法律(刑法)

詐欺罪③ ~「罰金支払の免脱は詐欺罪を構成しない」「国家的法益侵害に対して詐欺罪の成否」「国民健康保険被保険者証の詐取は詐欺罪を構成する」を判例で解説~

罰金支払の免脱は詐欺罪を構成しない

 罰金額を改ざんして、罰金支払を免脱しようとした事案で、詐欺罪は成立しないとした以下の判例があります。

水戸地裁判決(昭和42年6月6日)

 略式命令謄本の罰金額1万円の記載を1000円と改ざんして、検察庁徴収係事務官に提出し、罰金額の一部である9000円の納付を免れようとした事案で、裁判官は、

  • 刑法246条所定の詐欺罪は、欺罔手段を用いて他人を錯誤に陥れ、よって不法に財物を交付させ、又は財産上不法の利益を領得することによって成立するが、本来、個人的法益としての財産的法益侵害を本質とする犯罪である
  • そのような行為が国家に対してなされた場合には、本来の国家的法益を侵害しただけでは足りず、同時に個人的法益としての財産的法益を侵害しない限り、本罪を構成しないと解すべきである
  • 本件においては、被告人が罰金の一部9000円につきその納付を免れようとして前記手段を用いて刑罰の執行を免れようと意図したものであるが、そもそも納付告知によって罰金が納付された場合は、罰金刑の執行として結果的にこれが国庫に帰属するけれども、それはあくまで罰金刑の執行の結果にほかならず、従って所犯は、国家の秩序維持を目的とする刑罰の執行を免れようとしたもの、すなわち罰金徴収機能として国家的法益を侵害しようとしたものというべく、更に何ら個人的法益としての財産的法益を侵害しようとしたものとも認め難い
  • 罰金が納付されたときは、徴収係員が必ず徴収金原票により、その罰金額を確認し、納付金が罰金額に満たない等の場合は、これにつき調査する等のことが手続上要請されている現行の取扱いに鑑みると,前期のように変造略式命令謄本と現金1000円とを同封した現金書留郵便による欺罔的手段をもっては、徴収係員等をして未だ錯誤に陥れ、よって罰金差額の納付を免れることは予想することができないと認められるので、本件詐欺的所為は、未だ刑法にいわゆる詐欺罪の欺罔行為に該当しないと認めるのが相当である

と判示しました。

 詐欺罪の保護法益は、『個人の財産』ですが、この判例は、個人の財産ではなく、『国家的法益を侵害しようとした』ことを理由として詐欺罪の成立を否定した点がポイントになります。

個人的法益ではなく、国家的法益侵害に対して詐欺罪は成立しないとした判例

 上記判例のほかに、個人法益ではなく、国家的法益を侵害しようとしたことを理由として詐欺罪の成立を否定した以下の判例があり、参考になるので紹介します。

広島高裁岡山支部判決(昭和43年12月10日)

 地方行政庁の許可を受けて河川敷地内の土石を採取する者が、土石採取数量を過少申告して、土石採取料の一部の免脱を図った事案です。

 裁判官は、国家的法益を侵害しようとしたことを理由として詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 詐欺罪の法益の問題、つまり同罪は単に私的、個人的な法益としての財産的法益に対するものに限られるか、はたまた本来の国家的、社会的法益に向けられたものをも含むかという点についてであるが、この点に関しては未だ学説、判例の一致するところとならず、所論の脱逋犯と詐欺罪の関係その他について種々意見の分れるところとなっている現状であり、当裁判所としても多分に疑念を有しないわけではないが、おおむね本来の国家的、社会的法益に向けられた詐欺的行為は詐欺罪を構成するものではないと解するのを相当と解するところ、本件における土石採取料の法的性格は、現行法規上は、右のいずれに属するか必ずしも分明ではないが、その解釈上は、 …ほぼ後者の国家的・社会的法益に属する費用であるとの説が確立せられるに至っており、所論の罪の成立を認めることには多大の疑念が存在するものといわなければならないのである
  • 許可の数量内で実績報告を行わなかった部分についても、不法採取としてその実績報告を要しないことは…無許可採取行為の場合と同一であって、その当然の結果と解せられるから、河川法の規定による原状回復義務もしくは採取料金相当額の損害賠償の問題、ないしは他の河川法上の規定による処罰の可能性はあっても、所論のようにその(不法)採取量の報告ないしは採取料金免脱の問題は起り得ず、従って…詐欺罪成立の余地もないものといわなければならない

と判示しました。

国家的法益侵害の側面があることのみをもって詐欺罪の成立は否定されない

 上記判例のとおり、個人法益ではなく、国家的法益を侵害した場合は、詐欺罪の成立が否定されるというのが原則的な考え方になります。

 とはいえ、国家的法益を侵害したという側面があることをもって、ただちに詐欺罪の否定されるわけではありません。

 この点について、『詐欺行為が国家的法益の侵害に向けられた側面を有するとしても、そのことをもって、当然に詐欺罪の成立が否定されるものではない』旨を判示した最高裁判例があるので、押さえておく必要があります。

最高裁決定(昭和51年4月1日)

 この判例は、農地法の規定により、国が所有する未墾地の売渡事務をつかさどる県知事を欺き、売渡処分名下に、土地の所有権を取得した行為が詐欺罪に当たるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人らの行為は刑法246条1項に該当し、詐欺罪が成立するものといわなければならない
  • 被告人らの本件行為が、農業政策という国家的法益の侵害に向けられた側面を有するとしても(農地法にはかかる行為を処罰する規定はない。)、その故をもって当然に、刑法詐欺罪の成立が排除されるものではない
  • 欺罔行為によって国家的法益を侵害する場合でも、それが同時に、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害するものである以上、当該行政刑罰法規が特別法として詐欺罪の適用を排除する趣旨のものと認められない限り、詐欺罪の成立を認めることは、大審院時代から確立された判例であり、当裁判所もその見解をうけついで今日に至っているのである

