「財産上不法の利益を得る」とは?
刑法246条2項の「財産上不法の利益を得る」とは、
人を欺く行為に基づく錯誤の結果行われた相手方の財産的処分行為によって、行為者又はー定の第三者が、不法に財産上の利益を取得すること
をいいます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(明治42年11月15日)
この判例で、裁判官は、
- 刑法第246条第2項にいわゆる不法の利益を得、又は他人をしてこれを得せしむるとは、適法の理由なくして他人より財産上の利益を自己に取得するか、又は第三者をしてこれを取得せしむるの義なり
- その財産上の利益は必ずしも法律上有効にこれを取得し、又は取得せしむることを要せず
と判示しました。
「財産上不法の利益を得る」の「不法の」とは?
「不法の」とは、
不法の手段によって
の意味です。
詐欺被害者から利益を得た手段が不法という意味なので、得られた利益自体が不法なものであることを要しません。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和13年10月4日)
この判例で、裁判官は、
- 不法とは、その利益を取得する手段の不法なる場合と解すべく、右利得のよりて生ずる法律行為が私法上有効なると否とは、詐欺罪の成立に影響なし
と判示しました。
財産上不法の利益を得たとして、2項詐欺の成立を認めた判例
財産上不法の利益を得たとして2項詐欺の成立を認めた判例を紹介します。
大審院判決(大正14年3月20日)
銀行員を欺いて、為替手形の割引を承諾させ、割引金を銀行の自己の当座預金口座に振り替えさせた事案で、裁判官は、
- 被告人が、偽造為替手形14通の割引金を判示銀行における自己の当座預金口座に振替えしめたる事実は、すなわち現金の授受をなすことなく、単に帳簿上の帳簿勘定により割引金額に相当する預金債権を被告人において取得し、財産上不法の利益を得たるものにほかならざるがゆえに、刑法第246条第2項に問擬(もんぎ)せらるべき
と判示し、振込による詐欺について2項詐欺が成立するとしました。
大審院判決(大正8年2月18日)
他人を欺き、貸借名下に金員を詐取した上、さらにその人を欺いてその貸借関係を消滅させ、貸金の弁済請求を受けるおそれがないようにした行為ついて、2詐欺が成立するとしました。
裁判官は、
- 被告甲は、乙を欺罔し、賃借名義の下に、金員を交付せしめて、事実上、これを騙取したるも、乙がこれによりて弁済を求め来たるの恐れあるをもって、甲は更に進めて、乙を欺罔し、右賃借関係を消滅せしむることを諾せしめ、もって右請求を受ける恐れないきに至らしめたるときは、刑法第246条第2項にいわゆる財産上不法の利益を得たるものとす
と判示しました。
大審院判決(明治43年11月17日)
この判例で、裁判官は、
- 詐欺の手段により、提供すべき証拠金を提供せずして、売買取引をなすは、刑法第246条第2項のいわゆる財産上の利益を得たるものにほからなず
と判示し、売買取引において、人を欺いて証拠金の交付を免れる行為は、2項詐欺を成立させるとしました。
大審院判決(大正3年10月1日)
この判例で、裁判官は、
- 米殻取引所仲買人が、定期米売建の注文をなしたる場合において、証拠金の支払い代え、その偽造に係る定期預金証券を交付し、もって証拠金支払の義務を免れたるときは、これによりて現実的財産上不法の利益を得たるものなりとす
と判示し、取引において偽造の証券を交付することで、証拠金の支払いを免れる行為は、2項詐欺を成立させるとしました。
大審院判決(大正13年5月23日)
この判例で、裁判官は、
- 米殻取引所において、定期取引をなさんとする者が、取引員に対し、取引を委託するに当たり、特約なき限り、証拠金を取引員に提供するは一般の慣例なれば、委託者が欺罔手段により証拠金の交付を免れたる場合には、刑法第246条第2項の詐欺罪成立するものとす
と判示し、人を欺いて証拠金の交付を免れる行為は、2項詐欺を成立させるとしました。
大審院判決(昭和9年3月29日)
電気計量器の指針を逆回転させて、これを検針員に示して、電気料金の支払を免れる行為について、2項詐欺の成立を認めました。
裁判官は、
- 電気計量器に、その指針を逆回転せしむる器具を取り付けたる行為は、電気事業法第34条にいわゆる電気工作物の施設を変更したる罪にして、同法第33条にいわゆる電気の供給又は使用を妨害したる罪にあらず
