一次の違法な別件勾留のもとにおいて獲得された自白に基づいて得られたものである一 による身柄拘束期間中に作成された各自白調書についてみても、その実質は、第一次の別件勾留中になされた自白の繰り返し、ないしはそれをふえんしたものにすぎないと認められ、また、第ニ次の逮捕・勾留は、形式的には、第一次の逮捕・勾留とは別個の手続によってなされてはいるけれども、実質的にはこれと不可分一体の関係にあり、両者あいまって、一つの捜査手段を構成しているものというべきで、その全体が違法、不当な捜査権の行使 一全体として憲法33条34条の各規定の要請に違背するような重大な瑕疵を有する捜査手続一 であるとしなければならない
  • したがって、第ニ次逮捕・勾留による身柄拘束期間中に獲得された各自白調書もまた適法な証拠としての能力 一真実発見の手段としての資格一 を欠如するものといわなければならない
  • もし、(本件を例にとって考えれば)第ニ次の逮捕・勾留中に収集した自白調書を、それが第一次の勾留と別の手続(第ニ次の逮捕・勾留は、形式的には別個の手続であるが、実質的には逮捕・勾留の蒸し返しである)において収集されたものであることを理由に、証拠として許容するにおいては、違法な別件逮捕・勾留中に収集し得た証拠は儀牲にしてでも第ニ次の逮捕・勾留中に獲得する証拠を利用する目的で、なお違法、不当な別件逮捕・勾留という捜査方法を続けるということも生じ得るのである
  • このような違法、不当な別件逮捕・勾留を抑制し、目的のためには手段を選ばないというような捜査方法は現行法のもとにおいて許されないことを明らかにし、憲法および刑事訴訟法における公正な手続の保障という法の精神を貫くためには、本件において、別件勾留による拘束期間中に収集された自白調書はもちろんのこと第ニ次の逮捕・勾留以後に作成された自白調書を含め、これら一連の自白調書全部は、前記のように全体として違法、不当な捜査権の行使によって獲得された証拠として許容すべきでないと考えるのである
  • しかも、これらの自白調書は、そのもととなった取調べ当時、前記第五のとおり被告人の防御能力、供述能力にも著しい障害があったと推認される状況下において録取作成されたものである
  • 以上の諸点に鑑みれば、結局、検察官から本件各放火・放火未遂被告事件を立証するための証拠として取調べ請求のなされた被告人の司法警察員に対する供述調書22通、検察官に対する供述調書6通(いずれも、いわゆる自白調書)は証拠能力(証拠の許容性)を有しないものといわなければならないので、これらの供述調書は、すべて犯罪事実認定のための証拠とはしない

と判示し、無罪を言い渡しました。

2⃣ 上記裁判例と異なり、違法な別件逮捕中の自白を資料として発付された逮捕状による逮捕中の被疑者に対する勾留質問調書(裁判官が逮捕された被疑者を勾留するかどうかを判断するに当たり、裁判官が被疑者に直接質問し、その内容を記録した調書)につき、他に特段の事情のない限り、証拠能力を否定されるものではないとした判例があります。

最高裁判決(昭和58年7月12日)

 裁判官は、

  • 逮捕中の被疑者に対する勾留質問調書は、その逮捕が違法な別件逮捕中の自白を資料として発付された逮捕状によるものであつても、他に特段の事情のない限り、証拠能力を否定されるものではない

と判示しました。

別件逮捕・勾留が違法であるかどうかの判断基準

 別件逮捕・勾留が違法であるかどうかの判断について、

  • 本件基準説(本件を基準として判断すべきであるとする説)
  • 別件基準説(別件を基準として判断すべきであるとする説)

があります。

【本件基準説の考え方】

 本件基準説は、別件逮捕・勾留が本件取調べのための逮捕・勾留であるにもかかわらず、別件のみが令状審査の対象となっており、本件について司法審査を経ていないという意味で令状主義を潜脱したものと解するものです。

