前回の記事の続きです。
前回の記事では、業務性について、認定する要件である
- 社会生活上の地位
- 反復継続性
- 他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ
のうち、社会生活上の地位について説明しました。
今回の記事では、
- 反復継続性
- 他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ
について説明します。
反復継続性(業務とは、反復継続して行う行為である)
業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)が成立するには、犯人が行った過失行為に、業務性が認められなければなりません。
ここでいう「業務」とは、
反復継続して行う行為
をいいます。
「業務」とは、仕事という意味ではありません。
仕事でなくても、反復継続して行う行為であれば、業務上過失致死傷罪における「業務」となります。
1回行われた行為が「反復継続して行う」といえるか
業務とは、「反復継続して行う行為」という意味ですが、1回行われた行為について「反復継続して行う」といえるかが裁判で争点になりやすいです。
業務性が肯定される場合、裁判例では、反復継続の意思を有していたかを基準とするものが多いです。
将来、反復継続する意思があれば、業務者としての注意義務を課すことが適当であり、1回限りの行為であっても、将来、反復継続する意思の下で行われる以上は「業務」に当たると解されます。
【参考事項】
平成26年に過失運転致死傷罪が新設され、現在では、自動車事故は、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)ではなく、過失運転致死傷罪で処罰されるようになっています。
なので、かつては1回限りの自動車運転による事故について、反復継続が問題となり、業務上過失致死傷罪の成否が争われましたが、現在では、過失運転致死傷罪での対象となるため、反復継続性や業務性が裁判で争点となることはなくなりました。
業務性を肯定した裁判例
反復継続性が問題となった事例で、業務性を肯定した裁判例として、以下のものがあります。
京都地裁判決(昭和38年3月11日)
第1種原動機付自転車の免許を有する者が、たまたま1回軽二輪自動車を運転した場合について、両者は原動機を用いる点を共通にし、総排気量又は定格出力に強弱の差があるにすぎず、外観上も同様の大きさと構造であり、運転技術上も異質的なものがないとして業務性を肯定し、業務上過失傷害罪(現行法:過失運転致傷罪)の成立を認めました。
まず、被告人の弁護人は、
- 被告人が第一種原動機付自転車の運転免許を受け、かつ、その運転に従事していた際に、たまたま軽ニ輪自動車を1回運転したとしても、それぞれ異質の行為であるから、軽ニ輪自動車の運転行為に業務性を認めることはできない
と主張しました。
この主張に対し、裁判官は、
- おもうに、刑法第211条にいわゆる業務とは、これを目的論的に観察し、各人の社会上の地位に基づき、人の生命、身体に対し危険をともなう同種行為を継続的に反覆することであると解すべきである
- 本件についてみるに、被告人が運転した軽ニ輪自動車と、さきに反覆運転していた第一種原動機付自転車とは、いすれも外観上同様の大きさと構造を有すると認められるいわゆる自動式ニ輪車であって、ともにその運転が、人の生命、身体に対し危険をともなう性質のものであることは多言を要しないところである
- そこで進んで、被告人が第一種原動機付自転車の運転に従事していた際に、たまたま軽ニ輪自動車を1回運転したことをもって、前後継続的に反覆された一体の同種行為として把握し、これに業務性を認めることができるかについて考察する
- 軽ニ輪自動車と第一種原動機付自転車との区別は、これを道路交通法にみることができる
- すなわち、同法は第ニ条において、自動車(軽ニ輪自動車を含む)を「原動機を用い、かつ、レール又は架線によらないで運転する車であって、原動機付自転車以外のものをいう」と、また原動機付自転車(第一種原動機付自転車を含む)を「総理府令で定める大きさ以下の総排気量又は定格出力を有する原動機を用い、かつ、レール又は架線によらないで運転する車をいう」と各定義し、その運転免許等の取扱いについて別異の規制を設けていることが明らかである
- しかし、この区別は、同法の目的とする道路における危険防止等行政施策上の要請に基づくものであって、これが、刑法第211条の業務性を考量する上において、支配的な意味をもつものと解すべきではない
- かえって、前記のように、両者は、原動機を用いる点を共通にし、只その総排気量または定格出力に強弱の差があるにとどまり、その外観上も同様の大きさと構造を有し、かつ、その運転技術上においても異質的なものがあるとは思われないこと等に鑑みると、その運転は、いずれもこれを人の生命、身体に対し危険をともなう同種行為として観念し、その継続的に反覆された運転を前後一体の行為として把握し、これに業務性を認めることが、よく刑法第211条の法意に適合するものというべきである
と判示し、第1種原動機付自転車の免許を有する者が、たまたま1回軽二輪自動車を運転した行為について、業務性を認めました。
この裁判例は、将来、反復継続して運転する意思を有していたかを推認させる事情として、被告人の運転歴、運転技能、被告人が車両運転の依頼に応じた状況などを挙げている点がポイントになります。
