刑法(詐欺罪)

詐欺罪⑤ ~「不法原因給付に対して詐欺罪は成立する」「不法原因給付に対する2項詐欺の成否」を判例で解説~

不法原因給付に対して詐欺罪は成立する

 不法原因給付とは、たとえば、

  • 殺人の対価としての現金
  • 通貨を偽造するための資金

といった不法な原因に基づいてなされた給付のことをいいます。

 不法の原因に基づいて給付した者は、給付したものの返還を請求することができないとされています(民法708条)。

 そこで、詐欺により欺かれた結果、財物を交付した場合、それが不法原因給付であるときに、詐欺罪が成立するかどうかが問題になります。

 結論として、判例は、不法原因給付に対して、詐欺罪が成立するとしています。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治43年5月23日)

 この判例は、紙幣を偽造する資金として金員を詐取した事案ついて、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 詐欺取財(旧刑法第390条及刑法246条第1項の罪)は、詐欺の方法を用い、他人を欺岡し(欺き)、もって財物を交付せしむるによりて成立する
  • たとえその財物の交付が不法の原因によりたるものにして被害者において民法上その返還を請求する能わざる場合といえども、これがために詐欺取財の成立を妨ぐるものに非ず
  • 詐欺の手段によりて他人を錯誤に陥れ、財物を交付せしめたる以上は、その行為は不法に他人の財産権を侵害したるものにして、しかも刑法の罰条に該当するが故に、その用いたる手段が不法を原因とする行為にして、被害者において民法上の救済を得る能わざるがために詐欺取財行為の違法性を阻却すべき理由なければなり

と判示じ、不法原因給付(紙幣を偽造する資金)に対する詐欺罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和25年7月4日)

 この判例は、闇取引において、代金支払に際し、古雑誌を詰めた鞄を現金が入っているように見せかけて交付し、統制物資である綿糸を詐取した事案について、詐欺罪の成立を認めました。

  • 被害者が、本件綿糸を処分したことが、統制法規に違反するいわゆる闇行為であるとしても、それによって被告人の詐欺罪の成立に消長を来たすいわれはない
  • 欺罔手段によって相手方の財物に対する支配権を侵害した以上、たとい相手方の財物交付が不法の原因に基いたものであって、民法上その返還又は損害賠償を請求することができない場合であっても、詐欺罪の成立をさまたげるものではない
  • 詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が、処罰されたのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、かかる違法な手段による行為は社会の秩序をみだす危険があるからである
  • そして社会秩序をみだす点においては、いわゆる闇取引の際に行われた欺罔手段でも、通常の取引の場合と何ら異るところはない
  • 従って、闇取引として経済統制法規によって処罰される行為であるとしても相手方を欺罔する方法、すわなち社会秩序をみだすような手段をもって相手方の占有する財物を交付せしめて財産権を侵害した以上、被告人の行為が刑法の適用をまぬかるべき理由はない

と判示し、不法原因給付に対する詐欺罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和25年12月5日)

 闇物資を給付する意思がないのにあるように装って、その代金を詐取した事案で、裁判官は、

  • (弁護人は、)被告人とA間の金銭の受授は、米の闇売買をするために行われたものであって不法行為を目的とするものであるから詐欺罪は成立しないと主張する
  • しかし、闇米の売買であっても、実際、被告人は米を買ってやる意思がないにもかかわらず米を買ってやると欺いて、その代金を騙取した以上、詐欺罪の成立することもちろんである

と判示し、不法原因給付に対する詐欺罪の成立を認めました。

仙台高裁秋田支部判決(昭和31年3月13日)

 闇米買付け手付金25万円を詐取した事案で、裁判官は、

  • 25万円が闇米買付契約に基づく手付金であるから不法原因給付のため給付をなしたるとするも、右は毫も詐欺罪の成立を妨げるものではない

と判示し、不法原因給付に対する詐欺罪の成立を認めました。

最高裁決定(昭和33年9月1日)

 前借金詐欺(前借を名目に金をだまし取る詐欺)について、売春行為の前借金を詐取した事案で、最高裁裁判官は、

  • 前借金詐欺は、前借契約の民事的効力いかんの問題にかかわりなく、詐欺罪を構成する

判示した高裁判決は正当であるとしました。

福岡高裁判決(昭和31年11月9日)

