刑法(暴行罪)

暴行罪(3) ~「暴行罪における故意(人の身体に対して有形力を行使することの認識)」「暴行の犯意が否定された判例」を判例で解説~

暴行罪における故意(人の身体に対して有形力を行使することの認識)

 暴行罪などの故意犯については、犯罪を犯す意思(故意)がなければ、犯罪は成立しません(詳しくは前の記事参照)。

 暴行罪の故意、すなわち暴行の故意は、

人の身体に対して有形力を行使することの認識

と定義されます。

 暴行罪の故意は、「暴行になるかもしれない」という未必的認識であっても成立します(これを未必の故意といいます)。

暴行の犯意が否定された判例

 暴行の故意が認められて暴行罪が成立するとする判例は数多くあるところ、暴行の故意が否定される判例は希少です。

 そこで、暴行罪の故意が否定された判例を紹介します。

大阪高裁判決(昭和29年3月4日)

 被害者が、被告人を現行犯逮捕しようとして、その胸ぐらをつかみ、逃げようとした被告人もろとも転倒負傷した事案で、被告人の暴行の故意を否定し、傷害罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 傷害罪が成立するには、暴行を加える意思があって暴行を加えることによって傷害の結果が発生することを要する
  • そして、その暴行とは、人の身体に対する不法な一切の攻撃方法を言うのであるから、人の身体に対し不法な攻撃を加える意思がない場合には、たとえその相手方に傷害の結果が発生しても傷害罪とはならない
  • 被告人は、窃盗の目的で、N方居宅に侵入したところを、外出先から帰って来たNの弟Hが発見し、被告人を現行犯人として逮捕しようとして被告人の胸ぐらをつかんだので、被告人は逮捕を免れようとして「家庭の事情もあり、子供もいることだから、勘忍してくれ」とあやまりながら逃げようとしたが、Hが被告人の胸ぐらをつかんで離さなかったので、同家裏勝手口から約7mの間、庭先及び露路を後退し、竹やぶに突き当って、被告人が尻もちをつき、又起き上ってから、露路と畑との境の竹垣につまづいて、被告人とHとの二人が同時に畑地内に転倒し、Hが上になって被告人を押えつけ、殴ったり蹴ったりしているところへ、Sが応援にかけつけて被告人の首を締め、そこへ近隣のGが来て、三人がかりで被告人を縛りあげたものであって、Hの負傷は、Hが畑地内に転倒した時にできたものであることを認め得られる
  • これに対し、原判決の事実認定によると、被告人はHから「組みつかれたので逮捕を免れようとして組みつかれたまま、N方北側道路上を引きずり行き、自己と共にHを付近畑地内に転倒せしめ、よって同人に対し、全治約20日間を要する左前胸部打撲傷等を負わせた」というものであって、被告人の暴行としては、Hに組みつかれたまま引きずって行って、自分とともに畑地内に転倒させたということになるのであるが、事実は、被告人が陳謝しながら逃げようとして後退したのを、Hが被告人の胸ぐらをつかんで離さなかったため引きずられた結果になり、竹垣につまづいて同時に倒れたものであって、被告人において、Hの身体に対し不法の攻撃を加える意思があったものとは認めがたいのである
  • 記録中「格闘」とか「もみあう」等の用語が散見するけれども、これは単なる観念上の表現であって、被告人に暴行の犯意のあつたことを認定する資料とするわけにはいかない
  • そうするとHの身体に負傷の結果を生じたことは間違ないが、被告人に対して傷害罪の刑責を負わせることはできない

と判示し、被告人は暴行の犯意を欠くため、傷害罪は成立しないとしました。

広島高裁判決(昭和31年5月31日)

 職務質問に伴う所持品検査を求められ、秘密のメモを嚥下しようとしたのを制止されたため、思わず警察官を押したが、これは、むしろ自己防衛本能に根源する半ば無意識下の反射的挙動と認定するのが相当であるとして、暴行の故意を否定し、公務執行妨害罪と傷害罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 被告人は、懸念から所持のメモを嚥下しようとして口中に入れたとたん、A巡査が発見してこれを制止するため、自己の身体に手をかけ実力を行使したので、A巡査を遠ざけるため鞄を持ちながら両手でA巡査の肩の辺を押したところ、不意をつかれたA巡査が意外にも尻餅をつき、その際、右手拇指に捻挫傷を負ったものであることは既に認定した通りである
  • 以上の事実関係より観察すれば、被告人の右行為はA巡査に暴行を加え、その職務執行を妨害する意図に基いてなされたものとは到底認められず、むしろ自己防衛本能に根源する半ば無意識下の反射的挙動と認定するのが相当である
  • 而して、本件の発端からの前認定の事情をも加え、本件を全体的に考察するに、被告人の行為は法的に非難するに値しないものと解せられる
  • 結局、本件については暴行、公務執行妨害の犯意の証明不十分と認めるを相当とする

と判示し、暴行の犯意の証明不十分として、公務執行妨害罪と傷害罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

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