横領罪(刑法252条)の既遂時期について説明します。
なお、横領罪に未遂を処罰する規定はなく、横領未遂罪は存在しません。
(犯罪の既遂と未遂についての一般論は前の記事参照)。
横領罪の既遂時期
横領罪は、
不法領得の意思を外部に発現する行為
があった時に既遂に達します。
必ずしも目的物に対して費消、交換、贈与等の処分行為に及ばなければならないというものではありません。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(明治43年12月2日)
この判例で、裁判官は、
- 横領罪の成立に必要なる横領の行為は、犯人が他人の物を自己の物として不正に領得するの意思を有し、この意思ありと認べき外部行為を実行したるのみをもって足り、必ずしもその目的物に対し、消費、交換、若しくは贈与等の処分行為を為すことを要せず
と判示しました。
この判例で、裁判官は、
- 横領罪は、自己の占有する他人の物を自己に領得する意思を外部に発現する行為があったときに成立するものである
- そして、その不法領得の意思を発現する行為は、必ずしもその物の処分のような客観的な領得行為たることを要せず、単に領得の意思をもって為した行為たるをもって足るのである
と判示しました。
横領罪の既遂時期に関する判例
さらに、横領罪の既遂時期に関する参考となる判例として、以下のものがあります。
大審院判決(大正2年6月12日)
この判例は、動産を売却する意思表示があれば、相手方の買受けの意思表示がなくとも横領罪は成立するとしました。
裁判官は、
- 自己の占有する他人の物を不法に売り渡さんとする行為あるにおいては、相手方がこれを買い受ける意思表示を為すをまたずして横領罪は完成し、その領得物は、贓物たるの性質を具有するものとす
- 従って、情を知りて買い受けたる相手方の行為は、横領罪の共犯にあらずして贓物故買罪(現行の盗品等有償譲受け罪)に該当するものとす
と判示しました。
大審院判決(大正11年2月23日)
この判例は、宿泊した宿を立ち去る際に、宿泊費等の担保とする趣旨で委託物を差し置いた事案において、担保に供する意思が表示されたとして横領罪を構成するとしました。
裁判官は、
と判示しました。
横領罪の実行行為に至っていないとした判例
不法に領得する意思をもって行うすべての行為が横領となるものではありません。
横領罪の実行行為に至っていないとした判例として、以下のものがあります。
大審院判決(明治43年8月9日)
この判例は、横領の実行を確実にするために、領収証を偽造しただけでは、横領の準備行為にすぎないとしました。
仙台高裁判決(昭和28年7月25日)
この判例は、立木の横領に関し、伐採賃を支弁したとか、伐採して素材とした旨を官庁備付けの帳簿に記載しなかったというだけでは不法領得の意思が確定的に発現されたとは断定し難く、立木を伐採して得た素材を転売したときを横領の既遂時期とするのが正当であるとしました。
裁判官は、
- 横領罪は、その未遂犯が処罰されないことに鑑み、横領行為は不法領得の意思が行為によって外部に発現したときに着手あり、と同時に行為の終了あり、すなわち犯罪として既遂になる、と解すべきである
- それ故、不法領得の意思を明瞭に識別し得べき行為が横領行為なのである
- 被告人は、残立木を伐採した伐採賃を自己の費用で支弁したとか、あるいはそのように伐採して素材とした旨を官庁備付けの諸帳簿に記帳しなかったとかいうだけのことであるから、かかる行為は、右立木に対する被告人の不法領得の意思が確定的に発現されたものとは断定し難いのである
- その後、右立木を伐採して得た素材を他に転売するというような行為があれば、かかる行為こそ、この素材に対する被告人の不法領得の意思の発現なりと確定的に評価することができるのである
- 従って、原判決のように、横領の目的物を立木でなく、この立木を伐採して得た素材であると認定し、横領の既遂時期を伐採賃の支払ないし帳簿不記入の期間ではなく、素材転売時期と認定することは正当であるといわなければならない
と判示し、目的物を転売したときを横領の既遂時期と認定しました。
横領罪が既遂に達した以上、その後に行われた行為は横領罪の成否に影響しない
横領罪が既遂に達した以上、その後に行われた行為は横領罪の成否に影響しません。
横領罪の成否に影響しない横領後の行為として、
- 弁償、返還、費消後の分割弁済
- 委託者による事後承認
- 裁判上の和解
- 被害者の宥恕
などがあります。
この点について、参考となる判示として、以下のものがあります。
弁償、返還、費消後の分割弁済
委託物を横領後、横領が発覚したことで、委託物返還の履行期の到来前に、横領した委託物を返還しても、横領罪の成立は否定されないとしました。
事案は、被告人が、業務上占有中の愛媛県所有のセメント291袋を、不正に領得する意思をもって、同県の出先機関であるA土木事務所の職員に対し、右セメントが組合倉庫等に保管されているにかかわらず、残存していない旨申向け、それ以降、所有者たる愛媛県のためではなく、自己のために占有を継続し、横領したというものです。
裁判官は、
- 業務上横領罪の成立に必要な横領行為があったというためには、業務上占有する他人の物を自己の物として不正に領得する意思があると認められる外部行為を実行しただけで足り、必ずしもその目的物に対し消費、交換もしくは贈与等の処分行為をなすことを必要としないと解すべきである
- したがって、業務上横領罪の罪となるべき事実として判示すべき事実も、右要件を充足すれば十分であるというべきである
- 被告人が、不正領得の意思をもって、A土木事務所職員に対し、不実の告知をしたことにより、 被告人は爾後愛媛県のために占有を継続するのではなく、自己のために占有を継続す るものであることが外部から客観的に看取できるのであって、右所為は、とりもなおさず不正領得の意思の発現行為、すなわち横領行為そのものであるというべきである
- したがって、不正領得の結果は既に発生したことに帰し、後日、履行期到来後、飜意して占有物を返還するのは、被害の弁償にほかならないから、原判決が履行期の到来の有無を判示することは毫も必要のないことである
と判示し、委託物の返還は、横領罪の成否に影響しないとしました。
委託者による事後承認
仙台高裁判決(昭和29年4月19日)
この判例は、横領した金銭の費途の事後承認がなされても、横領罪の成否に影響はしないとしました。
裁判官は、
- 金銭その代の代替物といえども、一定の目的費途を定めて寄託された場合においては、その所有権は受寄者に移転しないものと解すベきであるから、これを自己の用途に費消し、あるいは自己の用途に費消する目的をもって、事実的処分をすれば横領となることもちろんである
- 従って、被告人の本件着服の所為は、業務上横領罪を構成するものというべきである
- 後日、組合総会において、横領した金銭の費途につき、事後承認を得たというがごとき事情は、すでに成立した横領罪並びに被告人の罪責に何ら消長を及ぼすものではない
旨判示しました。
裁判上の和解
大審院判決(昭和7年11月24日)
この判例で、裁判官は、
と判示し、裁判上の和解は、横領罪の成否に影響しないとしました。
被害者の宥恕
大阪高裁判決(昭和24年12月23日)
この判例で、裁判官は、
- 他人の物を占有する者が、委託の任務に背いて、ほしいままにこれを費消するときは、直ちに横領罪が成立するのであって、右委託を引受けることが好意によると法律上の義務によるとによって差異はない
- また、被告人に返還能力があったり、被害者が後日宥恕しても横領罪の成立を左右するものではない
と判示しました。