 売春行為の前借金を詐取した事案で、裁判官は、

  • 売淫行為を職業的にすることを内容とする契約が公序良俗に反し違法であり法律上無効な契約であって、売淫行為を条件とする前借金の交付は不法原因に基く給付であるから返還請求権のないことは判示説明の通りである
  • けれども、苟くも、真実、職業的に売淫行為をする意思なく、かつ前借金を返済する意思がないのにかかわらず、これある如く装い、相手方を欺罔して前借金名義で金員の交付を受けたものである以上、たといその交付が不法原因に基くものであるの故をもって、相手方より犯人に対し、その返還請求をすることができない場合であっても、それは相手方に対する私法上の制裁であって刑罰権の対象たる詐欺罪の成立を妨ぐるものではない
  • けだしかかる犯人を処罰する必要がある所以は、詐欺罪は単に財産権の保護を法益とするだけでなく、かかる不法手段に出でたる行為は、社会の法的秩序を紊乱するものである故であり、社会秩序をみだす危険のある点においては、不法原因ないし非債弁済に基く給付たると然らざる給付たるとにより、その結論を異にしないからである
  • 畢竟正当な法律上の原因がないのに、欺罔手段により相手方を錯誤に陥れて不法に金員を騙取するにおいては、詐欺罪は直に成立するものであって、その結果、被害者に対し、財産上の損害を与うると否とは犯罪の成否に何ら影響がないものといわねばならぬ
  • 人を欺罔して財物を交付させた場合、その財物の交付を受くるにつき正当な権利を有した場合に詐欺罪が成立しないのは、相手方に損害がないから罪にならないのではなく、それは本来、法律上の原因があって付されたものであり、当然交付を受くべき正当な権利を有するがためにほかならないからであって、かかる権利を有する者が真に相手方に義務の履行を求むるに当り、欺罔手段を用いたからとて、これに対し刑罰の制裁をもってのぞまねばならぬ程社会の秩序をみだすおそれがないものと認め得らるるからである

と判示し、不法原因給付に対する詐欺罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和45年1月19日)

 税務署職員に贈賄するための資金であると偽って小切手を詐取した事案で、裁判官は、

  • たとえ被害者ら(※小切手をだまし取られた人)が、贈賄を期待するなどの意図をもって、被告人に小切手を交付したとしても、被告人において、被害者らの期待するように贈賄するなどの意思がないのに、その意思あるように装って小切手の交付を受けて被害者らの財産権を侵害した以上、被告人の行為が詐欺罪の規定の適用を免れるべき理由はない

と判示し、不法原因給付に対する詐欺罪の成立を認めました。

不法原因給付に対する2項詐欺の成否

 2項詐欺とは、刑法246条2項による詐欺、つまり、財物の詐取するのではなく、対価を支払わずに不法にサービスを受けることによる詐欺をいいます。

 たとえば、タクシーの無賃乗車や、お金がないのに旅館・ホテルを利用した場合に2項詐欺が成立します。

 本題ですが、不法原因給付に対する2項詐欺の成否について、判例は、2項詐欺が成立しないとする判例と、2項詐欺が成立するとする判例の2つの判断に分かれています。

 以下、判例を紹介します。

2項詐欺が成立しないとした判例

札幌高裁判決(昭和27年11月20日)

 売春行為の前借金を詐取した事案で、裁判官は、

  • 元来、売淫行為は、善良の風俗に反する行為であって、その契約は無効のものであるから、これによって売淫料債務を負担することはないのである
  • 従って、売淫者を欺罔し、その支払を免れても財産上不法の利益を得たとはいい得ないのである

と判示して、詐欺罪(2項詐欺)の成立を否定しました。

福岡高裁判決(昭和29年3月9日)

 売春行為の前借金を詐取した事案で、裁判官は、

  • 花代(※被告人が詐欺により支払を免れた利益)なるものは、売淫行為の対価ではないかとの疑いが濃く、その金額も、被害総額1万円のうち8000円にも達するようである
  • もし、右にいうところの花代なるものが、売淫行為の対価であるならば、その対価請求権は、明らかに昭和22年勅令第9号違反の犯罪行為それ自体によるもので、法律上何らの保護も与えられないものである
  • 従って、その限りにおいては、刑法第246条第2項の詐欺罪の成立する余地はない

と判示して、詐欺罪(2項詐欺)の成立を否定しました。

2項詐欺が成立するとした判例

 2項詐欺が成立しないとした上記判例とは逆に、2項詐欺が成立するとした以下の判例があります。

名古屋高裁判決(昭和30年12月13日)

 売春行為の前借金を詐取した事案で、裁判官は、

  • 原審認定の契約が売淫を含み、公序良俗に反し、民法90条により無効のものであるとしても、民事上契約が無効であるか否かということと、刑事上の責任の有無とはその本質を異にするものであり、何ら関係を有するものではなく、詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは、単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、かかる違法な手段による行為は社会秩序を乱す危険があるからである
  • そして、社会秩序を乱す点においては、売淫契約の際行われた欺罔手段でも通常の取引における場合と何ら異るところがない
  • 売淫料も刑法246条第2項の詐欺罪の対象となり得るから、詐欺罪を構成しないと判示した原判決は法律の適用に誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、無銭遊興が全部売淫料であるか否かを判断するまでもなく、この点において原判決は失当であって破棄を免れない
  • よって刑事訴訟法397条第1項第380条に則り、原判決を破棄し、当裁判所は同法第400条但書に則り、次のとおり自判する
  • 被告人は、…被害女性を欺罔し、遊興代金2500円の支払を免れ、もって財産上の不法の利益を得たものである

と判示、詐欺罪(2項詐欺)が成立するとしました。

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