福岡高裁宮崎支部判決(昭和38年3月29日)
米商人が、自分の営業のため利用するため運転免許を取ろうとし、空地で2回程練習した後、公道で軽自動3輪車の運転練習をしていた際、人をひいて死亡させた業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)の事案です。
裁判官は、
- 過去において、空地で2回運転練習したものが、公道上で初めて練習のため自動車を運転した場合でも、反覆継続の意思でなされている限り、刑法第211条にいう義務と認めるべきである
と判示し、業務性を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)の成立を認めました。
東京高裁判決(平成8年7月16日)
自動車事故で被害者を死亡させた業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)の事案です。
自動二輪運転免許は所持しているが、普通自動車に関しては、事故の約10年前に自動車教習所に通い、第三段階まで進んだことがあり、数年前に軽四輪貨物自動車運転の経験のある者について、その運転歴、運転技能、本件車両の運転の依頼に応じた状況などから、将来にわたり、機会があれば他からの求めに応じるなどして反復継続して運転する意思を有していたものと推認できるとし、業務性を肯定した事例です。
裁判官は、
- 関係証拠によると、被告人は、高校時代に自動ニ輪車の運転免許を取得したことがあり、その後、上京して新聞販売所の新聞配達員として働く傍ら、10年位前には普通乗用自動車の運転免許を取得するため、自動車教習所に通い第三段階まで進んだが、仕事の関係で退校し、運転免許の取得には至らなかったこと、その後、数年前には、実家にある兄所有の軽四輪貨物自動車に兄の子らを乗せて路上を運転したことがあったことが認められる
- 被告人は、原審において、普通乗用自動車の運転について自信がない旨を供述しているが、被告人は、右のとおり自動車運転についてある程度の経験を有していたほか、本件事故前、Kから運転を頼まれた際にも躊躇することなくこれに応じ、現に本件事故現場まで1キロメートル程度の距離を支障なく運転していること、本件事故は、被告人が考えごとをしていたため前方の注視を怠った過失によるものであり、同人の運転技能それ自体の未熟さに起因するものではないこと等の事情にかんがみると、被告人は無免許とはいえ客観的には運転技能を有し、かっ路上における運転についてそれなりの自信を持っていたものと認められる
- そして、右に認定した被告人の運転歴、運転技能、被告人が本件車両の運転の依頼に応じた状況等からすると、被告人は、将来にわたり、機会があれば、他からの求めに応じるなどして自動車を反復継続して運転する意思を有していたものと推認することができ、被告人の本件自動車運転はその業務に属するものというに妨げない
と判示し、業務性を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)の成立を認めました。
業務性を否定した裁判例
上記とは逆に、業務性を否定した裁判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和35年3月22日)
平素、自転車等で配達などをしていた者が、たまたま正月休みに友人から借りて車を―度だけ運転した事案で、過去に自動車運転を反復して行っていたこと又は将来継続して運転する目的をもって運転したと認めるに足る証拠はないとして業務性を否定した事例です。
裁判官は、
- 刑法第211条にいわゆる業務とは、人の社会生活上の地位に基づいて継続的に従事する事務であって、人の生命身体に対する危険を伴うものを指称し、その事務について、法規上官庁の免許を必要とする場合にも、免許の有無を問わないと解すべきである
- 従って、被告人において、その性質上、ある程度の危険を伴う普通乗用自動車の運転をする事務を社会生活上の地位に基づいて反復継続して行い、又は1回でも継続反復の意思をもって行った事実が存すれば、被告人が右普通乗用自動車運転の免許を有しなくても、被告人は運転を業としている者に該当することは言を俟たない
- しかし、原判決挙示の証拠によれば、被告人が普通乗用自動車運転の業務に従事していたこと、すなわち、社会生活上の地位に基づいて、該自動車の運転を反復していたこと又は将来これを継続して行う目的をもって運転したことは、これを確認し得る証拠はない
- 被告人は、友人の運転する乗用自動車に同乗して箱根に行った際、その帰途たまたま約2kmを運転したことが窺われるが、ただそれだけでは、被告人の本来の運転を自己の生活上の地位に基づき反復継続して行う意思に出たということはできない
- また、被告人が自転車又はスクーターで注文取りや商品の配達に従事していた事実があるからといって、被告人が社会生活上の地位に基づき、反復継続する意志をもって、普通乗用自動車の運転をしたものということはできない
- 故に、被告人が自動車運転の業務に従事していたということはできない
と判示し、被告人の行為に反復継続性がないとして業務性を否定し、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致傷罪)は成立しないとしました。
東京高裁判決(昭和35年5月12日)
