平成30年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ

 平成30年司法予備試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。

 この論文からは以下のテーマが学べます。

1⃣ 業務上横領罪刑法253条

2⃣ 詐欺罪刑法246条1項

3⃣ 強盗罪(刑法236条1項)、強盗利得罪(刑法236条2項

4⃣ 刑法総論

問題

 以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について論じなさい(住居等侵入罪及び特別法違反の点を除く。)。

1 甲は、新たに投資会社を立ち上げることを計画し、その設立に向けた具体的な準備を進めていたところ、同会社設立後の事業資金をあらかじめ募って確保しておこうと考え、某年7月1日、知人のVに対し、同年10月頃の同会社設立後に予定している投資話を持ち掛け、その投資のための前渡金として、Vから現金500万円を預かった。その際、甲とVの間では、前記500万円について、同会社による投資のみに充てることを確認するとともに、実際にその投資に充てるまでの間、甲は前記500万円を甲名義の定期預金口座に預け入れた上、同定期預金証書(原本)をVに渡し、同定期預金証書はVにおいて保管しておくとの約定を取り交わした。同日、甲は、この約定に従い、Vから預かった前記500万円をA銀行B支店に開設した甲名義の定期預金口座に預け入れた上、同定期預金証書をVに渡した。なお、同定期預金預入れの際に使用した届出印は、甲において保管していた。

2 甲は、約1年前に無登録貸金業者の乙から1000万円の借入れをしたまま、全く返済をしていなかったところ、同年7月31日、乙から返済を迫られたため、Vに無断で前記定期預金を払い戻して乙への返済に流用しようと考えた。そこで、同年8月1日、甲は、A銀行B支店に行き、同支店窓口係員のCに対し、「定期預金を解約したい。届出印は持っているものの、肝心の証書を紛失してしまった。」などとうその話をして、同定期預金の払戻しを申し入れた。Cは、甲の話を信用し、甲の申入れに応じて、A銀行の定期預金規定に従って甲の本人確認手続をした後、定期預金証書の再発行手続を経て、同定期預金の解約手続を行い、甲に対し、払戻金である現金500万円を交付した。甲は、その足で乙のところへ行き、受け取った現金500万円を乙に直接手渡して、自らの借入金の返済に充てた。なお、この時点で、乙は、甲が返済に充てた500万円は甲の自己資金であると思っており、甲がVから預かった現金500万円をVに無断で自らへの返済金に流用したという事情は全く知らないまま、その後数日のうちに甲から返済された500万円を自己の事業資金や生活費等に全額費消した。

3 同年9月1日、Vは、事情が変わったため甲の投資話から手を引こうと考え、甲に対し、投資のための前渡金として甲に預けた500万円を返してほしいと申し入れたところ、甲は、Vに無断で自らの借入金の返済に流用したことを打ち明けた。これを聞いたVは、激怒し、甲に対し、「直ちに500万円全額を返してくれ。さもないと、裁判を起こして出るところに出るぞ。」と言って500万円を返すよう強く迫った。甲は、その場ではなんとかVをなだめたものの、Vから1週間以内に500万円を全額返すよう念押しされてVと別れた。その後すぐに、甲は、乙と連絡を取り、甲がVから預かった現金500万円をVに無断で乙への返済金に流用したことを打ち明けた。その際、乙が、甲に対し、甲と乙の2人でV方に押し掛け、Vを刃物で脅して、「甲とVの間には一切の債権債務関係はない」という内容の念書をVに無理矢理作成させて債権放棄させることを提案したところ、甲は、「わかった。ただし、あくまで脅すだけだ。絶対に手は出さないでくれ。」と言って了承した。

