過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(21)~「横断中の歩行者に対する注意義務」を判例で解説~

横断中の歩行者に対する注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、横断中の歩行者に対する注意義務について説明します。

注意義務の内容と事案

 横断中の者に対する注意義務は、

  1. 幼児を含む児童に対する場合
  2. 成人(児童以外)に対する場合

とで大きく異なります。

 これは、児童は成人のような合理的な行動が期待できないため、その動静については一層注意する必要があるためです。

 以下において、①と②を分けて説明します。

① 児童に対する場合

 横断中の児童に対する事故については、車の運転手である被告人に過失ありとされる場合が多いです。

被告人に過失ありとされた事例

 被告人に過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

① 左側商店からよちよち歩きで出て来た幼児(2歳3か月)を直前で発見したが衝突した事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和31年1月17日)

② 左側商店から出て来て道路横断中の幼児(4歳)を数メートル手前で発見したが衝突した事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和37年6月20日)

③ 道路左端に佇立していた児童(10歳)が至近距離で急に横断を始めたが衝突した事案で、被告人に過失ありとしました(大阪高裁判決 昭和36年11月9日)

⑤ 被告車が住宅内道路を時速50キロメートルで進行し、右側から左側に横断しようとして駆けて来た幼児(2歳)を約20メートル手前で発見したが衝突した事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和44年8月4日)

⑥ 横断中に道路中央付近で対向車をやり過ごすためいったん停止後歩き出した幼児を、被告車が至近距離で認め、衝突した事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和43年4月3日)

被告人に過失なしとされた事例

 被告人の過失を否定した事例として、以下のものがあります。

① 被告車の前方を左から右へ横断中の下校途中の児童(9歳)がいったんしゃがみ込むなどしていたところ、急に前面に走り出し、衝突した事案です。

 被告人は被害者の動静注視を十分行っており、被害者には交通規則の遵守を期待できることなどを理由に、被告人の過失を否定しました。

② 児童(8歳)が道路を左から右に斜めに横断しようとして飛び出し、中央部まで進出したが、急に右せん回して元来た方に戻ろうとし、衝突した事案です。

 被告人は、時速15キロメートルで進行しており、被害者の斜め横断を認めると同時に急停車の措置をとっているところ、被害者は、道路中央部まで来て被告車に気付き、急に右せん回して元来た方に戻ろうとし、そのため大きく振った左手が停車した被告車左前照灯に当たり負傷したことなどから、被害者のいずれの行動も予見できなかったとし、被告人の過失を否定しました(東京高裁判決 昭和36年9月29日)

② 成人(児童以外)に対する場合

 横断中の成人に対する事故の事例として、以下のものがあります。

被告人に過失ありとされた事例

① 道路端で立ち話中の者が被告車の接近に気付かず横断を始め、衝突した事案です。

 道路が狭く、横断者が多いこと、あるいは被害者が被告車接近に全く気付いていなかったことなどを理由とし、被告人に過失ありとしました(高松高裁判決 昭和51年3月30日)

② 横断歩道を横断中の者に気付かなかったが、直前で気付き衝突した事案です。

 被告車に前方不注視の過失があるとしました(東京高裁判決 昭和40年2月26日)

③ 被告人が対向車の前照灯に眩惑されたことによって横断者に気付かず、衝突した事案です(東京高裁判決 昭和34年12月26日)

④ 横断中にいったん立ち止まった者が、再び横断を始め、その者に衝突した事案です。

 道路中央まで進み出た歩行者が、自動車に気付いて立ち止まっても、常にそのまま佇立して自動車通過を待つとは限らず、特に老人、酩酊者にあっては、そのような予測性の高いことを理由として、被告人の過失を認定しました(東京高裁判決 昭和37年6月21日)

⑤ 横断禁止箇所をそれと知り、また被告車の接近を認めながら横断を始めた者が、横断中いったん立ち止まって、2、3歩後退したのに全く気付かずに衝突した事案です。

 被害者にも重大な過失があるが、被告人に前方注視を怠り、時速50キロメートルで進行した過失ありとしました(東京高裁判決 昭和42年5月26日)

⑥ 被告車が、横断中の者の直近を通過したため、その歩行者を狼狽転倒させてけがをさせた事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和59年7月31日)

被告人に過失なしとされた事例

 被告人の過失を否定した事例として、以下のものがあります。

① 被害者が道路端で立ち話中、小走りで横断を始めたところに衝突した事案で、被害者の突然の横断について予見可能性がないとしました(岐阜地裁判決 昭和44年9月29日)

② 片側4車線の道路を横断歩道付近のガードレールを飛び越えて小走りで横断しようとした歩行者が、中央分離帯沿いの第4車線を通行中の自動車と衝突した事案です。

 先行車に視界をさえぎられて左斜め前方の見通しが不可能となれば、直ちに減速徐行して先行車との間隔を十分にとり、左斜め前方に対する注視を容易にした上、横断歩行者の早期発見につとめるまでの注意義務はなく、横断歩道の直前など、歩行者の出現が予想されるような具体的事情の存しない限り、先行者の運転を信頼し、先行車が警音器を吹鳴し、徐行し、方向を転ずるなど、危険の発生を予知しうるような措置に出た場合に、これに即応して臨機の措置をとり得るよう先行車の動静を絶えず注視すれば足りるとし、被告人に過失なしとしました(岡山地裁判決 昭和46年2月1日)

③ 横断歩道でない箇所を、被害者が酩酊してガードレールの切れ目から駆け足で横断し、衝突した事案で、被害者がそのような横断をすることまで予測すべき義務はないとし、被告人の過失を否定しました(東京高裁判決 昭和45年5月25日)

④ 被害者が横断禁止を無視し、ガードレールをまたいで車道を横断し、衝突した事案で、被害者がそのような横断をすることについて予見可能性がないとし、被告人の過失を否定しました(東京地裁判決 昭和47年3月18日)

⑤ 雨中の深夜、黒っぽい服装をし黒い傘をさして横断中の歩行者に衝突した事案で、被告車の時速約65キロメートルを前提にすると、被害者の発見、認知が可能で、事故回避措置を期待できる地点において、被告人が上記措置をとったとしても、衝突を回避できた可能性がないので、前方注視義務違反は認められないとし、被告人の過失を否定しました(千葉地裁判決 平成7年7月26日)

⑥ 交通整理の行われていない交差点の横断歩道付近で横断していた発見困難な歩行者をはねた事案で、前方注視を尽くしても、横断開始地点から被告車前照灯による照射可能地点に到達するまでの間、被害者を認識できず、前照灯照射によりとらえることができるようなった地点では衝突は不可避であったのではないかとの疑いが残るとし、被告人の過失を否定しました(福岡高裁判決 平成7年1月25日)

⑧ 被告車が駐車場と歩道との境界線付近の駐車場内でエンジンをかけながら一時停止し、被害者が左から右に自車前方を通り過ぎるのを確認し発進したところ、被害者が引き返して来て衝突した事案です。

 一般の成人の歩行者が、エンジンをかけながら車道に向かって停止している自動車の目前を通過した後、自動車の動静に注意せずに引き返すことは極めてまれなことであり、運転者に対し、常にこのような稀な事態をも予測した上で、被害者が引き返して来るかどうか確認する注意義務はないとし、被告人に過失なしとしました(名古屋地裁判決 平成3年1月18日)

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