刑法(詐欺罪)

詐欺罪㊸ ~「欺かれた者と被害者が同一でない場合の詐欺(三角詐欺)」「欺かれた者と被害者が同一でない事案の判例」を判例で解説~

欺かれた者と被害者が同一でない場合の詐欺(三角詐欺)

 詐欺罪(刑法246条)において、欺かれた者と財産上の被害者が同一人でない場合には、欺かれた者は、詐欺の目的となった財物(又は財産上の利益)につき処分することができる権限又は地位にあることが必要です。

 逆にいうと、欺かれた者が、財産上の被害者ではなく、かつ、財産の処分権限・地位を有しない場合は、詐欺罪は成立しません。

 ちなみに、欺罔行為者(詐欺犯人)、被欺岡者(欺かれた者)、財産上の被害者の3者が関係する詐欺を三角詐欺と呼びます。

 三角詐欺の事案の判例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和45年3月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によって、なんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位のあることを要するものと解すべきである

と判示し、欺罔行為者(詐欺犯人)、被欺岡者(欺かれた者)、財産を所有する被害者の3者が関係する場合でも、詐欺が成立するとしました。

欺かれた者と被害者が同一でない事案(三角詐欺)の判例

 欺かれた者と被害者が同一でない事案(三角詐欺)の判例を紹介します。

病院の守衛を欺いても、守衛は病院の財産を処分する権限・地位がないから、詐欺罪は成立しないとした判例

仙台高裁判決(昭和26年4月28日)

 入院患者が入院費用を免れるため、退院する旨を病院係員に告知しないで、守衛に対し、普通の外出であるかのように装ってだまして逃走したという事案で、守衛は入院料の支払請求について処分又は意思表示をなしうべき権限又は地位を有するものとは考えられないから、その事実だけからは詐欺罪の成立を認めることはできないとし、詐欺罪は成立しないとしました。

  • 裁判官は、刑法246条第2項の詐欺が成立するためには、財産上の損害を受ける者が被欺罔者でると、第三者であるとは問うところではないが、少なくとも、被欺罔者は、被害に係る財産上の利益につき、これが処分または意思表示をなすことができる権限または地位を有することを必要とすると解すべきところ、本件公訴事実によると、被告人は、S市立病院に入院中、入院並びに医療諸費用の支払いを免れるため退院する旨を同病院係員に告知しないで、同所守衛に対し、あたかも普通の外出であるかのように装い、その旨同人を誤信させて闘争し、と記載されており、一見、被欺罔者は守衛で、被害者はS市立病院であるかのように見られる
  • しかし、病院の一守衛が、本件のように、入院並びに医療諸費用の支払請求につき、何らかの処分又は意思表示をなし得べき権限または地位を有しているとは、到底考えられないことであるから、原審としては、よろしく、本件の被害者と被欺罔者は異なるのであるが、異なるとすれば、それは何人であるか、そして、被欺罔者はいかなる権限または地位を有しているものであるか等、本件の公訴事実自体につき検察官に釈明を求め、もし、事実関係を明らかにするがため必要と認めるならば、被告人が病院に差し入れたという入院証や被告人が支払請求を受けたという請求書の提出を求める等これに関する立証を促し、これによって、本件訴因を明確ならしめた上、本案審理判断をすべきであったと思われる
  • 原審がこの点に驚いて、審理を尽くさなかったことは、結局において、本件につき、法令の解釈適用を誤る結果をまねいたものだとも認められる

と判示し、原審の無罪判決を維持し、詐欺罪は成立しないとしました。

店員を欺いた場合、店員は財産の処分権限を有する店主の代理なので、詐欺罪が成立するとした判例

東京高裁判決(昭和33年10月30日)

 17歳の店員を欺いて、その店員から店主所有の商品を詐取した事案で、裁判官は、

  • この少年は、店員として顧客に対し、店主を代理し、又はその手足となって商品の売渡し、代金の授受等に従事している者であるから、詐欺罪が成立する

としました。

裁判官を誤信させて宅地の所有権移転登記をさせる行為は、詐欺罪を成立させないとした判例

最高裁判決(昭和42年12月21日)

 被告人らが、宅地の所有者の氏名を冒用して、簡易裁判所に起訴前の和解の申立てをし、裁判官を誤信させて自己に宅地の所有権移転登記手続をする旨の内容虚偽の和解調書を作成させた上、その正本を、登記原因を証する書面として登記官吏に提出し、登記簿に所有権移転の不実の記載をさせた事案で、その宅地についての詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者(欺かれた者)が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要すると解すべきところ、本件で被欺罔者とされている日下部簡易裁判所の裁判官は、起訴前の和解手続において出頭した当事者間に和解の合意が成立したものと認め、これを調書に記載せしめたに止まり、宅地の所有者に代ってこれを処分する旨の意思表示をしたものではない(この点、裁判所を欺罔して勝訴判決をえ、これにもとづいて相手方から財物を取得するいわゆる訴訟詐欺とは異なるものと解すべきである)
  • また、本件宅地の所有権移転登記も、所有者の意思に基かず、内容虚偽の前記和解調書によって登記官吏を欺いた結果なされたものにすぎず、登記官吏には、不動産を処分する権限も地位もないのであるから、これらの被告人の行為によって、被告人らが宅地を騙取(詐取)したものということはできない