4 同月5日、甲と乙は、V方を訪れ、あらかじめ甲が用意したサバイバルナイフを各々手に持ってVの目の前に示しながら、甲が、Vに対し、「投資話を反故にした違約金として500万円を出してもらう。流用した500万円はそれでちゃらだ。今すぐここで念書を書け。」と言ったが、Vは、念書の作成を拒絶した。乙は、Vの態度に立腹し、念書に加え現金も取ろうと考え、Vに対し、「さっさと書け。面倒かけやがって。迷惑料として俺たちに10万円払え。」と言って、Vの胸倉をつかんでVの喉元にサバイバルナイフの刃先を突き付けた。Vは、このまま甲らの要求とVの間には一切の債権債務関係はない」という内容の念書を作成して、これを甲に手渡した。

 そこで、甲がV方から立ち去ろうとしたところ、乙は、甲に対し、「ちょっと待て。迷惑料の10万円も払わせよう。」と持ち掛けた。甲は、乙に対し、「念書が取れたんだからいいだろ。もうやめよう。手は出さないでくれと言ったはずだ。」と言って、乙の手を引いてV方から外へ連れ出した上、乙から同ナイフを取り上げて立ち去った。

5 その直後、乙は、再びV方内に入り、恐怖のあまり身動きできないでいるVの目の前で、その場にあったV所有の財布から現金10万円を抜き取って立ち去った

答案

第1 甲の罪責

1 甲が、Vから投資のための前渡金として甲名義の定期預金口座に入れて預かった500万円を払い戻した行為につき、業務上横領罪刑法253条)が成立しないか。

⑴ 業務上横領罪は、委託信任関係に基づき、業務上、他人の物を占有する者が、委託信任関係に背く権限逸脱行為を行い、不法領得の意思をもって、その物を横領した場合に成立する。

 業務上横領罪における「業務」とは、委託を受けて他人の物を管理(占有・保管)することを内容とする事務を社会生活上の地位に基づいて反復又は継続して行うことをいう。

 甲は、投資会社を立ち上げる者であり、Vから預かった投資のための500万円を管理する地位にあったのだから、甲は、社会生活上の地位に基づいて反復継続的に500万円を管理する事務を請け負っていたといえ、「業務」性を満たす。

⑵ 業務上横領罪の客体は、「業務上自己の占有する他人の物」である。

 横領罪における「占有」は、事実的支配のみならず、 法律的支配を有する状態も含む。

 「業務上の占有」とは、業務上横領罪の業務を有する犯人が、その業務の遂行として、他人の物を占有することをいう。

 「他人の物」とは、他人の所有に属するものをいう。

 本件500万円は、所有権はAにあり、甲はこれをAから預かり業務上管理していたのであるから、「業務上自己の占有する他人の物」に当たる。

⑶ 横領罪の保護法益は、所有権及び委託信任関係の保護にある。

 そのため、横領罪における不法領得の意思は、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいう。

 本件500万円は、投資に関する場合に限って支出することがAに認められていたのであり、乙への債務の弁済として支出することは、与えられた権限の範囲外である。

 よって、甲の行為は、Aの「委託した任務に背く」ものである。

 また、本件500万円を費消することは、本来、「所有者でなければできない処分」である。

 よって、甲に不法領得の意思が認められる。

⑷ 「横領」行為とは、委託の任務に背いた権限逸脱行為であり、不法領得の意思を発現する一切の行為をいう。

 「横領した」といえるためには、不法領得の意思を外部に発現する行為が行われる必要がある。

 刑法の原則は、意思ではなく行為を処罰するものである。

 単なる内心の意図の変化のみでは不法領得の意思の発現を把握することはできないことから、横領犯人において不法領得の意思を有するだけではなく、その意思を実現するものと認められる何らかの行為が表示される必要がある。

 本件500万円を預金口座から引き出せば、甲はすぐに本件500万円を乙に渡して債務の弁済に用いることができるの状態になるのだから、この時点で、乙の委託の任務に背き、乙でなければできない処分をする意思、すなわち不法領得の意思が発現したと認められるので、「横領した」といえる。

⑸ よって、業務上横領罪が成立する。

2 甲が甲名義の預金口座から本件500万円の払戻しを受けた行為につき、Cに対する詐欺罪刑法246条1項)が成立しないか。

 詐欺罪が成立するには、①欺罔行為、②被害者の錯誤、③被害者の錯誤に基づく財産的処分行為、 ④財物・財産上の不法の利益の取得、⑤財産上の損害の発生という因果的連鎖が必要となる。

