機密文書の一時使用の窃盗(使用窃盗)に関する判例
犯人が会社の機密資料を秘かに持ち出して、その内容をコピーし、その機密資料を元の保管場所に返還した場合に、その行為に窃盗罪が成立するかについて説明します。
早速、結論ですが、窃盗罪が成立します。
以下の判例で窃盗罪が成立することが判示されています。
東京地裁判例(昭和55年2月14日)
【事件の内容】
被告人は、会社の経営者と対立したため、会社を退職し、その会社と営業が競争関係に立つ会社に転職しようとした。
その際、講読会員名簿のコピーを作成し、これを転職先会社に譲り渡すことを計画した。
被告人は、会員名簿保管の事務机の引出が少し開いていて、その引出が施錠されていない状況を目撃すると、計画を実行することを決意し、他の社員と共に一旦退社した後、ひとり会社内に戻り、事務机の引出内から会員名簿4冊を取り出し、これを携帯して会社を出た。
被告人は、会員名簿のコピーを作成し、約2時間後に会社に戻り、会員名簿4冊を元の保管場所に戻した。
【争点】
一時使用して元に戻す意思で、秘密文書を奪った場合、窃盗罪が成立するか否か。
【判決の内容】
裁判官は、
- 講読会員名簿の経済的価値は、それに記載された内容自体にあるというべきである
- この内容をコピーし、それを自社と競争関係に立つ会社に譲り渡す手段として利用することの意思は、権利者を排除し、会員名簿を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用する意思であったものと認めるのが相当である
- 被告人がその不法領得の意思をもって、事務机引出内から講読会員名簿の占有を被告人の占有に移したというべきである
- したがって、被告人の行為については、窃盗罪が成立する
- このように、不法領得の意思が実現されて窃盗罪が成立すると解する以上、その利用後にこれを返還する意思でかつ返還されたとしても、それは、窃盗犯人による事後処分と評価すべきものであって、それによって窃盗罪の成立を免れるものではない
と述べ、秘密文書の一時使用に関する窃盗罪の成立を認めました。
東京地裁判例(昭和59年6月15日)
資料の内容をコピーして情報を獲得するために、資料を一時的に奪って元に戻した窃盗事件について、裁判官は、
- 本件資料の経済的価値が、その具現された情報の有効性、価値性に依存するものである以上、資料の内容をコピーして、その情報を獲得しようとする意思は、権利者を排除し、資料を自己の物と同様にその経済的用法に従って利用する意思にほかならないというべきである
- よって、犯行の動機及び態様に照らし、被告人には不法領得の意志が存在したと認めるのが相当である
- そうだとすると、被告人の本件行為については、窃盗罪が成立する
- なお、犯行の際に利用後は資料を返還する意思を有しており、かつ現実に返還されていたとしても、それは不法領得の意思の存在に影響を及ぼすものではなく、そのことによって窃盗罪の成立が否定されるものではない
と述べ、窃盗罪の成立を認めました。
東京地裁判例(昭和59年6月28日)
ファイルの内容をコピーするために一時的に奪った窃盗事件について、裁判官は、
- 本件ファイルの財物としての価値は、情報が化体されているところにあるとともに、権利者以外の者の利用が排除されていることにより維持されているものである
- そのため、複写という方法により、この情報を他の媒体に転記・化体して、この媒体を手もとに残すことは、原媒体というべきファイルそのものをひそかに権利者と共有し、ひいては自己の所有物とするのと同様の効果を挙げることができる
- これはまさに権利者でなければ許容されないことである
- しかも、本件ファイルが権利者に返還されるとしても、同様のものが他に存在することにより、権利者の独占的・排他的利用は阻害され、本件ファイルの財物としての価値は大きく減耗するといわなければならない
- このような視点に立って本件を見るに、所論引用の判例にもあるように『窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の財物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用又は処分する意思をいい、永久的にその物の経済的利益を保持する意思でることを必要としない』と解するのを相当とするところ、本件窃盗は、判示にもあるように、本件ファイルを複写して、これに化体された情報を自らのものとし、前示のような効果を狙う意図と目的のために持ち出したものであるから、これはまさに被告人において、権利者を排除し、本件ファイルを自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用又は処分する意思であったと認められるのが相当である
- こうしたファイルを持ち出すことは、たとえ、複写後すみやかに返還し、その間の権利者の利用を妨げない意思であり、かつ物理的損耗を何ら伴わないものであっても、なお被告人に不法領得の意思があったもとの認めざるを得ない
と述べ、窃盗罪の成立を認めました。
磁気テープ(電子データ)の一時使用の窃盗(使用窃盗)に関する判例
コンピュータ用磁気テープを持ち出し、磁気テープに記録された電子データをコピーした行為について、以下の判例で窃盗罪の成立を認めています。
東京地裁判例(昭和62年9月30日)
百貨店に勤務していたコンピューター技術者である被告人が、百貨店の経営企画室から、百貨店の顧客の会員名簿が入力されたコンピューター用磁気テープ1巻を、その内部データをコピーし、コピーしたデータを名簿業者に売却する目的で持ち出した行為について、磁気テープを窃取したとして窃盗罪の成立を認めました。
まとめ
返還の意思をもって及んだ窃盗行為について、判例の基本的な考え方は、対象物件を持ち出した後、これらを返還する意思があったとしても、不法領得の意思は認められるというものです。
返還の意思があるからといって、不法領得の意思は成立しないとする一義的な考え方は妥当ではありません。
不法領得の意思の有無は、事件ごとの個別的な事案に応じて、行為の態様、行為者の意思などを合理的に解釈して決せられることになります。
そして、その場合、第一次的な基準として重要視されることは、行為の客観的態様がどうあったかという点であり、「返すつもりがあった」などの行為者の意思、目的にあまりにもとらわれると、結論の妥当性を失いかねないので、法律を勉強する人は注意する必要があります。
不法領得の意思に関する記事一覧
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