刑法(横領罪)

横領罪(63) ~他罪との関係⑤「横領罪と背任罪との関係」「横領罪と背任罪のどちらが成立するかの判断基準」を判例で解説~

 前回に引き続き、横領罪(刑法252条)と他罪との関係について説明します。

  今回は、横領罪と

  • 背任罪

との関係について説明します。

背任罪との関係

横領罪と背任罪の違い

 横領罪(刑法252条)と背任罪刑法247条)は、信任違反を本質とする点で共通しており、構成要件上は処罰範囲が重なり得る面があり、両罪の区別が問題となります。

 背任罪は、

  • 客体が利益であること
  • 加害目的を含むこと
  • 犯人が他人のためその事務を処理する者である必要があること

が横領罪とは異なります。

 法定刑にも違いがあり、横領罪が5年以下の懲役(刑法252条)、その加重類型の業務上横領が10年以下の懲役(刑法253条)であるのに対し、背任罪が5年以下の懲役又は50万円以下の罰金(刑法247条)、その加重類型である取締役等による特別背任罪会社法960条)が、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又は併科となっています。

 刑法上の規定では、横領罪の方が背任罪よりも下限が重く(横領罪の下限は5年以下の懲役だが、背任罪の下限は50万円以下の罰金)、特別背任罪も業務上横領に比べて主体が非常に限定的となっています。

 こうした点から、横領罪と背任罪が重なる場合には、横領罪のみが成立すると解するのが通説・判例となっています(大審院判決 明治43年12月16日、大審院判決 大正12年2月13日)。

横領罪と背任罪のどちらが成立するかの判断基準

 横領罪と背任罪の区別について、判例の傾向として、

  • 本人(被害者)の名義又は計算で行われたときは背任
  • 行為者(犯人)の名義又は計算で行われたときは横領

とするものが多くなっています。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正3年6月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 質屋の雇人が、質物に対し、普通質取価格より多額で貸し出したり、無担保で貸し出したりする行為は、本人の計算においてなしたるもので、自己の計算においてなしたものではないときは横領行為とはならず、背任罪を構成し、その差額又は金額を領得する目的か、もしくは、自己の計算で貸出しをしたときは横領罪となる

と判示しました。

大審院判決(大正14年2月27日)

 銀行の行員が、他人に対し、当座預金残高がないのに、銀行払いの小切手を発行し、小切手持参人に対し、行金を交付したという事案で、裁判官は、

  • 行金の交付が、銀行の計算において事務担当者としてなしたのであれば背任となり、単に名を手形取引に託して、領得の意思をもって、行金を取り出したのであれば、業務上横領となる

としました。

大審院判決(昭和9年7月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 村長が、村会の決議を経ずして、村の基本財産を村の計算において他人に貸与したときは背任罪に当たり、業務上横領罪には当たらない

としました。

大審院判決(昭和10年7月3日)

 村の収入役と書記係が共謀し、書記係に村の公金を貸し付けた事案で、裁判官は、

  • 収入役が、村長の命令なく、村の名義で金員を支出した場合には背任罪となるが、村の名義をもってしてではなく、書記係に貸与したことは、業務上横領罪に当たる

としました。

最高裁判決(昭和33年10月10日)

 信用組合の支店長らが、組合から仮払伝票により支出させた金員を、預金謝礼金として支払うと共に、手続を偽装して貸出伝票により支出させた金員を、第三者に高利貸付をした事案で、裁判官は、

  • 組合から支出を受けて被告人らが自由に処分し得る状態に置き、これを支払や貸付に用いていたものであり、組合の計算においてなされた行為ではなく、被告人らの計算においてなされた行為であると認められるので、業務上横領罪が成立する

旨を判示しました。

その他の基準

 横領罪と背任罪の区別について、その他の基準を示すものとして、以下の判例があります。

大審院判決(昭和7年4月21日)

 この判例で、裁判官は、

  • 自己の利益のために他人の物を不法に処分した場合には横領罪であって、背任罪ではない

と判示しました。

大審院判決(昭和8年3月16日)、大審院判決(昭和9年7月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 第三者の利益を図る目的であれば、背任罪であって横領罪ではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和34年2月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 本人である組合の名義での貸付(元利金は事後組合に返済されている)に関し、組合本来の目的に反し、役員会の決議を無視し、何ら正当権限に基づかず、行為者個人の計算において個人の利益を図って行ったものと認めるべき

とし、業務上横領罪が成立するとしました(なお、背任罪を構成するは各別、業務上横領罪を構成するものではないとの河村裁判官の少数意見あり)。

東京高裁判決(昭和32年3月30日)

 この判例は、

  • 横領罪は、委託者の個々の財物を不法に領得するものであるのに対し、背任罪は委託者のそれ以外の財産状態を害する点において差異がある

旨を説示しました。

広島高裁判決(昭和56年12月1日)

 この判例で、裁判官は、

  • 本人たる組合が行うことが皆無ではない手続によって、行為者も後日精算する意図のもとに経理上の手続を経て現金等を取得していることから、組合の権利を排除して自己の物と同様に処分する不法領得の意思に基づく領得行為とは認め難い

と述べ、被告人に不法領得の意思が認められないことから横領罪は成立しないので、背任罪が成立するとしました。

背任罪と横領罪の区別に関して判断をした具体的事例

 上記判例のほか、背任罪と横領罪の区別に関して判断をした具体的な事例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正11年11月3日)