 「欺罔行為」とは、詐欺犯人の希望する財産的処分行為に向けて被害者を錯誤に陥らせる行為をいう。

 欺罔行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項について欺かなければならない。

 甲は、Cに対し、定期預金証書を紛失してしまったと虚偽を言って再発行手続を経て、甲名義の定期預金口座の解約手続を行っている。

 同証書の紛失は虚偽の話であるが、同口座の名義人は甲であり、同口座は犯罪で使用される口座でもないので銀行に現金の払戻拒否や口座凍結義務はないことから、甲には同口座を解約して現金の払戻しを受ける正当な権限があると認められる。

 よって、甲は、形式的な手続を行えば同証書の再発行手続が行えるのであるから、同証書を紛失したとの虚偽の話は、交付の判断の基礎となる重要な事項とはいえず、欺罔行為とはいえない。

 したがって、①欺罔行為がない以上、②~⑤の詐欺罪の因果的連鎖はなく、詐欺罪は成立しない。

3 Vに対し、乙と共にナイフを突き付け、本件500万円の債権を放棄するよう迫り、債権放棄の念書を書かせた行為につき、強盗利得罪(刑法236条2項)の共同正犯(刑法60条)が成立しないか。

⑴ 強盗罪における「脅迫」とは、財物を強取する手段としての脅迫であり、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知をいう。

 その判断は、社会通念に基づき客観的になされる。

 甲と乙は、バタフライナイフという殺傷能力の高い凶器をVの目の前に示すなどし、「今すぐここで念書を書け。」など言って本件500万円の債権を放棄させようとしていることから、Vの反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知といえ、強盗罪における「脅迫」に当たる。

⑵ Vに本件500万円の債権放棄の念書を書かせた行為が「財産上不法な利益を得た」といえるか。

 客体について、強盗罪(刑法236条1項)の客体が「他人の財物」という物理的な物であるのに対し、強盗利得罪は「財産上の不法の利益」という物理的な物ではなく、無形の価値であることに違いがある。

 「財産上の利益」は、財物以外の財産的利益を意味する。

 債権放棄の念書が作成されることは、債務者が債務の弁済を免れることであるので、「財産上の利益」である。

 よって、甲と乙が、脅迫してVに本件500万円の債権放棄の念書を書かせた行為は、甲が本件500万円の債務の弁済を免れるものであり、「財産上不法な利益を得た」といえる。

⑶ 「強取」とは、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて、財産上の利益を自己又は第三者に得させることをいうところ、上述のとおり、甲と乙は脅迫を用いてVに債権放棄の念書を書かせているので「強取」に当たる。

⑷ Vに念書を書かせた強盗利得罪につき、甲と乙の共同正犯が成立しないか。

 共同正犯の処罰根拠は、正犯意思の下、相互利用補充関係に基づき、互いに物理的・心理的影響を及ぼし合い、自己の犯罪を実現することにある。

 そこで、共同正犯の成立が認められるためには、①共謀、②共同実行の事実が必要となる。

 ①共謀が認められるか。

 「共謀」とは、正犯意思をもって、相互的意思連絡を形成することをいう。

 乙は、甲に対し、「甲と2人でV方に押し掛け、Vを刃物で脅して、甲とVとの間には一切の債権債務関係はない」旨の念書を無理やり書かせることを提案し、甲はこれを了承している。