自動車事故の事案で、被告人の自動車運転の反復継続性がないとし、業務性を否定し、業務上過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪)ではなく、重過失致死傷罪(刑法211条後段)が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 刑法第211条にいわゆる業務とは、各人が社会生活上の地位に基づいて反覆継続して行う事務をいうものと解すべきであって、自動車を運転して道路を進行したからといってそれが直ちに業務となるものではない
- 記録を精査するも被告人は、平生、徒歩又は自転車で顧客に商品を配達しているもので、その社会生活上の地位に基づいて反覆継続して行う事務として本件自動車を運転していた事実は認められない
とし、被告人の運転行為の業務性を否定し、業務上過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪)ではなく、重過失致死傷罪(刑法211条後段)が成立するとしました。
釧路地裁帯広支部判決(昭和45年6月12日)
自動車運転の普通免許を有する者が、トラクターショベルカーを工事現場で練習のため昼休みを利用して短時間、数回運転した場合について、そのような場合において引き起こした死亡事故につき、業務性を否定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)は成立しないとした事例です。
裁判官は、
- 被告人が大型特殊自動車の運転に関し、「業務性」を有していたかどうかにつき判断する
- 適法に取調べた証拠を総合すると、被告人は、昭和43年自動車運転の普通免許を取得して、普通自動車を反覆して運転していたが、犯行の一月くらい前から、大型特殊免許を取得したいと考え、そのため、トラクターショベルを工事現場で数回操作運転していることが認められる
- しかしながら、(ー)道路交通法第85条第1項、第2項によると、普通自動車の運転について必要な知識、経験に基く注意能力と大型特殊自動車の運転について必要な知識、経験に基く注意能力とを特に区別して取扱っているものと解せられるから、被告人が普通免許を取得して、これを反覆して運転していたことをもって、直ちに大型特殊自動車運転に関する業務性認定の資料とすることは相当でない
- (ニ)被告人が大型特殊免許取得の意思を有していたとしても、それはいまだ被告人自身の独断的願望の域を出るものではなく、(例えば、大型特殊自動車を購入する、あるいは、これを運転すべき職業地位につくといった事情がない。)そのための練習内容も、数回、昼休みの2、30分くらいずつを利用して一人で操作運転してみたというにとどまる(例えば、教習所その他で適切な指導者をえて、規則的に練習するというのとは異る。)のであって、将来の反覆継続の可能性もさして大きいものではなかったと認められるのである
- (三)結局、被告人は大型特殊自動車の運転につき、いまだ、社会通念上、特別の知識、経験を有し、そのため特別の注意能力を期待されてしかるべき地位にあったとまでいうことはできないと考える
- 従って、当裁判所は、被告人の本件トラクターショベル運転について業務性ありとすることは相当でないと考え、業務上過失致死の本位的訴因を排し、予備的訴因である重過失致死の成立を認めた次第である
と判示しました。
広島高裁判決(昭和46年9月30日)
自動二輪車の運転免許を有していたが、普通自動車の運転免許を有していない被告人が、友人と運転を交代して普通自動車の運転を開始してまもなく事故を起こし、被害者を死亡させた事案で、被告人の自動車運転行為の業務性を否定し、重過失致死傷罪を認定した事例です。
裁判官は、
- 普通自動車に関して、事故の1年以上前に、仕事の一部としてではなく、単に練習のために運転し、又運転免許試験を受けようと思ってはいたが、事故までの1年有余の間に一度も受験したことがなく、本件事故時における運転行為も出発時からの運転ではなく、目的地に着いてから友人と交代してなしたものであるような事情のもとでは、被告人は犯行時において、いまだ自動車運転者という一種の社会的地位を有するに至ったとまでは認められない
- しかも、将来、普通自動車の運転も反覆継続して行なう意思も明確なものとは認められないから、右の運転行為は、業務性を認めることはできない
と判示し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)ではなく、重過失致死罪(刑法211条後段)が成立するとしました。
他人の生命・身体等に危害を加えるおそれ
業務上過失致死傷罪の「業務」を認定するの第三の要件は「他人の生命・身体等に危害を加えるおそれがあること」です。
なので、他人の生命・身体に対して危険な行為が業務となります。
逆にいえば、他人の生命・身体に対して危険を及ぼす行為でなければ、業務に当たらないとされ、業務上過失致死傷罪は成立しないことになります。
業務に当たらないとされる代表的なものが、 自転車運転による事故です。
近年、自転車運転による重大事故も増加していますが、実際の裁判では、自転車運転については重過失致死傷罪(刑法211条後段)や、過失の程度が軽微であれば過失致死傷罪(刑法209条、210条)で処罰される傾向にあります。
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