刑法(横領罪)

横領罪(40) ~横領行為の類型①「横領行為としての『売却』」「仮装売買による横領罪の成否」「売却の意思表示をした時に横領罪は成立する」「不動産の売却に関する横領罪の成立時期」を判例で解説~

横領行為としての「売却」

 横領行為の類型は、

①売却、②二重売買(二重譲渡)、③贈与・交換、④担保供用、⑤債務の弁済への充当、⑥貸与、⑦会社財産の支出、⑧交換、⑨預金、預金の引出し・振替、⑩小切手の振出し・換金、⑪費消、⑫拐帯、⑬抑留、⑭着服、⑮搬出・帯出、⑯隠匿・毀棄、⑰共有物の占有者による独占

に分類できます。

 今回は、「①売却」について説明します。

委託物を売却すれば横領罪になる

 委託物の売却権限を有しない者が、その委託物を不法に売却する行為は、横領行為に当たります。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和24年6月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 横領罪は、他人の物を保管する者が、他人の権利を排除して、ほしいままにこれを処分すれば、それによって成立するものであることは明らかであり、必ずしも自分の所有となし、もしくは自分が利益を得ることを要しない
  • 被告人は、村農会会長在任中、業務上保管中の国所有の玄米144俵及びA営団所有の玄米320俵を、正規の手続を経ないで、ほしいままにこれを特配名義の下に売り渡したというのであるから、横領罪を構成することは疑いない
  • 他人の物を保管する者が、他人の権利を排除して、ほしいままにこれを処分すれば、横領罪は成立するのであるから、判示玄米を処分したことは、村民救済のためであるとしても、犯罪の成立をさまたげるものではない
  • また、処分によって得た金銭は一銭も私しないとしても、横領罪が成立することは明らかである

と判示しました。

最高裁判決(昭和41年9月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 有価証券信用取引において、顧客から証券業者に保証金の代用として、有価証券を預託する行為は、根担保質権の設定であると解し、この有価証券につき、顧客の同意の範囲外である売却処分をした行為をもって、業務上横領罪にあたるとした判断は正当と認められる

と判示しました。

大審院判決(昭和17年12月7日)

 この判例は、他に売却する旨の委託を受けて占有していた物件であっても、自己のために売却した場合には、委託の趣旨に反したものとして横領罪になるとしました。

委託物の売却行為が、権限なくしてなされた不法のものとはいえず、横領罪を構成しないとした判例

 売却行為が権限なくしてなされた不法のものとはいえず、横領罪を構成しないとした判例として、次のものがあります。

広島高裁判決(昭和30年6月4日)

 県が市の失業対策事業等を援助するため、旧軍施設内に散在する国有財産であるスクラップの清掃作業を市に施行させ、市が集積したスクラップの品目数量等を県に報告し、県が検査確認して市に払い下げ、市はこれを売却して、人夫費等の諸経費を差し引き、残金があれば国庫に納入するという契約であった場合には、市が作業により集積した実数量より少ない数量を報告し、県も粗略な確認のみで払い下げたため、市において払下数量以上のスクラップを売却処分をして多額の売得金を得たとしても、払下数量を超過する分について、払下げの対象外として市の売却を許さないという趣旨のものではなかったと解され、その売却行為は権限なくしてなされた不法のものとはいえず、横領罪を構成しないとしました。

仮装売買による横領罪の成否

 委託物を仮装売買した場合は、ただちに横領罪の成立が認められるものではなく、横領罪が認められるケースもあれば、認められないケースもあります。

仮装売買による横領罪が成立しないケース

 仮装売買による横領罪の成立を否定した判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和2年3月18日)

  この判例は、譲渡担保に供した上で占有を続けていた火鉢や花瓶等の骨董品に関し、債権者担保権実行を妨げて交渉するために、相手方と通謀して仮装の売買契約を締結した場合、当該物件を処分又は領得したということができず、詐欺罪や横領罪は成立しないとしました。

【解説】

 所有権の侵害は、事実上、所有者がその物について権利の行使を不可能ないしは困難ならしめるものであれば足りますが、上記判例の事例の場合は、委託物の所有権を侵害する危険が薄いことを根拠とし、横領罪が否定されました。

仮装売買であっても横領罪の成立が認められるケース

 仮装売買であっても、委託物が善意の第三者に売却されたときは、その第三者がその物件の所有権を取得することになります(民法94条2項)。

 なので、仮装売買のような仮装の処分行為であるというだけで、横領行為であることが否定されるわけではありません。

 学説では、仮装売買により不動産の占有者となった者が、これを悪意の第三者に売却した場合に、第三者が物件の所有権を取得する観点から、横領罪の成立を認める見解があります。

 さらに、通謀の相手方たる買主が、善意の第三者に対してした仮装売買は、場合によって横領罪を構成するとの見解があります。

 判例においても、仮装売買による横領罪の成立を認めた以下の事例があります。

大審院判決(明治42年8月31日)

 この判例は、製造した船舶を仮装売買により引き渡した場合には、実体上は所有権が移転しなくとも横領となるとしました。

最高裁決定(平成21年3月26日)

 この判例は、虚偽の抵当権設定仮登記をした行為について、横領罪の成立を認めました。

 事案は、他人所有の建物を、その他人のために預かり保管していた者が、金銭的利益を得ようとして、その建物の電磁的記録である登記記録に不実の抵当権設定仮登記を了したことにつき、電磁的公正証書原本不実記録罪及び同供用罪とともに、横領罪が成立するとしたものです。

