刑法論文(19)~令和5年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ~
令和5年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ
令和5年司法予備試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。
この論文からは以下のテーマが学べます。
- 監禁行為により、被害者の身体・行動の自由の侵害があったか否かは、被害者がこれを認識すると否とにかかわらず、客観的に決せられる
2⃣ 窃盗罪と器物損壊罪の区別するための不法領得の意思
3⃣ 殺人罪(刑法199条)
- 行為と結果の因果関係(危険の現実化説)
- 事実の錯誤における「因果関係の錯誤」
4⃣ 強盗罪(刑法236条1項)
- 暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物領得の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を領得した場合、これを強盗罪と認定するためには、①財物領得の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫を行うか、②先に加えられた暴行・脅迫により被害者の畏怖が維持・継続した状態を利用する必要がある
問題
以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例1】
1 甲は、かねてより会社の上司であるXから執ように叱責されるなどしていたことに恨みを募らせ、登山が趣味のXを登山に誘って山中に連れ出し、Xを殺害した上でXが滑落によって事故死したように装い、犯跡を隠蔽しようと考えた。甲は、某月1日、Xを登山に誘い、Xが喜んで応じたことから、同月10日、Xと2人で1泊2日の登山に出掛けた。
2 甲とXは、同日午前10時頃から登山を始めたが、同日午後4時頃、天候が急変して降雨となったため、当初の登山計画を変更し、山頂付近にあった無人の小屋で一晩を過ごすことにした。
甲は、同日午後5時頃、疲れていたXが上記小屋内で熟睡したことから、この機会にXを殺してしまおうと決めた。ちょうどその頃、雨が止んだため、甲は、Xを殺した後にXの滑落死を装うための場所をあらかじめ探そうと思い立ち、上記小屋周辺を下見しておくことにした。甲は、しばらくの間、上記小屋を離れ、外に出ることにしたが、外にいる間にXに逃げられないようにするため、同日午後5時5分頃、同小屋の出入口扉を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにした。なお、上記小屋は、木造平屋建てで、窓はなく、出入口は上記扉1か所のみであった。
3 その後、甲は、上記小屋から歩いて約100メートル離れた場所に、高さ約70メートルの岩場の崖があるのを確認し、同日午後6時頃、同小屋に戻り、上記ロープをほどいた。Xは、同日午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかった。
〔設問1〕
【事例1】において、甲に監禁罪が成立するという主張の当否について、具体的な事実関係を踏まえつつ、反対の立場からの主張にも言及して論じなさい。
【事例2】
(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
4 甲は、上記小屋内に戻った後、Xを殺そうと思ったが、死体がすぐに見つかってしまっては何らかの殺害の痕跡が発見され、滑落による事故死ではないことが判明してしまうと不安に思った。そこで、甲は、同日午後6時10分頃、Xの携帯電話機をXの死体から遠く離れた場所に捨てておけば、同携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得した場合であっても、Xの死体の発見を困難にできる上、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落したかのように装う犯跡隠蔽に使えると考え、眠っているXの上着のポケットからXの携帯電話機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた。
5 甲は、同日午後6時20分頃、Xを殺すため、眠っているXの首を両手で強く絞め付け、Xがぐったりしたのを見て、Xが死亡したものと思い込んだ。しかし、この時点で、Xは、意識を失っただけで、実際には生きていた。
6 甲は、同日午後6時25分頃、Xの死体を上記崖まで運んで崖下に落とすため、Xの背後から両脇に両手を回してXの身体を抱え上げた。その際、XのズボンのポケットからXの財布が床に落ち、これを見た甲は、にわかに同財布内の現金が欲しくなり、同財布内から現金3万円を抜き取って自分のズボンのポケットに入れ、同財布をXのポケットに戻した。