 甲と乙は、債務の弁済を免れるという目的を有し、積極性があり、自己の犯罪を行う意思を有していたといえ、正犯意思が認められる。

 よって、甲と乙は、正犯意思をもって相互的意思連絡を形成したことが認められる。

 ②共同実行の事実が認められるか。

 甲と乙は、共にナイフをVの目の前に示して脅迫行為を行っており、共同実行の事実が認められる。

 したがって、甲と乙に強盗利得罪の共同正犯が成立する。

⑸ もっとも、乙は甲から10万円を奪取しているが、後述のとおり、これについては甲は共同正犯の罪責を負わない。

4 以上より、①業務上横領罪、②強盗利得罪の乙との共同正犯が成立する。

 ①②は併合罪刑法45条前段)となる。

第2 乙の罪責

1 Vに対し、甲と共にナイフを突き付け、本件500万円の債権を放棄するよう脅迫し、債権放棄の念書を書かせた行為につき、上述のとおり、強盗利得罪の甲との共同正犯が成立する。

2 Vに対し、ナイフを突き付け、10万円を奪取した行為につき、強盗罪(刑法236条1項)の単独犯が成立しないか。

⑴ 強盜罪における「暴行」とは、財物を奪取する手段としての暴行であり、不法な有形力の行使のうち、被害者の犯行を抑圧するに足りる程度の行為であることを要する。

 その判断は、社会通念に基づき客観的になされる。

 「強取」とは、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて、財物の占有を自己又は第三者に得させることをいう。

 先に加えられた暴行・脅迫により被害者の畏怖が維持・継続した状態を利用し、財物を領得する行為は、暴行・脅迫を用いて財物を強取するに等しいことから、新たな暴行・脅迫がなくても「強取」といえると解する。

 乙は、一旦V方から出た後、再び単独でV方に入り、恐怖のあまり身動きできないでいるVの財布から現金10万円を奪取しているところ、Vは先に甲と乙に加えられた脅迫により畏怖が維持・継続していたと認められる。

 よって、乙がVの財布から10万円を抜き取って立ち去った行為は、乙の畏怖の維持・継続状態を利用して奪取したものであり、新たな暴行・脅迫がなくても「強取」といえる。

⑵ 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいうところ、V所有の財布の中にある10万円はAが所有する「他人の財物」である。

⑶ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいうところ、乙は、迷惑料の名目で10万円を自己のものにする意思で強取しているので、不法領得の意思が認められる。

⑷ よって、強盗罪(刑法236条1項)が成立する。

⑸ もっとも、強盗罪は、甲との共同正犯とならないか。

 甲に共犯からの離脱が認められるかが問題となる。

 実行の着手前に共犯から離脱するには、離脱者が他の共犯者に「共犯から離脱する」旨の意思表示を行うこと、かつ、他の共犯者が離脱の意思表示を了承することが必要である。

 実行の着手後に共犯から離脱するには、犯行着手前の離脱のように、共犯からの離脱の意思表示をして、承諾を得るだけでは足りず、他の共犯者が犯行を実行しないように、犯行を防止する措置を講じることが必要である。

 共犯からの離脱が認められ、自己の及ぼした心理的・物理的因果性を完全に解消したと評価できる場合には、以後の実行行為は共謀に基づくものといえず、共謀者に帰責できないと解する。

 かかる観点から、実行の着手前の離脱については、離脱の意思表示及び共犯者の承諾で足り、実行の着手後の離脱については、積極的な犯行継続防止措置を要すると解する。

 本件につき、甲と乙が既に強盗の実行行為に着手しているので、実行の着手後の離脱の成否の問題となる。

 乙が、甲に対し、「迷惑料の10万円も払わせよう。」と持ち掛けた際、甲は、「もうやめよう。手は出さないでくれと言ったはずだ。」と言って、乙の手を引いてV方から外へ連れ出した上、乙からナイフを取り上げて立ち去っている。

 これは、甲は、乙が10万円を強取することを防止するための積極的な犯行継続防止措置をとった認められる。

 よって、甲は、乙と共犯関係につき、自己の及ぼした心理的・物理的因果性を完全に解消したと評価でき、共犯からの離脱が認められる。

 よって、甲は、乙が10万円強取したことに対する強盗罪の共同正犯の罪責を負わない。

3 以上より、乙に①強盗利得罪の甲との共同正犯、②強盗罪(刑法236条1項)の単独犯が成立する。

 ①②は、同一の被害者に対し、同一の機会に行われた同一罪体の犯行であることから包括一罪となる。

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