- 前項の場合において、計量器の指針を逆回転せしめたるの情を秘し、これを検針員に示し、電気料金の支払を免れたる行為は、詐欺罪にして電気窃盗罪にあらず
と判示しました。
最高裁決定(昭和43年10月24日)
詐欺賭博により、賭客(ときゃく)に金銭を支払うべき債務を負わせた行為について、裁判官は、
- いわゆる詐欺賭博の方法により、賭客となった者を欺罔し、寺銭及び賭銭名義のもとに、金員を支払うべき債務を負担させたときは、刑法246条2項の詐欺罪が成立する
としました。
供出米の検査に際し、俵から刺し取られた「刺米」を生産者から売渡しを委託された米のように装って、政府に売渡しを申し込み、係員を誤信させた結果、預金として口座に代金を振り込ませた事案で、裁判官は、
- 原判決は、第一審判決の判示した判示金額をA農業協同組合連合会におけるB農業協同組合の特別当座貯金に振込を受けた事実を是認し、これにより同農業協同組合は事実上該預金を処理し得べき状態を獲得したから、この事実をもって、不法利益を得た旨判示している
- 従って、被告人らは共謀の上、同組合をしてかかる不法利益を得せしめる犯意であったこと判文上白らかであるから、原判決は、何ら判例と相反する判断をしていない
と判示し、振込による詐欺について2項詐欺が成立するとしました。
根抵当権の設定された不動産を任意売却する際に、その不動産の時価に相当する金額を根抵当権者である住宅金融債権管理機構に支払って、根抵当権等の放棄を受けた事案で、裁判官は、
- 根抵当権放棄の対価として支払われた金員が、根抵当権者において相当と認めた金額であっても、根抵当権者が、当該金員支払は根抵当権設定者が根抵当権の目的である不動産を第三者に正規に売却することに伴うものと誤信しなければ、根抵当権の放棄に応ずることはなかったにもかかわらず、根抵当権設定者が、真実は自己の支配する会社への売却であることなどを秘し、根抵当権者を欺いて前記のように誤信させ、根抵当権を放棄させて、その抹消登記を了した場合には、刑法246条2項の詐欺罪が成立する
と判示し、刑法246条2項の詐欺罪の成立を認めました。
大審院判決(大正7年6月11日)
鉄道係員を欺いて、有効な乗車券がないのに乗車する行為について、裁判官は、
- 有効の乗車券なきにかかわらず、これを所持するものの如く詐欺の手段を用い、鉄道係員を欺罔して乗車し、運賃の支払いを免れたるときは、刑法第246条第2項に規定する人を欺罔し、財産上不法の利益を得たる罪をもって論ずべきものとす
と判示し、不正乗車に対し、輸送の利益を得たとして、2項詐欺が成立するとしました。
大審院判決(大正12年2月15日)
上記と同じ、不正乗車の事案で、裁判官は、
- 欺罔の手段を施して、鉄道係員を錯誤に陥れ、有効の乗車券なくして乗車し、よって輸送の利益を受けたるにおいては、その行為は刑法第246条第2項の詐欺罪を構成するものにして、この場合は、欺罔手段を用い、利得することを犯罪の構成要件とせざる鉄道営業法第29条第1項の処罰規定はその適用なきものとす
と判示し、駅員を欺いて不正乗車した場合は、鉄道営業法ではなく、2項詐欺が成立するとしました。
なお、鉄道係員の眼に触れないような方法で無賃乗車をする行為の場合は、人を欺く行為を伴わないため、欺罪に該当しません。
なので、単に,鉄道営業法29条の罪を構成するにすぎないとされます。
この考え方は、秘かに映画館などの劇場に忍び込み観劇した場合も同様であり、欺罔行為が伴い施設利用の場合は、詐欺罪は成立しません。
2項詐欺が未遂にとどまるとした判例
他店払の小切手を預金口座に振り込む場合には、預金債権は、小切手の取立てが終わった時に初めて発生するのが通例であるから、偽造の小切手を金融機関に交付して、自己の預金口座に振り込んでも、それが不渡りになったときは、なお、財産上不法の利益を得たとはいえず、2項詐欺は未遂にとどまるとした以下の判例があります。
裁判官は、
- このように他店払の小切手を預金口座に振り込んだ場合には、預金債権はそれによってまだ発生せず、小切手の取立てが終った時にはじめて発生するとされるのが通例である
- 本件の場合、これと異なる特約および取扱いがなされたことは証拠上認められないから、本件小切手が結局不渡りとなった以上、これに相当する預金債権はついに発生しなかったとみるべきで、そうであるとすれば被告人がこれによって財産上不法の利益を得たと認定した原判決は事実を誤信したものといわなければならない
として、この場合の2項詐欺罪は、既遂ではなく、未遂にとどまると判示しました。