 この判例で、裁判官は、

  • 銀行の頭取が、 自己の借金の返済のため、任務に違背して頭取の資格を冒用し、その名義で金借証書を作成行使し、他より金銭を交付させた場合、これをいまだ費消していない段階では背任罪に該当し、費消したのであれば横領罪に該当する

としました。

最高裁判決(昭和40年5月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 農業協同組合の組合長が、任務に背いて、組合名義で約束手形を振り出したときは背任罪が成立し、その手形を組合の当座預金から払い出して支払った行為も、その背任罪の一部であって、別に横領罪を構成しない

としました。

大審院判決(大正7年7月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 業務上他人の金銭を預かり保管する者が、自己の名義で銀行に当座預金を設けて、その金銭を預け入れることは、保管の一方法であって、預け入れて消費寄託の目的とした以上は、その金銭は銀行の所有となるので、これを引き出して不正に領得することは横領罪となるものの、小切手を振り出して他人に交付したにとどまり、銀行から金銭を引き出すに至らないときは、犯人が占有する他人の物を横領したといえず、他の罪名に触れることがあるにしても、業務上横領には当たらない

としました。

大審院判決(昭和8年12月18日)、同旨:名古屋高裁判決(昭和28年2月26日)

 小切手振出しの権限を有する支店長代理が、 自己及び第三者の利益を図る目的で銀行名義の小切手を作成し、これを所持している間に罷免され、その後、情を知らない第三者にその小切手を割引のため交付して金銭を得た事案で、裁判官は、

  • そのような小切手の作成は、任務に背いて銀行に財産上の損害を被らせる犯罪の実行に着手したものであり、権限を失った後にその小切手を交付したことで、銀行が義務を負担し損害を被るに至って背任罪の既遂となるものであって、横領罪に問うべきものではない

としました。

広島高裁判決(昭和27年8月4日)

 農協の組合長が、小切手を振り出して遊興費の支払のため交付した事案で、裁判官は、

  • 組合長たる自己の権限に基づいて、組合長名義の小切手を振り出す行為は、業務上、自己の占有する他人の物を横領したことにならず、任務に背いた行為により農協組合に財産上の損害を与えたものとして背任罪を構成する

としました。

仙台高裁判決(昭和28年11月17日)

 魚市場書記長が、第三者に資金を融通するため、代表者に無断で業務上保管中の小切手帳を用いて魚市場代表者名義の小切手を振り出して交付した事案で、裁判官は、

  • その貸付行為は、魚市場の計算で行われたものであって、書記長個人の計算において行ったものではないので、背任罪に該当し、業務上横領罪を構成しない

としました。

広島高裁判決(昭和56年12月1日)

 粘土瓦協業組合の代表理事が、自宅建築費用の支払等に充てる目的で、組合名義の小切手を振り出して現金化するなどした事案で、裁判官は、

  • 代表理事としての権限に基づき、組合の計算で、個人的用途に充てるため、小切手の振出しを受けたものであり、組合が組合員に資金を一時的に融通することも皆無ではなく、代表理事において、後日精算する意図で、経理上の手続を得て小切手を取得するなどしているのであるから、領得行為とまでは認め難いが、任務に背き組合に財産上の損害を加えた背任行為と認められる

としました。

 ―方で、小切手の振出権限がある者が、小切手を振り出し交付するなどした場合に、横領罪の成立を認めた判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和51年7月13日)

 部下に小切手を作成させ、実際には決済すべき債権債務関係のない会社の者に交付させた上で、その会社の者からこれを受け取って遊興費等の支払に充てるために現金化した事案で、裁判官は、

  • 業務上保管する自社の当座預金から現金を払い出す手段として小切手を作成させたものであって、預金払出しの段階において、業務上横領罪を構成する

としました。

広島高裁判決(昭和56年6月15日)

 小切手を振り出す一般的包括的権限を有する会社の取締役総務部長が、遊興費等に充てるために小切手を振り出し、当座預金口座から現金に換金させるなどした事案で、換金行為をもって会社の支払銀行に預託されている小切手資金(当座預金)に対する業務上横領罪の成立を認めました。

名古屋高裁判決(昭和28年2月26日)

 現金出納官吏が自己の用務に充てるため任務に背いて振り出した小切手を利用して自ら預金を引き出した事案で、その小切手の振出しは形式的に背任罪に該当しても、預金引出しの業務上横領罪に吸収されて別個に背任罪は成立しないとしました。

横領罪と背任罪が観念的競合になるとされた事例

 基本的には、横領罪と背任罪が同時に成立することはありません。

 例外的事例として、横領罪と背任罪が同時に成立し、両罪は観念的競合の関係に立つとした以下の判例があります。

大審院判決(明治43年12月5日)

 銀行の支配人が、自己の利益を図る目的で、銀行に対する自己の債務担保として差し入れ、 自ら保管していた生糸を売却し、その代金の一部を銀行に弁済しなかった事案で、その繭と生糸が他人の所有に属する場合には背任罪と横領罪が成立して、観念的競合となるとしました。

大審院判決(昭和7年12月15日)

 AとBの両名が、Cの遺言により、その相続人Dが成年に達するまでDが相続する株式を信託法により譲渡され、Cが死亡した後にAがBからその株券全部を受け取り信託事務の処理をしていた際、Aが自己の債務の担保として、その株券を債権者に差し入れた場合には、Bとの関係では横領罪、Dとの関係では背任罪となり、両罪は観念的競合となるとしました。

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