横断中の自動二輪車、原動機付自転車、自転車に対する注意義務
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、
自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務
を意味します。
(注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)
その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。
今回は、横断中の自動二輪車、原動機付自転車、自転車に対する注意義務について説明します。
注意義務の内容と事例
道路を横断中の自動二輪車、原動機付自転車、自転車に対する事故についての過失の判断は微妙な場合が多く、被告人の過失の存否を決するに当たっては、被告人が横断者の存在を予見できたかどうかがポイントになります。
被告人に過失ありとされた事例
運転者が、付近の状況に詳しく、車両の横断・進出の可能性を知悉しているような主観的事情は、予見可能性を認める大きな要素となります(東京高裁判決 昭和50年12月11日)。
道路を横断中の自動二輪車、原動機付自転車、自転車に対する事故について、過失ありとされた事例として、以下のものがあります。
① バスを運転中、授業時間中に中学校正門から出て来た自動二輪車(校長運転)と衝突した事案で、授業時間中であっても、校門から人や自転車が出て来ることについての予見可能性、予見義務があるとしました(大阪高裁判決 昭和31年2月28日、上告審:最高裁決定 昭和33年9月8日)
② バスを運転し、前方約17メートルの県道右側人家より被告車と同方向に向け斜め前方に横断しようとする原動機付自転車を認め、これに接近したところ、被告車を避ける様子がないので急停車の措置をとったが衝突した事案で、横断中の原動機付自転車を認めており、その際に減速すべき注意義務があるとしました(東京高裁判決 昭和32年3月26日)
③ 自動二輪車を運転して県道を進行中、左側の会社正門前に貨物自動車が2台駐車しており、その側方を通過しようとしたところ、その背後から県道上に出て来た原動機付自転車と衝突した事案で、会社正門前に駐車車両があって、前方等の見通しが困難となっていること、被告人は、しばしばこの正門前を通っており、内部に通路があって人車の出入りのあることを知っているという特殊事情を重視した上で会社正門を通る人車の出入りについての予見可能性、予見義務があるとしました(東京高裁判決 昭和50年12月11日)
④ 自動車を運転中、前方約20メートルの歩道上に自転車が車道を向いて停止し、操縦者が両手を離しているのを認め、そのまま進行したところ、自転車が急に横断を始め衝突した事案で、歩道上に停止していた自転車が、自己の運転する自動車の直前において車道横断の暴挙に出るかも知れないということを念頭において、自動車の運転をすべきであるとしました(東京地裁判決 昭和39年6月15日)
⑤ 乗車定員をはるかに超えた消防自動車を時速約55キロメートルで運転して火災現場に行く途中、前方約100メートルの道路左側を同一方向に進行している少年操縦の自転車を認め進行していると、約20メートルに接近して右自転車が道路を横断しようとして被告車右前方に進出したので、左転把、次いで右転把したため、車輪が右側溝に突っ込んだので、急制動、左転把したところ一回転して転覆した事案で、運転士に対し、定員オーバー、高速運転、ハンドル操作不適切等の過失ありとしました(東京高裁判決 昭和33年12月24日)
被告人に過失なしとされた事例
過失なしとされた事例として、以下のものがあります。
① 道路左側の内部の見通しの悪い住居の入口から出て来た自転車と衝突した事案で、自転車が出て来ることの予見可能性を否定し、被告人に過失なしとしました(大阪高裁判決 昭和37年7月27日)
② 道路右側の農家前庭から土橋を渡って出て来た原動機付自転車と衝突した事案で、原動機付自転車が出て来ることについての予見可能性なしとし、被告人の過失を否定しました(士別簡裁判決 昭和42年7月18日)
③ 道路右側を進行して来た大型貨物自動車の背後から横断しようとして進出して来た自転車と衝突した事案で、被害自転車は大型貨物自動車の陰になっていて、被告人には発見できず、また大型貨物自動車が接近して来る前に、自転車がいったん停止してその通過を待っている状況が被告人に認識できたか否かについて証拠なしとし、被告人の過失を否定しました(広島高裁判決 昭和43年12月27日)
④ 薄暮時、被告車が青色信号に従って進行中、交差点直前を右側から横断しようとして進出して来た無灯火の自転車と衝突した事案で、被告人に発見される前の被害者の状態が不明であり、被害者が前照灯をつけずに、走行している多数の対向車の間から出て来たのであれば、被告人にこの発見を求めることは無理であり、また、被害者が道路中央で横断の機会を待ちながら停止していたのであれば、被告人にこの発見の可能性がなかったわけでもないが、そう認定する証拠がないとし、被告人に過失なしとしました(最高裁判決 昭和44年9月2日)
⑤ 夜間、交差点付近で対向車と離合しようとした際、右側から横断しようとして進出して来た自転車と衝突した事案で、被告車の前照灯によって自転車の灯火を認めることはできなかったし、対向バスの前面を横切るときも自転車の灯火はバスの前照灯の光に吸収されて現認できなかったことから、被告人にとって、自転車の進行、横断は直前でしか認識できなかったとし、被告人の過失を否定しました(行橋簡裁判決 昭和35年2月25日)
⑥ 被告車が、手押し車(軽車両)を押している老女に気付かないまま追い抜き、横断歩道手前で停止している車両の後方でいったん停止後、発進した際、自車直前の死角内を横切ろうとした老女に接触した事案で、軽車両を押している老女が、横断歩道手前で停車している被告車とその左横に停車しているバスとの間の約1メートルの間を通り、被告車とその前に停止している車との間を通り、被告車の死角内を横切ろうとすることについての予見可能性、予見義務はないとし、被告人に過失なしとしました(新潟地裁新発田支部判決 昭和42年5月31日)
⑦ 普通貨物自動車を運転し、片側2車線の道路を時速約50キロメートルで走行中、左側歩道上から第1車線に進入した自転車を前方約55.2メートルの地点に認めて、第2車線に進路変更し、時速約40キロメートルに減速して走行していたところ、自転車がさらに第2車線に進出しようとしたのを約12.3メートル手前で認め、急制動の措置をとったが間に合わず衝突した事案で、被害者が道路交通法に違反して横断して来る可能性を予見して減速しろというのであれば、結局、自転車が第1車線を進行している場合は、第2車線を運転する自動車運転手は少なくとも自転車と同程度の速度まで減速することを要求することとなり相当でないとし、被告人の過失を否定しました(東京高裁判決 平成21年7月1日)
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