過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(8)~「青色信号に従って車で交差点を直進する際の注意義務」を判例で解説~

青色信号に従って車で交差点を直進する際の注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、青色信号に従って車で交差点を直進する際の注意義務について説明します。

注意義務の内容

 交通整理の行われている交差点に、青色信号に従い、車で進入しようとする場合、特別の事情がない限り、左右道路から信号を無視して交差点内に進入する車両がないことを期待して運転すれば足りるとされます。

 このことは、自動車運転者にとって最も基本的な前方注視義務まで免除されるものではなく、横断しようとする人・車が現に存し、またこれが十分予想される場合には、回避措置をとるべきであるとされています(東京高裁判決 昭和51年4月8日)。

具体的事例

青色信号に従って直進した際の自動車に対する事故について、過失ありとされた事例

 青色信号に従って直進した際の自動車に対する事故について、過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和42年3月15日)

 対向車が右折することが十分予想され、しかも、交差点の東西道路中央部にある植込みなどのため、対向車に対する見通しが極めて悪い交差点を、時速50キロメートルで直進しようとし、対向右折車を8メートル右斜め前方で発見し事故となった事例。

 見通しの悪い状況下で交差点を進行するに当たっては、対向車が右折することを予想していつでも急停止できる程度に減速し進行道路の交通の安全を確認して進行すべきであったとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(昭和45年1月27日)

 時速60キロメートルで交差点に進入しようとし、左方道路から進行して来て右折しようとするクレーン車を認めたが、そのまま進行し衝突した事例。

 被告人において、クレーン車のような大きな車がウィンカーを点滅して右折の合図をしながら徐々に右折しているのを認めながら、60キロメートルの高速で直進したのであって、被告車がクレーン車の進行を妨げたのであり、被告人の過失の方が大である(当時は道路交通法上、直進車は「既に右折している車両」の進行を妨げてはならないとされていた)とし、被告人に過失ありとしました。

大阪高裁判決(昭和43年6月21日)

 見通しは良いが、極めて広い交差点であるため、交差道路側の信号が赤色となっても、交差道路を進行する車が予想され、現に交差道路右側から原動機付自転車が進行しており、これを2.5メートルで発見し、衝突した事例。

 交差道路側の信号が赤色となっても、交差道路を通り抜ける車両のあり得ることは予想され、被告人としては、前方に対する見通しが容易であったから、信号に従って進行する場合であっても、前方特に右前方を注視し、交通の安全を確認して進行すべきであったとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(平成13年10月24日)

 最高速度が時速60キロメートルと法定されている道路を時速100キロメートルで進行し、交差点を青色信号に従って進行するに当たり、対向右折通行帯を進行してきた被害者運転の普通乗用自動車を前方約90メートルの地点に認めたのに、時速約90キロメートルに減速したのみで進行し、右折してきた被害車両と衝突した事故について、被害車両の動静を十分に注視して進路の安全を確認すべき注意義務を怠ったとした事例。

 この判決は、道路交通法37条による右折車両に対する直進車の優先通行権を主張するためには、右折車が直進車の速度について通常予想し得る程度の速度で走行すれば足りるとし、法定最高速度を超えれぱ優先通行権を主張できないとして法定最高速度まで減速すべきとした原判決には事実誤認があるとして差し戻しました。

青色信号に従って直進した際の自動車に対する事故について、信頼の原則が適用され、過失なしとされた事例

 青色信号に従って直進した際の自動車に対する事故について、信頼の原則が適用され、過失なしとされた事例として、以下のものがあります。

広島高裁判決(昭和49年4月30日)

 青色信号に従い、他車にさきがけて交差点内に進入したところ、左方道路から赤色信号を無視して進行して来た普通乗用車と衝突した事例。

 赤色信号を無視して被告人車の進行を妨害する被害車のような車両のあり得ることまで予想すべき注意義務はなかったとし、被告人に過失はないとしました。

東京地裁判決(昭和46年2月27日)

 交差点に進入しようとしたところ、交差点手前入口の横断歩道14メートル手前で、普通貨物自動車がセンターラインを越えて右折開始したのを52メートル先に認め、急停車の措置をとったが衝突した事例。

 被告人としては、本件交差点では右折車は直進車である自車に進路を譲ってくれるものと信じて運転すれば足りたとし、被告人に過失はないとしました。

 なお、この事案では被告人車両は制限速度を20キロメートル超過していたが、この点も過失を構成しないとしました。

名古屋高裁判決(昭和45年2月19日)

 交差点を直進しようとしたところ、対向大型貨物自動車があり、その後方の見通しが困難であったが、そのまま進行し、これと離合した直後、その後方から右折しようとして被告車進路に進出して来た原動機付自転車を右斜め前方で発見し、衝突した事例。

 対向して来る車の後続車両の運転者が交通法規を守り、自車の通過を待つて右折進行するなど、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足りるとし、被告人に過失はないとしました。