7 甲は、同日午後7時頃、Xを上記崖まで運び、Xを崖下に落とした。甲は、Xが既に死んでいると軽信し続けていたが、この時点でもXはまだ生きており、上記崖から地面に落下した際、頭部等を地面に強く打ち付け、頭部外傷により即死した。
8 甲は、すぐに上記崖から離れ、同日午後10時頃、同崖から約6キロメートル離れた場所まで来ると、その場に上記携帯電話機を捨てた。同月11日、Xが帰宅しなかったことから、Xの親族が上記携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報を取得し、その情報を基にXの捜索が行われたが、Xの発見には至らなかった。
〔設問2〕
【事例2】における甲の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
答案
設問1
1 甲が小屋の扉をロープできつく縛った行為に監禁罪(刑法220条後段)が成立するという主張は認められるか。
⑴ 「監禁」とは、人が一定の区域から出ることを不可能又は著しく困難にしてその行動の自由を奪うことをいう。
本件小屋は、木造平屋建てで窓がなく、出入口扉のみであり、その扉を外側からロープできつく縛り、内側から開けられないようにすれば、Xは小屋の外に出る手立てがなく、行動の自由を奪われることから、本件行為は建物からの脱出を不能にするものであり、「監禁」に当たる。
⑵ もっとも、Xは監禁が行われている間、熟睡しており、自己が監禁された事実を認識していない。
自己が監禁された事実を認識していない場合には、監禁罪は成立しないという主張が考えられる。
監禁罪の保護法益は、人の身体・行動の自由であるところ、これを現実的自由と捉え、Xが監禁状態中に熟睡していたため、現実的に身体・行動の自由は侵害されなかった認める場合は、Xの法益は侵害されておらず、監禁罪は成立しないこととなる。
⑶ しかし、監禁罪が成立しないとする上記主張は妥当ではない。
人の身体・行動の自由は、客観的に移動の自由の選択肢があることが保護されるべき法益であると解する。
すなわち、監禁罪の保護法益である人の身体・行動の自由とは、一定の場所から移動しようと思えば移動できる自由(可能的自由)であると解する。
よって、監禁行為により、被害者の身体・行動の自由の侵害があったか否かは、被害者がこれを認識すると否とにかかわらず、客観的に決すべきである。
甲の監禁行為は、客観的にみて、Xが小屋の外に脱出することができない状況であるから、可能的自由の侵害が生じており、監禁行為による法益侵害が発生している。
2 以上より、監禁罪が成立するという主張が認められる。
設問2
1 甲が眠っているXの上着ポケットから携帯電話機を取り出して自己のリュックサックの中に入れた行為につき、窃盗罪(刑法235条)が成立しないか。
⑴ 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいう。
「占有」とは、人が財物を事実上支配し、管理する状態をいう。
本件携帯電話機は、甲が管理するものであり、「他人の財物」に当たる。
⑵ 「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反し、その占有を侵害し、その物の占有を自己又は第三者の占有に移すことをいう。
甲は、眠っているXの上着ポケットから本件携帯電話機を取り出して自己のリュックサックに入れて自己に占有を移し、Xの占有を侵害していることから「窃取」に当たる。
⑶ 窃盗罪の故意は、他人の占有する財物を、占有者の意思に反してその占有を侵害し、自己又は第三者の占有に移すことの認識・認容をいう。
甲は、本件携帯電話機をGPS機能を用いての犯跡隠滅に使おうと考えており、本件携帯電話機を自己の占有に移す認識があるといえ、窃盗の故意が認められる。
⑷ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいう。
権利者排除意思は、窃盗既遂後の事情を考慮し、窃盗罪と違法性の乏しい一時使用窃盗を区別し、一時使用窃盗を不可罰にするために必要となる。
「その経済的用法に従い」とは、領得した財物自体から生み出される利用価値・交換価値を窃盗犯人が享受する使い方をいう。
利用処分意思は、「捨てる」という意味でなく「盗んだ物を売却する」「他人に譲り渡す」「自己使用する」などの処分行為を意味し、財物領得罪と器物損壊罪を区別するために必要となる。
甲に権利者排除意思があることは明らかである。
甲には、本件携帯電話機を遠く離れた山林に捨てることにより、そのGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等に取得させてXの死体発見を困難し、かつ、山中からの滑落を装う犯跡隠滅に使うという意思がある。
これは、本件携帯電話機を単に「捨てる」「破壊する」という行為ではなく、本件携帯電話機から生み出されるGPS機能という利用価値を甲が享受する使い方であり、「自己使用する」といえ、利用処分意思が認められる。