と判示し、登記官吏には不動産を処分する権限がないから、これを欺いて不実の登記をさせても詐欺罪が成立しないとしました。

 ちなみに、訴訟詐欺については、裁判所を欺いて勝訴判決を得て、敗訴者から財物を交付させる場合であり、裁判所自体に敗訴者の財産を処分する権限が認められるため、詐欺罪が成立します。

被害金をクレジットカード会社に支払わせた場合でも詐欺罪は成立する

最高裁決定(平成15年12月9日)

 XがYから「釜焚きの儀式」料名下に金員を詐取するに当たり、YがXから商品を購入したように仮装し、信販業者(クレジットカード業者)Zとクレジット契約を締結し、ZからXに金員を交付させた事案で、X及びYのクレジットカード会社担当者Zに対する行為が詐欺罪を構成するかどうかにかかわらず、XのYに対する行為は詐欺罪を構成するとしました。

 事案は、外形上は、クレジット契約の立替金が騙取されるというものなので、被欺罔者(Y)と財産上の被害者(信販業者Z)とが異なることになり、三角詐欺の類型のように見えます。

 しかし、信販業者(クレジットカード業者)は、クレジットカードを通じて、支払をYの代わりに、立替払いしているという評価ができるため、必ずしも、信販業者は、形式的かつ最終的な被害者の立場にないといえます。

 本件は、XがYを欺罔し、Yから金員を騙取したという詐欺罪の事案であり、それに加えて、XとYが共同してZから同額を騙取した事実が同時に認定されれば、別個の詐欺罪が成立することになります。

 この判例で、裁判官は、病気などの悩みを抱えている被害者に対し、その原因が霊障であり、「釜焚きの儀式」に病気などを治癒させる効果があるように装い、金員をだまし取った行為について、詐欺罪の成立を認めました(クレジットカード会社に対する詐欺の事実は認定していません)。

 裁判官は、

  • 被告人は、病気などの悩みを抱えている被害者らに対し、真実は、被害者らの病気などの原因がいわゆる霊障などではなく、「釜焚き」と称する儀式には直接かつ確実に病気などを治癒させる効果がないにもかかわらず、病気などの原因が霊障であり、釜焚きの儀式には上記の効果があるかのように装い、虚偽の事実を申し向けてその旨誤信させ、釜焚き料名下に金員を要求した
  • そして、被告人らは、釜焚き料を直ちに支払うことができない被害者らに対し、被害者らが被告人らの経営する薬局から商品を購入したように仮装し、その購入代金につき信販業者とクレジット契約(立替払契約)を締結し、これに基づいて信販業者に立替払をさせる方法により、釜焚き料を支払うように勧めた
  • これに応じた被害者らが、上記薬局からの商品売買を仮装の上、クレジット契約を締結し、これに基づいて信販業者が被告人らの管理する普通預金口座へ代金相当額を振込送金した
  • 以上の事実関係の下では、被告人らは、被害者らを欺き、釜焚き料名下に金員をだまし取るため、被害者らに上記クレジット契約に基づき信販業者をして立替払をさせて金員を交付させたものと認めるのが相当である

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

詐欺広告は詐欺罪を成立させる

大審院判決(明治38年4月21日)

 人を欺く行為は、必ずしも特定人に向けられる必要はなく、広告詐欺のように、不特定多数人に向けられることを妨げません。

 手形割引周旋籍口し手形を詐取しようと企て、T商会名義をもって手形の割引周旋を行う旨の虚偽の広告をなすなどして、真実、周旋業を営むように装って手形を詐取した事案で、裁判官は、

  • 詐欺取得罪を構成するには、犯人が財物を騙取するの目的をもって詐欺手段をほどこしたること、被害者が犯人に欺罔せられて財物を交付したる事実あるのみをもって足り、その欺罔手段は特定の人に対して、これを施したると、不特定の人に対して一般的にこれを施したるとは問うところにあらず
  • 何となれば特定の人が犯人の欺罔手段に陥り、その結果、財物を犯人に交付したる以上は、欺罔手段と財物騙取との間に因果の連絡あるをもって、犯人の施したる欺罔手段が初めよりその特定人のみを目的としたると、一般の人を目的としたるとに論なく、その犯人は人を欺罔して財物を騙取したるものなることを失わざるをもって、詐欺取得罪の責任を辞することを能わざるをもってなり
  • 被告人は、名を手形割引周旋籍し、手形を騙取せんと企て、T商会なる名義をもって手形の割引周旋をなす旨の虚偽の広告をなし、かつ、広大なる家屋を借り受け、T商会なる看板を掲げ、真実、周旋業を営むものの如く装い、よりてもって、本件の被害者を欺罔し、手形を騙取したたるものにして、詐欺取得罪の構成要件を完備すること明らかなる

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

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