自転車、歩行者に対する事故について、過失ありとされた事例

 自転車、歩行者に対する事故は、自動車に対する場合と比べて、自動車運転者に過失ありとされる場合が多いです。

 この種の事故で過失ありとされた事例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和56年2月18日)

 時速85キロメートルで進行し、歩行者専用押ボタン式信号機が赤色を示しているのに、自転車に乗車して幾分下を向いて交差点に進入して来た者(当時75歳)を右斜め前方50.8メートルに発見し、左転把、急制動の措置をとったが衝突し、死亡させた事例。

 制限速度を遵守し、左右の道路から交差点に進入する車両の有無に注意を払って進行すべきであったとし、被告人に過失ありとしました。

高松高裁判決(昭和49年10月29日)

 信号機に気を取られ、横断歩道を右から左に進行し、被告車の方を向いて立っていた酩酊者(当時56 歳)に衝突し、死亡させた事例。

 前方注視義務は、自動車運転の際の注意義務として、もっとも基本的なものであり、被告人に対し、右前方に対する注視義務を認めることは格別過酷な要求とも考えられないとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(昭和51年4月8日)

 信号を無視して横断中の者に衝突し、死亡させた事例。

 結果を回避する措置をとり得る安全距離圏にあった時点において、被害者はすでに横断を開始し、交差点内に進出していたこと、及びその歩行態度からして、被害者が信号を無視して横断しようとしている状況であったことは、被告人が前方注視を怠らなかったならば十分確認し得たであろうことは明らかであり、横断歩行者の信号無視が予見し得る場合には、自動車運転者において回避措置を講ずるのが相当であるとし、被告人に過失ありとしました。

東京高裁判決(昭和39年11月30日)

 先行車が左折の合図をし、速度が遅いので右側へ出ようとしてこれとほぼ並行になったとき、先行車前方の横断歩道を左から右へ横断していた者(当時34歳)を4.5メートル前方に発見し、急制動の措置をとったが衝突し、死亡させた事例。

 前車の発進が遅れ又は発進後の進行速度が遅いのは、前車の前方を横断しようとしている歩行者があって、これが前車の発進ないし加速進行を妨げているためである場合があることを予想することができるのであるから、かかる歩行者との接触ないし衝突事故の発生を未然に防止するため、横断歩道を通過し終わるか、又は少くとも前車の右側に進出し、横断歩道上又は交差点内における歩行者の有無を確認し得る地点に達するまでは、前方(特に左方)を注視し、もしかかる歩行者があるのを認めたときは、いつでも直ちに急停ないし回避運転の措置をとることができる程度に徐行する業務上の注意義務があり、このことは歩行者に停止信号を無視して横断を開始した過失があると否とを問わないとし、被告人に過失ありとしました。

大阪高裁判決(昭和45年8月21日)

 約20メートル前方歩道上の車道すぐそばに下校途上の小学生(6歳)が立っているのを発見したが、漫然と加速進行したところ、小学生が横断しようとして走り出したのを直前で認めて衝突し、死亡させた事例。

 被害者は満6歳の小学生で、適切な行動を期待できない上、被告人も被害者の存在を認識し、その立っている位置、態度から不測の危険な行為に出ることが予見可能であったとして、警音器を吹鳴して警告を与えるなど、その挙動に周到な注意を払うとともに、いつでも停車できるように減速、徐行し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるとし、被告人に過失ありとしました。

自転車、歩行者に対する事故について、過失なしとされた事例

 上記事例とは逆に、自転車、歩行者に対する事故で、被告人の過失なしとされた事例もあります。

大阪高裁判決(昭和46年8月17日)

 信号無視をしてきた自転車に衝突した事故で、被告人が信号を無視して右方から進入してくる自転車はあるまいと信じたのは当然であり、過失はないとしたました。

東京高裁判決(昭和42年12月15日)

 信号無視してきた自転車に衝突した事故です。

 相手は赤信号表示に従い、あたかも停止しようとしている気配に察せられたので、被告人は、相手は当然信号に従い停止線内に停車するものと判断した場合について、被告人には警音器を吹鳴し、あるいは徐行すべき業務上の注意義務はないとし、被告人の過失を否定しました。

大阪簡裁判決(昭和47年6月3日)

 信号無視してきた歩行者に衝突した事故です。

 被告車の直前を信号を無視してとっさに横断しようとする歩行者のあることまで予想して運転する義務はないとし、被告人の過失を否定しました。

大阪高裁判決(昭和42年10月7日)

 安全地帯に停車中の市電の背後から、信号に違反して道路を横断して来た歩行者と衝突した事故です。

 自動車等の車両が走行している以上、歩行者において左右の安全を十分確認するなど自己防衛の手段を尽くすであろうことを一応期待するのが通常であるとし、被告人の過失を否定しました。

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