よって、不法領得の意思が認められる。
2 Xが甲の首を絞め付けた行為につき、殺人罪(刑法199条)が成立しないか。
⑴ 「実行行為」とは、法益侵害(構成要件的結果)が発生する現実的危険性を有する行為をいう。
「実行の着手」は、法益侵害の現実的危険が発生した時点で認められる。
甲がXの首を両手で強く締め付ける行為は、人を窒息死させる結果が発生する現実的危険を有する行為であり、この時点で法益侵害の現実的危険が発生したと認められ、殺人罪の実行の着手が認められる。
⑵ 甲がXの首を絞めた行為、Xを崖下に落とした行為、頭部外傷によるX死亡の結果との間に因果関係が認められるか。
「因果関係」とは、犯罪行為と犯罪結果との間にある原因と結果の関係をいう。
因果関係は、行為の危険が結果に現実化したかによって判断することができると解する(危険の現実化説)。
先行行為自体に結果発生の危険があり、その後の行為者の行為が、先行行為に通常付随する場合には、後行行為が結果発生の直接の原因であっても、先行行為の危険が結果に実現化したといえ、因果関係を認めることができると解する。
甲がXの首を絞める行為は、Vが死亡する結果発生の危険がある行為である。
死体を崖下に落とす計画において、首を絞めて動かなくなったXを崖下に落とす行為は、Vの首を絞める行為に通常随伴する。
よって、Xの首を絞める行為の危険がXの頭部外傷という死亡の結果に現実化したといえる。
したがって、甲がXの首を絞めた行為、Xを崖下に落とした行為、頭部外傷によるX死亡の結果との間に因果関係が認められる。
⑶ 甲はXの首を絞めて殺害するつもりであったが、崖下に落としたことによる頭部外傷で殺害しているところ、甲に殺人罪の故意が認められるか。
首を絞めたが実際には死亡しておらず、意識を失っただけのXを崖下に落とした行為は、客観的には保護責任者遺棄致死罪(刑法218条、219条)の構成要件に該当する。
しかし、甲はXが死亡したと誤信していたことから、死体遺棄罪(刑法190条)の認識であった。
そのため、甲に殺人罪の故意が認められるかが問題となる。
これは事実の錯誤における因果関係の錯誤の問題である。
「事実の錯誤」とは、犯罪の行為者が認識・容認していた犯罪事実と、実際に発生した犯罪事実とが食い違うことをいう。
「因果関係の錯誤」とは、犯罪行為者が認識していた「因果関係の経路」と、実際に発生した「因果関係の経路」との間に食い違いがあった場合の錯誤をいう。
事実の錯誤が起こった場合、犯罪の故意の存在を認め、犯罪の成立が認められるかどうかが問題となる。
故意責任の本質は、規範に直面し、犯行を思いとどまるという反対動機を形成できる状況にありながら、あえて犯罪行為に及んだことに対する道義的非難にあるから、因果関係の経路に錯誤があるなどの事実の錯誤を起こし、構成要件の範囲内で認識にずれがあっても、そのずれが構成要件の範囲内であれば故意を阻却しない。
Xを殺害したという点においては、甲の認識と現実に発生した事実は一致している。
Xが死亡するに至った因果関係が重要なのではなく、人を殺害したこと自体が殺人罪の構成要件の重要部分である。
よって、甲の殺人罪の故意は否定されない。
⑷ よって、甲に殺人罪が成立する。
3 甲がXの財布から3万円を抜き取った行為につき、強盗罪(刑法236条1項)又は窃盗罪が成立しないか。
⑴ 強盗罪が成立しないか。
「強取」とは、被害者の反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫を加えて、財物の占有を自己又は第三者に得させることをいう。
強盗罪における「暴行・脅迫」は、財物を強取する手段としての暴行・脅迫であり、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の行為をいう。
強盗罪における「暴行・脅迫」は、財物を強取する手段として行われる必要がある。
暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物領得の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を領得した場合、これを強盗罪と認定するためには、①財物領得の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫を行うか、②先に加えられた暴行・脅迫により被害者の畏怖が維持・継続した状態を利用する必要があると解する。
甲は、Xの首を締め付けて意識を失わせた後に、本件財布を発見し、財布の中に入っている現金がほしくなり、3万円を抜き取って領得している。
よって、甲がXの首を絞め付ける行為は、本件3万円の領得とは無関係に行われている。
同行為の後に甲が新たな暴行・脅迫を加えた状況はなく、Xは意識を失っていたため畏怖が維持・継続した状態を利用した状況もない。