と判示し、詐欺行為が、国家的法益を侵害する場合でも、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害するものである以上、詐欺罪が成立するとしました。

公の機関が発行した証書類について詐欺罪の成立を認めた判例

 公の機関が発行した証書類を詐取した場合について、詐欺罪の成立が認められます。

 上記で国家的法益侵害に対して詐欺罪は成立しないとする判例を紹介したところですが、同様の考え方で、公の機関が発行した証書類を詐取した場合も詐欺罪は成立しないという結論にはなりません。

 公の機関が発行した証書類の発行は、行政目的として単に一定の事実を証明するにとどまらず、何らかの財産的価値に結びついており、証書を取得する者にとって財産上の利益をもたらすものであるとともに、証書に基づいて財物を交付する側に財産的損害を生ずるものであることから、詐欺罪の成立が認められます。

 詐欺罪の成立を認めた公の機関が発行した証書類として、以下のものがあります。

 上記判例の内容を紹介します。

三食者外食券最高裁判決 昭和24年5月7日

 区役所担当者から、他人のためと嘘をついて外食券を詐取した事案で、裁判官は、

  • 他人のために外食券や主食の交付若しくは配給を受ける正当な権限がないのに、…相手方をしてその権限があるものと誤信させて、それらの物を交付させれば、その際使用した証明書や配給通帳等が真正に成立したものであると否とにかかわらず、他人を欺罔して財物を騙取した点において、刑法第246条第1項の詐欺罪が成立するものといわなければならない
  • 三食者外食券は、もちろん外食の際、代金は支払わなければならないが、それがあれば引換えに主食類を入手することができるもので、財産権の目的になるから、刑法第246条第1項の財物である
  • それ故、これを騙取した所為に対し、刑法246条第2項ではなく第1項を適用した原判決は正当である

と判示しました。

家庭用主食購入通帳最高裁判決 昭和24年11月17日

 この判例で、裁判官は、

  • 「家庭用主食購入通帳」は、一個人の所有権の客体となるべき有体物であるから、刑法にいわゆる財物にあたるものといわなければならない
  • 従って、該通帳が本件被告人の配給物資を騙取せんがための手段であり、道具であるに過ぎなかったとしても、詐欺罪の成立を妨げる理由はない

と判示しました。

国民健康保険被保険者証の詐取は詐欺罪を構成する

 市町村の係員を欺いて国民健康保険被保険者証の交付を受ける行為は、詐欺罪を成立させます。

 この点について、以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和59年5月23日)

 最高裁の裁判官は、健康保険被保険者証の性質・効用に着目し、被保険者証は単なる事実証明に関する文書ではなく、市町村からの給付を受け得る権利という財産上の権利義務に関する事実を証明する効力を有する文書というべきであり、それ自体が社会生活上重要な経済的価値・効用を有するものであると述べて詐欺罪の成立を肯定しました。

 この裁判は、一審では、

  • 被保険者証が不正取得されることによって侵害される利益は、専らその証明事項の真偽に係り保険事業の適正な運営の確保による保険行政上の利益であって、かかる利益は刑法にいう財産上の利益には該当しないというべきであり、国家的・社会的法益に向けられた詐欺的行為は、個人的法益たる詐欺罪の定型性を欠くものであるから、本件の欺罔手段を用いて被保険者証の交付を受ける行為は、財産権を侵害すべき性質をもたず、したがって詐欺罪を構成しないものというべきである

と判示され、詐欺罪は成立しないと判決されました。

 しかし、最高裁において、一審の判決は覆されました。

 最高裁の裁判官は、

  • 原判決がいうように、欺岡手段を用いて国民健康保険被保険者証の交付を受ける行為が国家的・社会的法益の侵害に向けられた側面を有するとしても、そのことの故に当然に詐欺罪の成立が排除されるものと解するのは相当でない
  • すなわち、欺罔行為によって国家的・社会的法益が侵害される場合においても、当該行為が同時に詐欺罪の保護法益である財産権を侵害し、同罪の構成要件を充足する以上、関係行政法規の規定中に、右のような欺罔行為等による不正行為を処罰する罰則規定を設けるなどして、詐欺罪の適用を排除する趣旨のものが認められない限りは、詐欺罪の成立を認めるべきものといわなければならない
  • これを本件についてみるに、欺罔手段を用いて、市の係員から国民健康保険被保険者証の交付を受けてこれを取得する行為は前説示のとおり、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害し、同罪の構成要件を充足するものであって、国民健康保険法やその他の罰則規定等に、右のような行為について詐欺罪の適用を排除する趣旨のものと解せられる規定は存しないのであるから、被告人の本件右の行為は刑法246条1項に該当し、詐欺罪が成立するものというべきである

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

 近年の判例においても、国民健康保険被保険者証の不正受交付の事案に対し、詐欺罪の成立を認めています(最高裁決定 平成18年8月21日)。

生命保険の保険証書の詐取は詐欺罪を構成する

 国から国民健康保険の保険証を詐取した場合は詐欺罪が成立するところですが、保険会社から生命保険の保険証書を詐取した場合でも詐欺罪が成立するので、参考となる判例を紹介します。

最高裁決定(平成12年3月27日)

 この判例において、簡易生命保険契約の事務に従事する係員を欺いて、簡易生命保険契約を締結させ、その保険証書を詐取した事案について、詐欺罪の成立を認めました。