売主による売買の目的物の横領
売主が物や不動産を顧客に売り、その物や不動産を顧客に引き渡す前に、その物や不動産を領得した場合は横領罪が成立します。
売買契約成立により、売主から買主へ物や不動産の所有権が移り、刑法252条1項でいう「自己の占有する他人の物」の状態になった物や不動産を売主が領得することで、横領罪が成立するという考え方になります。
目的物が「自己が占有する他人の物」になる時期
売主による売買の目的物の横領については、売買される物・不動産が、売主にとって「自己が占有する他人の物」になる時期を特定する必要があります。
結論として、売買の目的物である登記未了の不動産や、引渡し未了の動産は、特約がない限りは、
売買契約成立後に、売主にとって、自己が占有する他人の物になる
こととなり、この時に横領罪の客体たり得ることになります(大審院判決 明治30年10月29日)。
物売買における所有権の移転時期
ちなみに、「自己が占有する他人の物」になる時期とは、物売買における所有権の移転時期と同義です。
なので、物売買における所有権の移転時期を理解しておくことが有効です。
物売買における所有権の移転時期は、
- 原則として契約成立時に所有権が移転する(大審院判決 大正2年10月25日、最高裁判決 昭和33年6月20日)
- 不特定物売買であれば、目的物が特定したときに所有権が移転する(最高裁判決 昭和35年6月24日)
- 特定物の他人物売買であれば、売主がその所有権を取得したとき所有権が移転する(大審院判決 大正8年7月5日、最高裁判決 昭和40年11月19日)
- 所有権移転時期に関して特約がある場合は、その特約による(最高裁判決 昭和35年3月22日、最高裁判決 昭和38年5月31日)
となります。
売買契約の目的物の横領に関する判例
売買契約の目的物の横領に関する判例として、以下の判例が参考になります。
不動産の所有権を他に譲渡しながら、登記名義が自己にあるのに乗じ、これを第三者に売却するいわゆる二重売買について、判例は、不動産の所有権が売買により買主に移転しても、登記簿上の所有名義がなお売主にあるときは、売主は不動産を占有するものであるとして、横領罪の成立が認められます。
この判例で、裁判官は、
- 不動産の所有権が売買によって買主に移転した場合、登記簿上の所有名義がなお売主にあるときは、売主はその不動産を占有するものと解すべきことは当裁判所の判例とするところである
- この理は、本件の如く、当該不動産を買主に引渡し、買主においてその不動産につき事実上支配している場合であっても、異ならない
- 蓋し、登記名義人である売主は、右不動産を引渡した後においても、第三者に対し有効に該不動産を処分し得べき状態にあるから、なお刑法上、他人の不動産を占有するものに該当するものといわねばならない
- それ故、本件不動産を売却し、所有権を移転した後、未だその旨の登記を了しないことを奇貨として右不動産につき抵当権を設定しその旨の登記をした所為を横領罪とした一審判決を維持した原判決は正当である
と判示しました。
広島高裁岡山支部判決(昭和49年10月31日)
この判例は、他人物である土地を売買した場合も、売主がその土地の所有権を取得して自己名義の登記を経たのにその土地に抵当権設定等を行った場合には、自己が占有する買主の所有物を不法に領得したものとして横領罪が成立するとしました。
所有権留保約款付割賦売買契約に関しては、代金完済までは、目的物の所有権は売主に属する(割賦販売法7条は、割賦販売による指定商品の所有権は、賦払金の支払義務が履行される時までは割賦販売業者に留保されたものと推定する旨を規定する)ので、月賦金完済前に他に売渡担保として提供したら横領となります。
この判例で、裁判官は、所有権留保特約付割賦売買契約に基づき購入した貨物自動車3台につき、それぞれ24回の月賦払いのうち、いずれも3回分の割賦代金を支払ったのみの状態で、買主がこれを金融業者に対して借金の担保として提供したという行為について、横領罪に該当するとしました。
他人から物品の売却を依頼されたときは、特約ないし特殊の事情がない限り、委託品の所有権は、その売却に至るまで委託者に帰属します。
この判例で、裁判官は、
- 他人から物品の売却方を依頼されたときは、特約ないし特殊の事情がない限り、委託品の所有権はその売却に至るまで委託者に存し、また、その売却代金は委託者に帰属するものであるから、ほしいままに着服又は費消するときは横領罪を構成すること論を待たない
と判示し、横領罪の成立を認めました。
大審院判決(大正3年6月20日)
この判例は、見本は取引の目的物ではないので、買主が売主から見本として預かった商品の所有権は売主に帰属し、預かった趣旨に反してこれを売却すれば横領罪となるとしました。
大審院判決(大正2年10月23日)
この判例は、薪炭商から注文主に送付した木炭が品質不良であるとして商談が成立せず、注文主のところで預かり置かれていた木炭を、売買の周旋人が引き取った場合、その木炭は薪炭商の所有物であり、周旋人がこれを不法に売却したときは横領罪となるとしました。
違法で無効な売買契約に基づく目的物は、買主に所有権が帰属しないので、横領罪は成立しない
違法で無効な売買契約に基づく目的物は、買主に所有権が帰属しないので、横領罪は成立しないとした判例として、次のものがあります。
この判例は、強行法規に違反する無効な売買によっては買主が目的物の所有権を取得することができないので、臨時物資需給調整法に違反して売り渡した物を買主に引き渡す前に他に売却しても横領罪とはならないとしました。