よって、甲が本件3万円を領得した行為は「強取」には当たらず、強盗罪は成立しない。
⑵ では、窃盗罪が成立しないか。
ア 「他人の財物」とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいい、「占有」とは、人が財物を事実上支配し、管理する状態をいうところ、本件3万円は甲の財布の中に入っていたものであり、甲が管理するものなので、「他人の財物」に当たる。
イ 「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反し、その占有を侵害し、その物の占有を自己又は第三者の占有に移すことをいうところ、甲は、本件3万円を自己のズボンのポケットの中に入れて自己に占有に移し、Xの占有を侵害していることから「窃取」に当たる。
ウ 不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様に、その経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいうところ、甲は自分のものにするために本件3万円を窃取しており、不法領得の意思が認められる。
エ もっとも、甲はXが死亡したと誤信していたため、窃盗の故意が認められないのではないか。
故意とは、犯罪事実の認識・容認をいう。
そこで、甲の内心を基準として、甲の行為が窃盗の犯罪事実といえるか。
占有は、現実的な観念なので、占有の主体は、物の事実上の支配をなし、自らの意思を持って行動できる自然人に限られ、自然人は、死亡と同時に占有の主体ではなくなる。
死者は、自分の意思を持つことも、行動することもできず、財物を事実上支配することは不可能であることから、基本的には占有の主体にはなりえない。
したがって、自然人は、死亡と同時に基本的には占有の主体ではなくなることから、死者が生前占有していた物は、占有離脱物となる。
しかしながら、例外なくこのように解してしまうと、窃盗犯人が死者が生前占有していた物を窃取した場合、犯人を窃盗罪(法定刑10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)で処罰することができず、窃盗罪より法定刑の軽い占有離脱物横領罪(刑法254条、法定刑1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金若しくは科料)でしか処罰できないことになり、不合理な結果となる。
たとえば、人を死亡させた後に、財物を領得する意思が生じ、致死行為によって生じた占有侵害の結果を利用する意思で財物を取得した場合について、被害者が生前有していた財物の所持は、その死亡直後においても、なお継続して保護するのが法の目的にかなうのだから、占有離脱物横領罪とするのではなく、より刑罰が重い窃盗罪で処罰できるとした方が、社会正義に合致する。
そこで、人を死亡させた後に領得の意思が生じ、財物を取得する場合でも、①致死行為が、結果として、被害者が持つ財物の占有侵害をなしている場合、②その占有侵害の結果を利用する意思に基づいて財物取得行為を行っている場合、③致死行為による占有侵害行為と財物取得行為を一体のものと見なし、社会観念上1個の行為と捉える余地がある場合は、窃盗罪が成立すると解する。
本件についてみるに、甲は、Xの首を絞め付けて気を失わせた後、その状況を利用し、本件3万円の窃取行為に及んでいる。
この行為は、Xの首を絞め付けた行為自体がXが持つ本件3万円入りの財布の占有侵害であり(①の要件)、その占有侵害の結果を利用する意思に基づいて財物奪取行為を行っており(②の要件)、同行為と窃取行為は、時間的・場所的に接着しており、占有侵害行為と財物取得行為は一体のものとして社会観念上1個の行為と捉える余地がある(③の要件)。
よって、窃取といえる。
窃取といえる状況がある以上、甲は窃盗の犯罪事実の認識・容認があるといえ、窃盗罪の故意が認められる。
オ よって、甲に窃盗罪が成立する。
4 甲が本件携帯電話機を本件崖から6キロメートル離れた場所で捨てた行為は、窃盗既遂後の不可罰的事後行為となるので、器物損壊罪(刑法261条)は成立しない。
5 また、同行為は、Xの死体発見を困難し、Xが山中をさまよって滑落したように装う犯跡隠滅行為であることから、証拠隠滅罪(刑法104条)が成立するかのように思える。
しかし、証拠隠滅罪の対象は、「他人の」刑事事件に関する証拠なので、専ら犯人自身の刑事事件に関する証拠は証拠隠滅罪の客体にならず、犯人自身の刑事事件に関する証拠を犯人が隠滅しても、証拠隠滅罪は成立しない。
甲の同行為は、自己が行った殺人罪に関する証拠隠滅行為なので、「他人の刑事事件に関する証拠」の隠滅に当たらず、証拠隠滅罪は成立しない。
6 以上より、甲に、①本件携帯電話機に対する窃盗罪、②殺人罪、③本件3万円に対する窃盗罪が成立する。
①~③は、それぞれ別個の行為であるから併合罪(刑法45条前段)となる。