 本件基準説からは、本件と別件の間に密接な関係のある場合などを除き、別件逮捕・勾留は違法と判断されます。

【別件基準説の考え方】

 別件基準説は、別件について逮捕・勾留の理由と必要性を具備している以上、別件逮捕・勾留は原則として適法と判断されると解するものです。

 別件基準説は、本件と別件の軽重、罪質、態様、関連性、証拠の収集状況、捜査官の意図、取調べの実態(方法、時期、期間、程度、主従関係等)などを総合的に考慮して、本件にづいて被疑者を取り調べるために、別件の逮捕・勾留に名を借り、その身柄拘束を利用して、本件についての逮捕・勾留に伴う取調べと同様の効果を得ることを目的とすると評価される場合には違法と判断されます。

 この点に関する以下の判例があります。

最高裁決定(昭和52年8月9日)

 甲事実について逮捕勾留中の被疑者を乙事実について取調べることが違法ではないとされた事例です。

 判決要旨は、甲事実について逮捕・勾留の理由と必要があり、甲事実と乙事実とが社会的事実として一連の密接な関連がある場合、甲事実について逮捕・勾留中の被疑者を、同事実について取調べるとともに、これに付随して乙事実について取調べても、違法とはいえないとしたというものです。

 事案は、被告人に対する窃盗、暴行、恐喝未遂被疑事件(別件)について第一次逮捕・勾留がなされ、同被疑事件のうち窃盗及び暴行の事実と勾留中に判明した横領等の余罪の事実について公訴を提起し(恐喝未遂被疑事件については処分留保とした)、被告人の保釈直後、強盗強姦殺人、死床遺棄被疑事件(本件)について第二次逮捕・勾留がなされ、強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄の事実と処分留保のままとなっていた上記恐喝未遂の事実について公訴を提起したというものです。

 裁判所は、

  • 事件発生以来行われてきた捜査は、強盗強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂という一連の被疑事実についての総合的な捜査であって、第一次逮捕の時点においても、既に捜査官が被告人に対し強盗強姦殺人、死体遺棄の嫌疑を抱き捜査を進めていたことは、否定しえないのであるが、第一次逮捕・勾留は、その基礎となった被疑事実について逮捕・勾留の理由と必要性があったことは明らかである
  • そして、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面 においては「本件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない
  • それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠のそろっていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃っている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない
  • 更に「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは、社会的事実として一連の密接な関連があるとは いえ、両者は併合罪の関係にあり、各事件ごとに身柄拘束の理由と必要性について司法審査を受けるべきものであるから、一般に各別の事件として逮捕・勾留の請求が許されるのである
  • しかも、第一次逮捕・勾留当時「本件」について逮捕・勾留するだけの証拠がそろっておらず、その後に発見、収集した証拠を併せて事実を解明することによって、 初めて「本件」について逮捕・勾留の理由と必要性を明らかにして、第二次逮捕・勾留を請求することができるに至ったものと認められるのであるから、「別件」と「本件」とについて同時に逮捕・勾留して捜査することができるのに、専ら、逮捕・勾留の期間の制限を免れるため罪名を小出しにして逮捕・勾留を繰り返す意図のもとに、各別に請求したものとすることはできない
  • また、「別件」についての第一次逮捕・勾留中の捜査が、専ら「本件」の被疑事実に利用されたものでないことはすでに述べたとおりであるから、第二次逮捕・勾留が第一次逮捕・勾留の被疑事実と実質的に同一の被疑事実について再逮捕・再勾留をしたものではないことは明らかである
  • それ故、「別件」についての第一次逮捕・勾留とこれに続く窃盗、森林窃盗、傷害、暴行、横領被告事件の起訴勾留及び「本件」についての第二次逮捕・勾留は、いずれも適法であり、右一連の身柄の拘束中の被告人に対する「本件」及び「別件」の取調について違法の点はないとした原判決の判断は、正当として是認することができる

と判示しました。

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