 裁判官は、

  • 被告人は、和解により、所有権がB会に移転した本件建物を同会のために預かり保管していたところ、共犯者らと共謀の上、金銭的利益を得ようとして仮登記を了したものである
  • 仮登記を了した場合、それに基づいて本登記を経由することによって仮登記の後に登記された権利の変動に対し、当該仮登記に係る権利を優先して主張することができるようになり、これを前提として、不動産取引の実務において、仮登記があった場合には、その権利が確保されているものとして扱われるのが通常である
  • 以上の点にかんがみると、不実とはいえ、本件仮登記を了したことは、不法領得の意思を実現する行為として十分であり、横領罪の成立を認めた原判断は正当である

と判示しました。

【解説】

 上記のような仮装売買による横領罪の成立を認める判例があることからも、虚偽の売却行為は横領に当たらないと一般化されるものではありません。

 仮装売買による横領罪が否定されるケースでは、仮装売買の態様により、所有権侵害の危険性がさほど高くないことや、委託物の性質や仮装売買の態様などに関する個別事情のもとで、横領罪の成立を否定する判断をしています。

 仮装売買であっても、相手方が対抗要件(登記、仮登記など)まで備えるなど、所有権侵害の危険を具体化させたような場合には、不法領得の意思を実現させる行為であると評価でき、横領罪が成立を認める判断をしていると解されます。

売却の意思表示をした時に横領罪は成立する

 売却による横領罪は、行為者が、第三者に対し、売却の意思表示をした時点において、横領罪の成立が認められます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(大正2年6月12日)

 この判例は、行為者が第三者に対して売却の意思表示をした以上、相手方の買受けの意思表示がなくとも不法領得の意思の発現行為があったものとして横領罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 自己の占有する他人の物を不法に売り渡さんとする行為あるにおいては、相手方がこれを買い受ける意思表示を為すをまたずして横領罪は完成し、その領得物は、贓物たるの性質を具有するものとす
  • 従って、情を知りて買い受けたる相手方の行為は、横領罪の共犯にあらずして贓物故買罪(現行の盗品等有償譲受け罪)に該当するものとす

と判示しました。

売却の斡旋の依頼行為をした場合も、その意思表示をした時点で横領罪が成立する

 売却の斡旋の依頼行為をした場合も、売却の意思表示をした場合と同様であり、そのような意思表示をした時点で、委託物は財産に対する罪に当たる行為によって領得された物となり、横領罪が成立します。

 なお、その情を知って、その委託物を譲り受けた者に対しては、贓物牙保罪(現行の盗品等有償処分あっせん罪)が成立します。

 この点について判示した以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和29年10月19日)

 業務上横領罪の共犯が成立するか、贓物牙保罪(盗品等有償処分あっせん罪)が成立するかが争点となった事案で、裁判官は、

  • 被告人Aは、被告人Bから、被告人Bの業務上占有に係る漁網綿糸を不法に売却し横領しようとする決意を告げられ、その売り込み斡旋方を依頼されたにとどまること明らかであり、被告人Bの業務上横領の所為について、共謀したものとは認められない
  • そして、被告人Bが、被告人Aに、その業務上占有に係る漁網用綿糸を不法に売却し、横領しようとする決意を告げ、かつ、その売却の斡旋を依頼した行為は、すなわち、漁網用綿糸を不法に領得しようとする意思を外部に表現した行為と認むべきであるから、これによって横領行為は完成し、漁網用綿糸は、同時に贓物たる性質を具備するに至ったものと解す
  • したがって、被告人Aが、被告人Bの依頼を承諾し、その事情を知りながら、これをCに対し売却の周旋をした所為を贓物牙保罪(盗品等有償処分あっせん罪)に問擬していることは相当である

と判示しました。

不動産の売却に関する横領罪の成立時期

 不動産の売却に関しては、学説では、意思表示の段階では所有権を失わせる危険性の程度が具体化しているとはいえないので、単なる売却の意思表示のみでは既遂に達せず、登記の完了をもって既遂に達するとの見解もあります。

 しかしながら、横領行為とは、不法領得の意思を実現する行為であって、所有権侵害の危険を生じさせる行為であればよいのであるから、不動産であれば一律に登記を要するというのは行き過ぎであるという意見もあります。

 そこで、不動産に関しては、動産ほどに処分が容易ではなく、売却の意思表示だけで所有権侵害の危険が生じたと認め難いことも多いことを念頭に置いた上で、個々の事案ごとに不法領得の意思を実現する行為に至ったといえるのかを判断する必要があると解されます。

次の記事

横領行為の類型の記事まとめ

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横領罪(41) ~横領行為の類型②「二重売買(二重譲渡)による横領罪」を判例で解説~

横領罪(42) ~横領行為の類型③「贈与・交換による横領罪」を判例で解説~

横領罪(43) ~横領行為の類型④「担保供用による横領罪」「質権・抵当権・譲渡担保権の設定による横領」を判例で解説~

横領罪(44) ~横領行為の類型⑤「債務の弁済への充当による横領罪」「貸与による横領罪」を判例で解説~

横領罪(45) ~横領行為の類型⑥「会社財産の支出による横領罪」を判例で解説~

横領罪(46) ~横領行為の類型⑦「交付による横領罪」を判例で解説~

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